経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

若手起業家よりも成功率高し 今こそミドル世代が起業すべき理由

昨年の新規開業者の割合は、全世代の中で40代が最も多かった。少子高齢化、人手不足が続く中、ミドル世代に今持つ知見や体力を長く生かしてもらうことの重要性は増すばかりだ。ミドル世代が起業することのメリットや、政府などの支援の実態を分析する。文=小林千華(雑誌『経済界』2024年12月号より

知識・人脈・体力を併せ持つ「おじさん・おばさん起業家」

 「メディアや投資家の視線は、若手起業家に集まりがち。『おじさん・おばさん起業家』にももっと目が向けられるべきです」

 こう語るのは、昨年映画製作ファンド組成のため、K2 Picturesを創業した紀伊宗之氏だ。紀伊氏は元東映の映画プロデューサー。大手映画会社で製作の現場を見てきた中で、クリエーターの労働環境の悪さやそれによる若手クリエーターの減少、それでも製作費が下がり続ける現状に危機感を抱いた。問題の元凶は、日本映画界の資金調達法として主流になっている「製作委員会方式」にあると考えた紀伊氏。この方式を脱却し、他業界の企業からも資金を集めるファンド方式での映画製作を実践するため、東映を退職し、50代で起業した。映画業界に長く身を置いて築いた人脈から、映画監督の是枝裕和さん、白石和彌さんなど、紀伊氏の活動に賛同する著名人も多い。

 そんな自身の経験から、紀伊氏は「若手起業家よりも、社会経験が豊富で、社会課題に対して明確な理解を持ち、解決のための知識や人脈を持つ起業家の方が、事業を成功させる可能性が高いはず」との思いで、冒頭の「おじさん・おばさん起業家」に思いを込めた。(一部、本誌24年11月号「#熱盛エンタメ」より)

 確かに10~20代の若い起業家には、メディアの注目も集まりやすい。Forbes誌は毎年各国版で、「世界を変える30歳未満(30 UNDER 30)」と題し、30歳未満で注目される起業家や研究者、アーティストなどを選出するアワードを開催。日本でも2018年以降、毎年開催されている。

 また、自治体などのスタートアップ支援制度を見ると、同じ起業家でも、若年層よりも40代前後のミドル層に向けた支援は手薄な傾向がある。東京都は、39歳以下の若者と55歳以上のシニアで起業の計画がある人を対象に、融資や事業計画アドバイスなどの支援を行う制度を設けている。日本政策金融公庫も、35歳未満か55歳以上で新たに事業を始める人に融資を行う制度を持つ。

 しかしむしろこの中間に属するミドル世代こそ、社会経験やそれによる豊富な知見・人脈と、新たに事業を興して軌道に乗せるまでのバイタリティを、最も兼ね備える年代のはずだ。実際に、日本政策金融公庫の23年度新規開業実態調査によると、開業時の年齢は40代の割合が37・8%と最も高い。

 まだ少ない若手起業家(同調査で20代は5・8%)を応援すべきなのはもちろんだが、ミドル世代起業家への支援をより強化しない理由はない。こうした層により多くのメディアや投資家の目が向き、知名度が上がることで、彼らに近い年代で新たに起業を決意する人々が増えれば、その中から躍進するスタートアップも増える好循環が生まれるはずだ。

堅実さを求めるミドル世代。それでも起業する意味は

 日本で、この年代で起業して成功した事例として挙げられるのが、フォースタートアップス社長・志水雄一郎氏だ。同社は起業支援、スタートアップへの転職支援の他、スタートアップ関連情報をまとめた「STARTUP DB」などを運営する企業だ。

 志水氏はかつて、インテリジェンス(現パーソルキャリア)で転職サイト「DODA」(現doda)立ち上げなどに携わった。ちょうど40歳の頃、将来の日本経済について予測したデータを見て、このままでは日本の未来は明るくないと気付かされたことが起業のきっかけになったという。

 自身も40代で起業した志水氏だが、現在も国内外のスタートアップのすう勢を注視する中で、「海外でも、成功する起業家の平均年齢は45歳くらい」と語る。会社員として勤務してから起業して成功する、何度か起業を経験したがそのタイミングでようやく成功を収めるなど、いくつかパターンはあるというが、どちらにせよそれまで積み上げてきた社会経験が、事業の成功率を上げるのだと志水氏は考える、

 しかしこうしたミドル世代にとっては、起業に伴う不安も大きい。若い世代と比べてミドル世代では家庭を持つ人も多く、疾病などのリスクに備えようとする人も一気に増える世代だ。事業のアイデアが浮かんだとしても、独立する勇気が出ない場合も少なくないだろう。それまでずっと企業に雇用されて働いてきた人であればなおさら、退職してまで自身で事業を興すことに不安を抱くはずだ。

 だが、志水氏はそこでも、あくまで起業することのメリットを強調する。その理由は、政府によるジョブ型雇用の推進だ。岸田政権は「新しい資本主義」の中で、職務内容を明確にし、成果で処遇を決めるジョブ型雇用を推進してきた。今年8月には、ジョブ型雇用の導入を検討する企業向けに「ジョブ型人事指針」も公表された。この流れが今後も進んでいくなら、大企業を選ぶ理由はなくなると志水氏は語る。

 「ジョブ型雇用が推進された世の中では、自分が活躍し続けなければ雇用は安定しない。優れた人材が盛んに取り合われる状況になれば、伸びしろの小さい産業・企業に身を置くことはむしろリスクになります。今後の伸びしろが大きいスタートアップで働くことや、自身で起業することこそが、所得水準を上げる鍵になる時代です」(志水氏)

 日本において、優れた能力を持つ人が一人でも多く起業家を目指すようになれば、その中で競争が生まれ、各地でイノベーションが置き、戦後の創業ブームのような経済の好循環が生まれると志水氏は主張する。

 「アメリカではすでにこの競争が生まれています。逆に日本の親は、なぜ子どもに『三菱商事に入りなさい』と教えるのか。むしろ第二の三菱商事をつくる起業家を目指させるべきです」(志水社長)

政府の支援も追い風。ミドル・シニアの力を生かせ

 また、ミドル世代の起業は、起業家本人にとってだけでなく、日本経済にとってもメリットが大きい。深刻な人手不足が続く中、経験豊富なシニア世代の雇用の重要性が高まっている。その点ミドル世代で起業した人々は、バイタリティのある年齢のうちに事業を軌道に乗せられれば、シニア世代になってもその知見を生かしながら経営を続け、社会に貢献することができる。そうしたミドル世代起業家を増やすためにも、政府や自治体の支援策が問われる。

 政府は22年から、「スタートアップ育成5か年計画」と称し、支援を強化。経済産業省が主導して進めている。具体的には、「①人材・ネットワークの構築、②資金供給の強化と出口戦略の多様化、③オープンイノベーションの推進」の3本柱で支援を強化していくとの計画だ。

 特に第一の柱「人材・ネットワークの構築」では、ミドル世代の起業を後押しするような策も盛り込まれている。例えば、22年7月から新たにできた、失業給付受給資格に対する特例制度だ。雇用保険の基本手当の受給期間は原則、離職日の翌日から1年以内となっている。しかし、離職後に事業を開始、もしくは専念し始めた場合、事業を行っている期間などは最大3年間受給期間に算入しない特例が設けられた。これにより、事業を休廃業した場合でも、その後の再就職活動に向けて基本手当を受給できる。離職後の起業や、事業に失敗した場合の再就職のハードルが低くなったといえる。

 また、かなり遠回りではあるが、小中高生に向けた起業家教育の実践も将来的なミドル世代起業家の創出に効果的だろう。フォースタートアップスの志水社長も語ったように、まず幼少期から、起業することをキャリアの選択肢に入れる発想を植え付けることは、将来抱いた課題意識を糧に起業する人々を増やすことにつながる。 

 ここまで見てきたように、スタートアップ界でイノベーションを起こす企業を生む鍵は、知見や実績、人脈と、経営に長くコミットできる体力を兼ね備えたミドル世代の起業家にある。こうした世代で起業を目指す人々を支援することで、スタートアップ界全体への投資成功率も上昇が見込まれるはずだ。