1人年間50食。これは日本人が食べる即席麺の消費量だ。つまり週に一度は食べていることになる。そしてこれは日本に限った話ではない。60年前に安藤百福氏によって生み出されたインスタントラーメンは、世界の人たちの胃袋を満たし、それぞれの国の国民食となった。
チキンラーメンとカップヌードルで市場を創造した日清食品
年間1千億食以上消費されるようになったインスタントラーメン
現在放送中のNHKの朝ドラ「まんぷく」では、主人公の立花萬平が、紆余曲折のうえ、ようやくインスタントラーメン「まんぷくラーメン」の開発に成功したところが描かれている。
言うまでもなく、立花萬平のモデルは日清食品の創業者・安藤百福氏であり、「まんぷくラーメン」は「チキンラーメン」だ。
チキンラーメンの発売は1958年8月。この年4月には長嶋茂雄が4打席4三振のデビューを果たし、11月には皇太子が正田美智子さんと婚約した。12月には東京タワーが竣工し、日本は高度成長時代を迎えていた。
以来60年がたち、インスタントラーメンは国民生活になくてはならないものとなった。日本即席食品工業協会によると、現在、国内では年間約60億食のインスタントラーメンが製造されている。国民1人当たり、年間50食食べている計算だ。
そして今では、インスタントラーメンは世界に広がり、年間1千億食以上が消費されるようになった。いまではインスタントラーメンは国際食となり、それぞれの地域で独自の味付けで人々を喜ばせている。
世界普及のきっかけとなったカップヌードル
そのきっかけもやはり日清食品だった。安藤氏は66年に海外に視察に行き、海外進出を決断する。
70年には味の素や三菱商事と合弁でアメリカ日清を設立、日本からラーメンを輸入すると同時に開発・製造にも乗り出したが、本格的に普及するのは、71年のカップヌードルの発売を待たなければならなかった。
もともとカップヌードルの発想は、安藤氏がアメリカ人がチキンラーメンを割ってカップに入れ、そこにお湯をかけてスープ代わりに食べているのを見て思いついた。
そしてもくろみどおり、カップヌードルは爆発的ヒットを記録。アメリカでは73年に「Cup O’Noodles」として発売され、人気を集めた。以来日清食品のアメリカでの事業は拡大を続け、今では年間5億食以上を販売、インスタントラーメン市場におけるシェアは5割に迫る。次いで日清食品はブラジルにも進出、日系人を中心に販売を伸ばし、現在のシェアは7割近い。
世界各国のインスタントラーメン普及事情と各社の取り組み
「マルちゃん」はメキシコで独自の進化
海外を目指したのは日清食品だけではない。他の即席麺メーカーも次々と海外展開に踏み切った。ただしアメリカ市場は日清に押さえられている。そのため必然的にそれ以外の地域を目指すことになった。
メキシコで、「マルちゃん」がカップ麺を意味することはご存じだろうか。しかもいまでは「マルちゃん」は「手早くすます」という意味としても使われる。それほどまでに東洋水産のカップ麺は市民権を得ている。
メキシコでマルちゃんが普及した理由については、アメリカで売られていたマルちゃんを、メキシコ人労働者が見つけ、大量に持って帰ったため、ともいわれている。
正確なところは分かっていないが、1個が日本円で50円程度と安いことで、メキシコ国民の心をつかんだようだ。
しかも1990年代、メキシコが通貨危機に見舞われたことをきっかけに、日清など他の日本メーカーなどは撤退するが、東洋水産だけは、営業し続けた。その結果、今では東洋水産のシェアは60%に迫る。
メキシコの人たちのカップ麺の食べ方は独特だ。ラーメン自体に味はついているのだが、そこにサルサソースなど好きなソースをかけて自分好みの味にする。日本人にはぞっとする食べ方だが、これは既にインスタントラーメンが日本食ではなく、世界各国に独自文化として根付いていることの証拠だろう。
中国市場で稼ぐサンヨー食品
一方、中国市場が収益の柱となっているのが、「サッポロ一番」のブランドで知られるサンヨー食品だ。同社のセグメント情報を見ると、中国関連の営業利益が全営業利益の40%を占めていることが分かる。
インスタントラーメンが日本発祥であることは言うまでもないが、最大の市場は中国で、年間約400億食が食べられている。日本の約8倍の市場規模だ。
この市場で約5割のシェアを誇るのが康師傅。中国のインスタントラーメン市場はこのところ頭打ちとなっているが、康師傅の業績は好調だ。サンヨー食品は、この康師傅の株式の約3分の1を保有する。
両社が提携を結んだのは99年。康師傅は、頂新グループの一員だが、同グループの前身は、台湾人の魏和徳氏が、58年に台湾で設立した機械の潤滑油を販売する会社だった。
88年に中国に会社を設立、食用油の販売を開始するが、90年代に入り袋麺の販売に踏み切った。ところが98年、アジア通貨危機が起きる。
そこで康師傅は財務状況を改善するためにサンヨー食品の資本を受け入れた。同時に、カップ麺の開発・製造のノウハウを学ぶことで、中国市場で大きく成長、シェア5割を誇るまでになった。そしてそれがサンヨー食品の利益を押し上げている。
ベトナムにインスタントラーメンを根付かせたエースコック
東南アジア、中でもベトナムで存在感を示しているのがエースコックだ。インスタントラーメンの国別市場規模を比べると、1位はダントツで中国、2位インドネシア、3位日本、4位インド、5位ベトナムと続く。しかし国民1人当たりの消費量比較では、韓国74食に続いてベトナムは54食で2位につけている。
このベトナム市場にインスタントラーメンを根付かせたのがエースコックだった。同社の村岡寛社長によると、ベトナム進出は93年。「日本では市場の成長も止まっていたため海外に目を向けた。いろんな市場を見て回ったなかで、もっとも魅力的だったのがベトナムだった」(村岡氏)。
少子化が続く日本に比べて若者が多く親日的で治安もいい。さらには当時ドイモイ(開放政策)が始まろうというタイミングだった。
とはいえ「社会主義体制で計画経済だったベトナムには、商品という概念がなかった」という。
既に地元で製造・販売されているインスタントラーメンは存在したが、日本人が食べたら腹を壊すようなしろものだった。
品質を確保するには小麦や油などの原料の質を高めなければならないが、その調達がむずかしい。日本から輸入すればコストがかかりすぎる。そのため進出から5年間は赤字続きだったが、その頃から品質の概念が浸透し、原料を現地調達できるようになり、事業は軌道に乗った。
エースコックがベトナムで販売する代表的な商品が「ハオハオ」で、ベトナムで消費されるインスタントラーメンの3分の1を占める、エースコックの即席麺市場におけるシェアは6割に達する。
しかも最近ではフォーなどベトナム製の即席麺を逆輸入し、日本で販売するようになった。日本の消費者が求める品質は世界一。その日本で販売できるほど、ベトナム製の品質が高まったということだ。
エースコックでは2年前にミャンマーに工場を建設、製造・販売を開始した。以前はベトナムから輸出していたが、東南アジアは国によって味の嗜好が異なるだけでなく、ハラールなどの対策が必要な国もある。それだけに、現地で開発・製造・販売するのが、シェアを確保するには不可欠なようだ。
「チャルメラ」の明星食品は韓国に足場を築く
1人当たり消費量で世界一なのが隣国・韓国。現地で食堂に入り、ラーメンを注文するとインスタントラーメン(袋麺)を鍋に入れてつくるのは当たり前。ラーメン=インスタントラーメンという位置付けだ。
その韓国で初めてインスタントラーメンが製造・販売されたのはチキンラーメンが誕生して5年後の1963年のことだった。日本ではチキンラーメン販売後、おびただしい数の即席麺メーカーが誕生したが、その中の1社が、「チャルメラ」などで知られる明星食品。韓国のインスタントラーメンにはこの明星食品が深くかかわっている。
当時の韓国は朝鮮戦争終結から日も浅く、貧しく食糧不足に苦しんでいた。韓国の三養食品の社長が来日時にインスタントラーメンを知り、韓国でも製造しようと考えたがノウハウがない。そこでいくつものメーカーに技術支援を頼んだものの断られるか高額の支払いを要求される。その時、明星食品の当時の社長だけが、無償での協力を申し出た。それによって誕生したのが三養ラーメンだった。
当初の三養ラーメンは、チキンベースの味だった。しかしその後、唐辛子を使った辛いラーメンが主役となる。現在のシェアトップは、日本でもお馴染みの「辛ラーメン」だが、他のラーメンも基本的には辛いものばかり。そのため韓国初のインスタントラーメンに日本メーカーが深く関わっていたことを今では知る人も少ないという。
まだ伸びしろがあるインスタントラーメンの世界市場
このように、日清食品のチキンラーメンが発売されてからの60年で、インスタントラーメンは世界に普及した。しかも、その地域ごとに独自に進化し受け入れられたところに、一種の普遍性があると言える。
1997年には世界ラーメン協会がインスタントラーメン産業の健全な発展に資することを目的に発足したが、現在会員企業は22カ国に及ぶ。
それでもアフリカや南米では、インスタントラーメンはそれほど普及していない。世界ラーメン協会にも、同地域からの参加はガーナの1社を数えるだけだ。
言い方を変えれば、この空白地でインスタントラーメンが普及すれば、消費量は一段と増えていく。
寿司やすき焼き、天ぷらなどを食べる海外の人は、それが日本食だと知って食べているケースが大半だ。ところが、インスタントラーメンを食べる世界の人たちは、それが日本発であることをほとんど知らずに食べている。
それこそが、インスタントラーメンにとって最大の勲章ではないだろうか。
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