自動車販売は新型コロナの影響を受けて一時落ち込んだが、感染対策でマイカー移動する人も増えており、需要は回復してきている。だが、自動車各社は現在、減産を余儀なくされている。半導体部材が不足しているためだ。半導体業界では何が起きているのか。文=ジャーナリスト/北田 博(『経済界』2021年4月号より加筆・転載)
自動車生産計画を揺るがした半導体部材工場の火災事故
「半導体部材がどのように最終製品に使われているのかは分からなかった。まさか影響がこれほどまでとは……」。旭化成のある社員は、事態の全体像を把握すると驚きを隠せなかった。
発端は、宮崎県延岡市で、昨年10月20日に子会社「旭化成マイクロシステム」の延岡事業所のクリーンルームで発生した火災だ。同24日に鎮火したが、警察などによる現場検証が始まったのが、火災から約3カ月後の年明け1月18日だった。今なお半導体生産の再開のめどは全く立っていない。
これにより楽器大手のヤマハなど音響メーカーを中心に生産や販売に影響が出ただけではなく、自動車各社の1月以降の生産計画を大きく揺るがす事態を招いた原因の1つとなっている。
この工場では主に音響機器や自動車のセンサーに使う半導体集積回路を製造していた。月1万5千枚の少量多品種生産で、中には特殊な半導体もあり、他社が代替生産するのは至難の業だ。旭化成は、火災の影響を受けずに残った半導体を出荷しているが、既に底を尽き始めた。
旭化成としては、他社と差別化できている競争力の高い製品だっただけに、なんとか再開にこぎつけたかったが、世界的な影響が大きすぎる状況になっていることを受け、他の半導体メーカーに従業員を派遣した。自社の生産技術を供与して、代替生産してもらうという手段に打って出るしかなかったためだ。
「仕方がないが、それしか道はない」とがっくりと肩を落とした。
半導体不足の背景に自動車需要の回復
一方、昨年末に行われた国内大手自動車メーカーの4Q(今年1~3月)の世界生産計画に関するビデオ会議では、ある地域の生産担当の幹部から、モニター越しに怒号が飛んだ。
「こんなに部品調達が減ることになれば自動車生産ができなくなる。計画は白紙に戻さないといけない。こんなのありえない」
部品売り上げ世界大手の一角を占めるメガサプライヤーの独コンチネンタルや世界最大手の独ボッシュから、横滑り防止装置やハンドル操作を助ける電動パワーステアリングの部品供給が半減することが判明した。担当者が説明するなかで、北米の生産を優先させるとの方針が示されたためだ。
ここで明かされたのが、取引先の部品メーカーへのヒアリングの結果として、前述の旭化成の火災の影響が出てきたという訳だ。しかし、半導体不足の理由はこれのみにとどまらない。
新型コロナの感染を避けるため、公共交通機関ではなく、マイカーで移動する人が増えていることも背景にあるが、コロナ禍で急激に落ち込んでいた自動車需要が回復した。それにより、自動車1台あたり平均的なガソリン車で約30個、電気自動車(EV)や高級車には80個が必要とされる半導体の供給不足が露呈し始めた。
後回しにされる自動車向け半導体の供給
それに加え、海外の半導体メーカーは、品質水準への要求が高く、単価も上がらない自動車向けの納入を避け、「新型コロナウイルス感染を避けることによる巣ごもり需要が旺盛なゲーム機への納入を優先している」というのだ。
このほかにも、在宅勤務で使うパソコン向けの納入も活発だ。また、急速に発展する第5世代(5G)移動通信システム向けの需要が急増していることも調達不足に拍車をかけている。
自動車大手幹部は、こうした事態に、高水準を要求する自動車メーカー向けへの納入実績があるからこそ、半導体メーカーが他産業からの信頼を得て、さらに納入実績が拡大したという側面を指摘しつつも、「部品の不具合が死に直結する自動車向けと違い、ゲームや携帯は不具合が見つかれば、交換すればいいだけ。どちらを優先するといわれれば、そりゃ自動車以外だろうな」とうなだれるしかなかった。
海外自動車メーカーも減産体制へ
現在、自動車各社は減産を余儀なくされている。
既に、独フォルクスワーゲン(VW)、米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)、米フォード・モーターなど海外勢が減産体制に入っている。前述の国内大手自動車メーカーのビデオ会議に出てきた資料には、年明けから、各社の生産が4~5割減るとの衝撃的な数字が並んだ。
1月以降の生産計画は、判明しているだけでも、スバルが国内唯一の生産拠点の群馬製作所で生産する小型車「インプレッサ」などの生産を減らすなど、2月に日米で前年比約3割減となる計約3万台を減産する。ホンダは、米国とカナダの4工場で主力セダン「アコード」など5車種を対象に減産するなどして、4Qの世界生産台数を15%減らし、106万台とした。
トヨタ自動車は、大幅な影響を回避できたもようだが、米国テキサス州の工場で生産しているピックアップトラック「タンドラ」の1月の生産を4割削減するほか、トヨタと中国現地企業・広州汽車集団(広汽集団)との合弁自動車メーカーである広汽トヨタの一部ラインを1月11日から停止するなどの対応を取った。日産自動車についても、神奈川県の追浜工場で生産している小型車「ノート」の生産を減らす。
国内の自動車各社とも、当面は業績への影響を最小限に食い止めるべく、日本での需要が低迷する車種の生産を減らす代わりに、需要の戻りが早い中国や、各社の稼ぎ頭である北米への影響を抑える手に打って出ている。
ただ、影響は6月まで続く可能性も取りざたされており、業績への影響がどこまで出てくるのか予断を許さない。今後は半導体をめぐって争奪戦が勃発する可能性がある。
半導体メーカーと自動車メーカーの力関係に変化が
この状況下で、新たな動きが出てきた。材料費や加工費が高騰しているとして、半導体を値上げする動きがある。
特に、半導体受託生産で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)は、自動車向けを減らし、需要が高まるゲームや携帯向けの生産を拡大させてきた。この需給逼迫の事態を受け、2月以降に段階的に値上げを実施するとみられ、最大で15%のアップになる見通しだ。
国内においても、半導体大手ルネサスエレクトロニクスは、自動車向けなどの製品で取引先に値上げを要請。東芝も一部製品で値上げ交渉を始めており、「物流費も上がっており、売価への反映を頼まざるを得ない状況になっている」としている。オランダのNXPセミコンダクターズも値上げ方針を伝えた。
これまで自動車メーカーはトヨタ自動車を中心に、毎年2~3%の値下げを部品メーカーに要求する構図だったが、半導体メーカーに主導権を奪われる格好となる。もちろん、半導体メーカーは、自動車メーカーとの直接取引はないので、独コンチネンタルやボッシュなどが値上げ分を、部品納入価格に上乗せしてくることが予想される。自動車メーカーにとっては、調達コストが毎年下がり、利益の源泉にもなっていただけに、値上げはかなりの痛手だ。
ただ、ここにきて、世界的な半導体の供給不足の事態を受けて、日本政府が台湾政府に増産の協力要請を行ったことが判明した。また、米国やドイツも、同じく台湾政府に増産を要請したと海外メディアが報じている。
日本にとって自動車産業は、国内で550万人の雇用を抱える重要な基幹産業であり、その影響は鉄鋼や化学といった素材産業にも波及する。このすそ野の広い自動車産業での減産が長引けば、新型コロナで痛んでいる経済環境がさらに大打撃を受けてしまうだけに、国を挙げて手を打たなければとの判断に傾いたとみられる。
関係者によると、こうした要請を受ける形で1月下旬、TSMCと取引のあるメガサプライヤーの日本法人幹部が自動車メーカーを訪れ、半導体不足の背景を説明するとともに、4月以降の安定供給に向けて準備を整えていることを伝えたという。今後、一気に半導体不足が解消される可能性も指摘されている。
加えて、旭化成の火災の被害を受け、ルネサスエレクトニクスが代替生産に乗り出すことが判明した。既にサンプル出荷も始めているもようで、自動車各社にとっては朗報が舞い込んだ。
とはいえ、半導体メーカーにとっても、世界的な特需をきっかけに主導権を握れるこのチャンスをみすみす逃す手はない。今後も強気のスタンスで交渉に望むのは間違いない。価格交渉は難航も予想される。
日本の産業界はこのまま自動車産業をトップとする構図を維持するのか、それとも、それに取って代わる産業を育成できるのか。今回の半導体不足の問題は日本経済の行方を左右する大きな問題といえそうだ。