【動画有り】誰もが不可能だと思った日本航空(JAL)の再建を、稲盛和夫氏とともに成し遂げた大田嘉仁氏。再建の全貌を知る大田氏に、稲盛氏の人物像と経営哲学、そしてJAL再建にそれらがどう影響したのかをテーマにインタビューを行った。(聞き手・文=吉田浩)
大田嘉仁氏プロフィール
稲盛和夫氏とJAL再建の過程を著書に綴った大田嘉仁氏
十年一昔と言うが、日本航空(JAL)の倒産と再建劇はもはや遠い過去の出来事のようにも思える。それだけ、現在のJALは日本を代表する航空会社として当たり前に営業しているし、2017年度のグループ全体の売上高は約1兆3千億円、経常利益は約1600億円と、業績も好調だ。今からわずか9年前の2010年1月、2兆3千億円もの負債を抱えて経営破たんした企業の面影はもはやない。
JALの再建は周知のとおり、トップとして京セラから招へいされた稲盛和夫氏によってもたらされた。その稲盛氏の参謀として、重要な役割を担ったのが大田嘉仁氏だ。
大田氏の当時のミッションは、稲盛氏の経営哲学と成功方程式を現場に落とし込んで形にすること。そのプロセスを綴った著書『JALの奇跡 稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの』が18年10月に出版された。
同書の中で大田氏は、幹部社員へのリーダー教育をはじめとする従業員の意識改革に始まり、JALフィロソフィの策定、数字と現場の状況に基づいた経営の導入など、改革を遂行するにあたって起きたさまざまな出来事をつまびらかにしている。
大田氏によれば、JALの再建については当時メディアからも大きな注目を浴びていたが、聞かれたことと言えば、「JALの人間はどれだけ酷いのか」「みんな遊んでるんじゃないのか」といった興味本位の質問ばかり。稲盛氏の思想や行動についてどう説明しても信じてもらえなかったという。
だが、事業会社として戦後最大規模の倒産劇からわずか1年で黒字化し、2年7カ月後に再上場を果たした奇跡は、「世界の産業史に残る貴重なケースなので、真実をきちんと伝えないといけない」との考えから、著書の出版に至ったと大田氏は語る。
【大田嘉仁氏インタビュー】
大田嘉仁氏が見た稲盛和夫氏と他の経営者との違いとは
―― 稲盛和夫氏は「利他の心」「善き思い」をベースに、人間として正しいことを行うのが経営の根幹だと主張しています。ただ、言葉では理解できても、実際に本当に人が変わることを実感できている人は少ないと思います。大田さんは稲盛氏を間近で見てきて、どういう部分が他の経営者と違うと思いますか。
大田 稲盛さんが他の人と違うところは、結局「死生観」だと思うんです。非常に努力するし、社員への気遣いも凄くて本当にしんどいと思うんですが、自らを追い詰めて働くのは、死んだ後も自分の魂は必ず存在すると信じているから。
稲盛さんは「親しい友人や両親が亡くなっても、俺は悲しくないんだ」と言うんですね。冷たいようにも聞こえますが、その理由は「死んだ後の世界を信じているから」だそうです。死後の世界を信じられる人の強さと言うのは、他の人とはちょっと違うと思います。
―― 大田さんが出会った時から、稲盛さんはそういう考えだったんですか?
大田 京セラを創業して、大変厳しい毎日を過ごされていた時からだと思いますよ。どうしてこの人は少しは楽をしようとか思わないのかと、こちらとしては不思議に思えるほどです。私が知る限り、あれほど強く死後の世界を信じている人はいないと思います。
―― 実際に稲盛さんがお葬式などで泣いている姿は見たことがないんでしょうか?
大田 ないです。死ぬのがお別れだとは思っていなくて、また会えるからと。
―― 死後の世界を心の底から信じていないと無理ですよね。
大田 稲盛さんは、信仰の強さが普通の人と違います。人間は弱いから、現世の利益を考えたら自己犠牲を徹底できないこともある。それが「ギブ・ギブ・ギブ」で構わない、幸せな死後が待っているからと。宗教をたくさん勉強された一方で、稲盛さんは科学者ですからすべて合理的でないと納得できない。
―― 死後の世界と合理主義は一見真逆の価値観にも見えますが。
大田 世の中のことを合理的に納得しようと思ったら、死後の世界が存在しなければ成り立たないと思われているからです。現世だけでなく、死後の世界がないと辻褄が合わないと。
―― 骨の髄まで自分が信じているから、それを他者にも伝えられるわけですね。
大田 そういうことだと思います。
大田嘉仁氏がJALの再建を通じて信じるようになったこと
―― 稲盛さんの思想や哲学を現場に落とし込むのが、JALにおける大田さんのミッションだったと思いますが、稲盛さんと意見の相違があった部分はなかったのでしょうか?
大田 考え方の違いがあったとすれば、私は当初かなり焦っていて、「早く意識改革を進めなくてはならない」と、とにかく手を打たないと不安でした。稲盛さんには「もっと慎重にじっくりやりなさい」とよく言われましたね。早くやって良かった面も当然ありますが、急いだことによって起きるであろう問題点を、稲盛さんのおかげで事前に考えるようになりました。それは本当に、稲盛さんと私との経験の差だった気がします。
―― 大田さんご自身がJAL再建を通じて学んだことなどはありますか。
大田 JALの再建に関わって以来、本気で性善説を信じるようになりましたね。これは自分でも発見でした。
―― それまでは信じていなかった?
大田 そうですね。特にJALの場合は社員を疑う気持ちというか、「人間は善い心を持っているかもしれないけど、そればかりではない」という思いも最初はありました。稲盛さんが仰るように、大半の人間の心は「真・善・美」であり、「愛と誠の調和に満ちている」のかもしれないけれど、そうではない人もたくさんいるのではと考えていたんです。でも、実際に再建を終えた今となっては、本当に良い人たちばかりだったなと思います。
その一方で、人間の心は環境によってこんなに変わるものなのかという発見もありました。再建前のJALは非常におかしな社風に染まっていたのですが、稲盛さんのような素晴らしいリーダーが来たらそちらにスーっと染まって、素晴らしい数字を上げていった。だから人間は本当に変わりやすいなと。熱意も心の在り方もあまりにも変動の幅が激しいので、変なリーダーが来たらまたそちらに引っ張られるのかもしれません。そこは注意しなければいけないと思いましたね。
JAL再建の原動力となった現場の社員たちの力
―― トップに稲盛さんという絶対的リーダーがいて、その下に大田さんがいたわけですが、末端の社員全員にまで稲盛さんの考え方を浸透させるのは難しくはなかったですか?
大田 稲盛さんの手腕について疑っていた人も当初は幹部の中には多かったと思いますが、一番良かったのは現場の社員が早く理解してくれたということです。それがなければここまでは上手く行かなかったでしょうね。
―― 現場の社員とは、幹部たちのさらに下の従業員ということですね。
大田 そうです。現場で日々働いている方々の方が、理屈でなく直感的に稲盛さんの言うことのほうが正しくて、それまでの上司などから言われていることのほうが間違っていると気付いたんでしょうね。一生懸命働きなさいとか、嘘を言ってはダメだとか、仲間のために頑張りましょうとか、当たり前の話ですが、そちらのほうが正しいと。中間管理職以上の人たちほど、「そんなに世の中甘くない」と思っている。でも若い人たちにしてみれば、その考え方で会社が失敗してきたわけですから、稲盛さんの分かりやすい言葉を素直に受け止めた方がいいと感じたのではないでしょうか。
当時のJALは役所と同じく予算制で、酷いことに倒産直前でも予算を使い切れと上司が命令するような会社でした。予算を使い切ることで、次年度の予算をたくさんもらうという文化だったんですね。でも、従業員たちはお金がどこにもないのを分かっているから、「こんなに使っていいの?」という感覚でした。だから、現場や組合の人たちの大半は、稲盛さんが正しいと思っていたようです。
―― JALの倒産前に労組幹部を取材したことがあるのですが、その時は会社に対する相当根深い不信感を感じました。大田さんご自身が組合と直接やり取りする場面はあったのでしょうか?
大田 団体交渉の場に直接立つことはなかったですが、普通に立ち話などをすることはありました。「全従業員の物心両面の幸福」と稲盛さんが言っているわけですから、労組としても表立って反対はできないので、実際に何をするのか様子見をしている感じでしたね。
それに、昔は労働組合が管理職の人たちに利用されていた部分もありました。国交省や組合を仮想敵に仕立てることで、管理職の人たちは「俺たちは一生懸命やっているが、悪いのはあいつらだ」と主張する。銀行のMOF担と同じで、役所や組合の相手をするポジションは出世への道ですからね。対立の構図を作って、いかに自分たちがちゃんとやっているかをアピールするわけです。でも実際は国交省も協力的だったし、組合の社員も再建できたらいいと思っているから、対立の構図は虚構なわけです。そのうち管理職の人たちも、虚構の中でピエロ的な役割を演じているのが恥ずかしくなってきたようです。
―― 『沈まぬ太陽』の時代からJALの労組は激しいという固定観念がありましたが、実際に中に入ってみると違う部分もあったということですね。
大田 本にも書きましたが、タクシーの利用をやめるとか、ホテルをもっと安いところにするといったコストダウンの提案は、組合からも出てきましたからね。
稲盛和夫氏も弱音を吐くことがあった
―― 再建の過程でとりわけ苦労したことは?
大田 最初の数カ月間は、思い出したくないくらいしんどい経験でしたね。社内では、何も分かっていない製造業の連中が来て、偉そうにしていると思われていたようですし。まず、周りに話す人が誰もいない。「早く出て行ったらいいのに」みたいなヒソヒソ話をされているのが分かる。今から思えば、当たり前の拒否反応かもしれませんが、辛かったですね。
―― 社内に味方を創ろうと動いたりはしなかったのですか?
大田 本当に無我夢中だったので、特にしなかったですね。非常に焦っていたので、何か再建に役立つことをしようと必死でした。
―― 大田さんの不安感は稲盛さんも見抜いていたんでしょうか?
大田 むしろ稲盛さんも不安を感じられることもあったようで、たまに「これはアカンかもしれんなぁ」と仰ってました。
―― 稲盛さんも弱音を吐くことがあったんですね。
大田 最初の数カ月間は四面楚歌で、社内の誰も本気で話しかけてくれることがない状態が続きましたからね。稲盛さんも激務のため、体重が減ったり、体調を崩されることもありました。幹部を対象にしたリーダー教育の後にコンパを開いても、シラっとして誰も稲盛さんに近づいてこなかったですから。
企業フィロソフィを浸透させるために大切なこと
―― そのコンパのときに、1人の幹部社員が稲盛さんに近づいて「自分が間違ってました」と言ったことが、幹部たちが変化する契機になったんですよね?
大田 本当にそうです。彼が口火を切ってくれたおかげで、幹部たちが堰を切ったように稲盛さんに話しかけるようになりました。世の中上手いこと出来てるなと思いましたね(笑)。
―― 立派なビジョンがお題目に終わる企業も多い中、企業フィロソフィを本当の意味で血肉化するために必要なことは何でしょうか。
大田 現場が大切だ、社員が大切だと口先だけで言っていても、問題が起きると、すぐに現場のせいにしたり、少しでも批判されたら怒りだしたりする非常にわがままなトップもたくさんいます。社員に「フィロソフィを学べ」と言っても、自分の行動が真逆では人は付いていきません。下は上を見ていますから。
だからどんなにしんどくても、本気で社員を信じる行動を取ること。自分も経営理念に従って、言行一致させることによって、フィロソフィが浸透するんだと思います。
【インタビューの一部はこちらから】
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