新型コロナウイルスによる外出自粛の要請を受け、多くの企業がテレワークに踏み切った。それによって気づかされたのは、「働く場所は会社である必要はない」という事実だった。実際、緊急事態宣言が解除されてからも、テレワークを継続している企業は多い。そうした新しい働き方を、以前から提唱していたのがパソナグループの南部靖之代表だ。コロナ禍によって国民の意識が大きく変わったこれから、日本人の働き方はどう変化していくのか、南部氏に聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(『経済界』2020年9月号より加筆・転載)
南部靖之・パソナグループ代表プロフィール
(なんぶ・やすゆき)1952年生まれ、神戸市出身。関西大学工学部卒業1カ月前に人材派遣業のテンポラリーセンター(現パソナグループ)を設立。87年に米国に移住するが、95年、阪神淡路大震災を機に帰国。復興事業にあたる。現在、パソナグループ代表兼社長を務める。
「これからの働き方」はどう変わるか
「ネオワーカー」が主流に
―― 新型コロナウイルスはわれわれの生活を大きく変えました。そのひとつが働き方の変化で、テレワークを政府が推奨することで多くの企業が導入しました。南部代表は以前から新しい働き方を提唱してきましたが、コロナによる働き方の変化をどのように受け止めていますか。
南部 コロナが流行する前から日本人の働き方は変わりつつありました。それを可能にしたのがITの進化で、AIやIoTが普及するに伴い、時間や場所を選ばない働き方ができる土壌が整ってきました。そこに今度のコロナです。コロナの流行は残念なことですが、これをきっかけに世の中が変わったことは間違いありません。これまでのように、仕事は会社でするものという概念はなくなりつつあります。
―― それに伴って会社組織もまた変わっていく必要があるのではないですか。
南部 今の会社組織は新しい働き方に合っていません。問題を解決するには組織に対する考え方を変えていかなければならないのです。日本の会社組織にピラミッド状のヒエラルキーがあります。一方アメリカ企業で多いのが、CEOの下にすべてがつながる文鎮型のフラット組織です。でもこれからは、ネオワーカーとも言うべき働き方が主流になっていきます。
今までは月曜日から金曜日まで、9時から5時までオフィスで働いていればよかった。しかし最近は副業やテレワークなどかなり自由な働き方が認められるようになってきました。
そして今後は、弁護士や会計士、あるいはデザイナーのようにみな独立して、月火水はAという会社、木金は別の会社というように1つの会社に縛られない働き方が増えていきます。ですから会社側もいくつものアメーバのような組織があり、必要な時に必要なスキルをもった社員を活用するというように変わっていく必要があります。
働く場所はどこでもいい
―― 最近でこそ年功序列や終身雇用は見直されてきましたが、南部代表の言った働き方は、従来の就業の概念からは大きく懸け離れています。本当にそんなことが可能ですか。
南部 これまでだったらむずかしかったかもしれません。でもコロナによって多くの人が気づいてしまった。満員電車に乗らなくてもいい。働く場所は会社である必要はない。自宅でもどこでも仕事はできることが分かってしまった。この意識の変化が働き方を大きく変えていきます。
これまでは会社の人事部が働き方を決めていました。どんな仕事をするのか、赴任場所はどこか。でもこれからは違います。ネオワーカーは自分で人事権を持ち、会社とは完全に対等な関係となります。
これまでだったら、会社から網走に赴任しろと言われたら拒否権はありませんでした。でも対等な関係なら拒否できる。例えば淡路島にいて、空いた時間に釣りをしながら働くということも可能です。あるいは週に4日間働いて、残りの3日間は音楽活動をすることも自由です。
故郷の親の介護をしなければならない場合、これまでだったら休職するか退職して故郷に帰らなければなりませんでした。でもネオワーカーなら、故郷で親の面倒を見ながら働くことができます。
社員教育、評価制度も変わる
―― そうなると企業は、どうやって社員教育をしたらいいのでしょう。終身雇用制なら、社員教育はストレートに企業の将来に結び付いていました。しかし、自由な働き方を認めると、下手をすると他社のために社員を教育することになりかねません。
南部 当然、教育も変わっていかなければなりません。昔は社員教育だけでなく、企業が学校までつくっていた。中卒で入社した社員をその学校に通わせ、社会に必要な知識を身に付けさせました。また社内研修では、会社で仕事をするうえで必要なスキルを身に付けさせています。
ところが、これからはそうはいきません。その会社にとっての知識を身に付けるだけではなく、会社から離れても必要とされる知識やスキルがなければ、ネオワーカーとして働くことはできませんから、今まで以上に学ばなければなりません。これは一企業でやるというより、やる気のある人たちを対象に、教育機関が対応することになるでしょう。今でも社会人を対象とした専門学校や通信講座がありますが、それがもっとさかんになってきます。
当然社員の評価制度も変わってきます。これまでは勤務時間によって評価されていて、遅くまで会社にいれば残業手当が支払われた。でもこれからは成果に応じた給与体系へと大きく変わっています。既に優秀なエンジニアには新卒でも1千万円を支払う企業も出ていますが、これがさらに加速する。ですから、自分に投資して、スキルを身に付ければ、ジャパニーズドリームを実現するのも夢ではない。そんな世の中に変わっていくでしょう。
働く場所は「自分にとっての一等地」
―― そうした働き方をパソナに置き換えてみたらどうなりますか。もともとやりたい仕事に立候補できるとか、社内起業を提案できるとか働き方の自由度は高い会社ですが、今後どのような働き方になっていきますか。
南部 僕自身、大昔からテレワークをやっています。25年前まではアメリカにいましたし、今もほとんど淡路島で仕事をしています。社員にしてもさまざまな働き方をしています。またこれからは社員の所属を大きく変えていきます。社員は好きな支店に出社すればよく、お客さまと商談する時も、どの支店でも打ち合わせできます。基本的にすべての社員がすべての支店を利用することが可能です。
パソナはこれまで、創業以来、オフィスを利便性の高い、いわゆる一等地においてきました。これからもそれは変わりませんが、ただし今後は人によって一等地の概念が変わってくる。社員によっては自然が間近な場所が一等地かもしれないし、スキーが好きな人なら雪国が一等地です。社員は自分にとっての一等地を見つけて、そこで暮らしながら働く時代がやってきます。
地方暮らしに対する国民の意識が変化
―― そうは言っても、勤務地を自由にしたら多くの社員が東京に集まってくるのではないですか。そうなると逆に効率は悪くなります。
南部 そんなことはありません。国民の意識は大きく変わっています。政府が首都圏に住む人を対象にしたアンケート調査を行ったのですが、それによると20歳から59歳の東京圏在住者のうちの49・8%が地方暮らしに興味を持っていることが明らかになりました。しかも年配者より若い世代のほうが関心を持っているそうです。
今までは若い人は東京に出ていきたがっていた。ところが普段東京に住んでいる人の半分が地方暮らしに興味を持つようになってきた。昔は地方に仕事がなかった。それがテレワークで仕事ができる。文化がないとも言われたけれど、地方のほうが自然やおいしい食べ物など、都会以上に心豊かな生活ができる。それに気づいた若い人たちの価値観が変わってきたということです。
実際、UターンやIターンに興味を持つ人は増えています。また地方自治体もさまざまな移住優遇策を用意しています。これまで地方自治体がやってきたのは、企業誘致、工場誘致でした。でもこれからは人材誘致です。仕事はどこでもできるので、住みやすい環境を提供することで人が集まってくる。そして人が集まれば、そこに産業が興り、地方は活性化します。この循環が生まれる条件が整ってきました。
―― 工場を誘致したところで、その企業の業績が悪化すれば工場閉鎖に踏み切ります。そうなると仕事もなくなるため、過疎が一段と進みます。それよりも、どこにいても働くことができる能力を持った人たちに定住してもらうほうがよほど効率がいい。でもその人たちに住み続けてもらうために、自治体は工夫をこらすことになります。
南部 地方のほうが都会よりもはるかに魅力的です。住宅事情にしても東京よりもはるかに安く、広いところに住めるから子どもを伸び伸びと育てることができる。会社に行くにしても、職場が近いから通勤に時間をかけることがない。生活費も安いからゆとりのある生活を送ることもできます。
新たな時代に求められるリーダーの心構えとは
リーダーに求められる「心の準備」
―― コロナで人々の意識が変わったとしたら、今後一気に地方への移住も進むかもしれません。冒頭に南部代表が言っていたように、コロナ禍は不幸なできごとですが、せめて世の中が変わる奇貨になればいいですね。
南部 コロナのようなパンデミックや天変地異は悲劇をもたらします。ただし人や組織を強くしてくれます。ダーウィンではありませんが、変化に耐え、対応するための知識と知恵をもたらしてくれる。今回も社会がより強くなるひとつのきっかけになるかもしれません。
ただし、今の世の中、いつ何が起きるかは分かりません。阪神淡路大震災や東日本大震災のようなことがあるかもしれないし、富士山が噴火するかもしれない。それでも人類はその危機を乗り越えていくことができるはずです。
―― 変化のスピードが激しく、また何が起きるか見通すことがむずかしい時代にリーダーに求められる資質はなんですか。
南部 心の準備ですね。準備があればパニックになることはありません。逆にピンチをチャンスととらえて早めに手を打つことも可能です。そのためには新しいことに常にチャレンジし、イノベーションを起こし続けていくことです。
よく、企業経営者は伸びている分野、儲かっている分野に人と金を投資します。それは大事なことですが、それだけでは不十分です。今儲けている事業があるなら、そこが生み出す資金を新しいことにつぎ込んでいく。これが僕の言う心の準備です。
ほとんどの会社は、本業以外のことをやっていません。いくら社員が多くても、基本的にはひとつのことをやっている。例えば、鉄のこと以外はやらない会社があったとします。でも仮に、鉄の必要ない社会になれば、存在する意味がなくなってしまいます。だけど、体力のあるうちに次に備えていれば、鉄がいらなくなっても、会社として生き残ることができる。ですから僕は、昔からいろんなことにチャレンジしています。
変わり始めた株主資本主義
―― 今は株主の視線が厳しくなっています。儲からない事業に投資していては、株主が黙っていないのではないですか。
南部 その点ではパソナは恵まれています。この前の株主総会で、パソナが東北復興支援のために立ち上げた子会社についての質問がありました。収益を上げるのに時間がかかっていて、それを指摘されました。
ところが、その質問に対して他の株主が「それをやめたらパソナはパソナでなくなってしまう。配当をゼロにしてもいいから、この事業は続けてほしい」と発言したのです。この発言に株主のみなさんは拍手喝采です。よく見たら、いわゆる「物言う株主」の人まで拍手をしていました。
―― それはパソナだけの特殊な事例ではないですか。ほとんどの会社が株主を気にして目の前の利益を優先させてしまいます。
南部 そうとは限りません。それを証明したのが今年のダボス会議です。これまでは確かに株主資本主義が全盛でした。ところがダボス会議では従業員や社会、環境にも配慮したステークホルダー資本主義を求める声が高まっていました。目先の利益だけではなく、社会にとって何が必要かを企業活動の際の判断基準とする。パソナは創業時から、「社会の問題を解決する」ことを目指してきましたが、ダボス会議でそれが認められたような気がします。