インタビュー
アストロスケールは、宇宙空間の安全性と持続可能性を確保するため、宇宙ゴミ除去サービスの実現に取り組む世界初の民間企業だ。宇宙の研究機関でさえ解決できなかったこの難問に挑む、岡田光信CEOの起業家魂はどこから来ているのか。聞き手=唐島明子 Photo=山内信也(『経済界』2021年6月号より加筆・転載)
岡田光信・アストロスケール創業者兼CEOプロフィール
ダイナミックな世界で伸びる事業を手掛けたい
―― 岡田さんは2013年5月に宇宙ゴミの除去サービスを行うアストロスケールを起業しました。しかしその前からターボリナックスでCFOとして経営に携わったり、通信インフラ・サービスのSUGAO、高齢者の支援サービスを行うMIKAWAYA21を起業支援するなど、さまざまな事業にチャレンジしています。
岡田 世の中を良くしたいと思って1997年に大蔵省に入り、数年後に米国留学させてもらいましたが、当時の米国はドットコム・ブームで熱量がすごかった。MBAのコースでは、毎週2~3人が辞めていく。というのも、彼らは起業しているんです。もしかしたら分数の掛け算もできないかもしれないクラスメイトが「数百万ドル調達しちゃったぜ」とか言って社長になっていました。
かたや日本では、ゴールデンタイムのテレビで10円節約法の番組とかを放送していて、政府もキュウキュウになりながら予算編成をやっている。もっとダイナミックなところへ行きたいと思うようになり、留学の途中で大蔵省を辞めてしまいました。フェデックスで退職届を出すという禁じ手を使ってしまいましたが、それまでいただいたお金はお返しし、私費留学に切り替えました。
―― フェデックスで退職届を出すとは大胆ですね。
岡田 ところが、しばらくしたらドットコム・ブームがはじけてしまいました。運よくマッキンゼーに採用してもらったけど、やっぱり勢い良く伸びる事業を自分でやりたい。それでIT会社のターボリナックスにCFOとして入りました。そこでは黒字化に成功したけど不幸が重なり、今度は1年間プライベート・エクイティ・ファンドに勤めたけど、でもやっぱり何か違う。自分で事業をしなければならないと思いました。
当時はiPhoneが出た時期で、これで世界が変わると思ってモバイルの通信・インフラサービスを提供するSUGAOという会社を立ち上げました。しかしそのSUGAOも、何というか……、まあまあの出来でした。大手企業のお客さまがいて、収益も上げていたけど売り上げの伸びが緩やか。「なんて手堅いことしてしまっているんだろう」とモヤモヤしていて。SUGAOが終わる頃は40歳手前で中年の危機、ミッドライフ・クライシスに陥りました。
「無理だ」と言われても頭がちぎれるまで考える
―― SUGAOの次は、MIKAWAYA21ですね。
岡田 母が半身不随になり、その介護でヘルパーさんが来てくれるようになりました。ところがルールがたくさんあって、例えば母の洗濯物は畳むけど父のは畳まないとか、提供できないサービスが多いんです。それでは日常生活が不便だからと家事代行サービスを頼もうかと思いましたが、1時間3千円とかするので年金生活の母には払えるわけがありません。そこで「30分500円のサービスを作ろう!」と決めて、MIKAWAYA21を設立しました。
SUGAOまでは私の暗黒時代というか、ウロウロしていましたが、MIKAWAYA21以降は違います。SUGAOはプロダクトアウトのビジネスでしたが、MIKAWAYA21とアストロスケールは「こんなサービスがあるべきだ」というニーズから始まっていて、いずれも周囲からは「そんなの無理だ」と言われました。しかし今も存続できています。
―― MIKAWAYA21の30分500円はどう実現しましたか。
岡田 新聞販売店と連携することにしました。新聞は斜陽産業と言われていて、最近では夕刊配達もない。午後は比較的ヒマがある。そこでゴミ出しや庭の草むしりなど、高齢者のお手伝いをしてくれた人には500円のうち400円あげて、残りの100円は新聞販売店に渡す。
では、MIKAWAYA21の収益はどうするのか。それは、このサービスをやると新聞販売店の損益の構造が変わるので、そこに目を付けました。販売店のコストの大半は契約更新時に使うビール券や洗剤などですが、それらのコストが不要になる。そこから得ます。
―― すごいアイデアですね。
岡田 頭がちぎれるまで考えました。新聞販売店は早朝の3K仕事。集金に行ったら行ったで居留守を使われてしまう。販売部数は減る一方で暗い雰囲気がありましたが、このサービスを始めると明るくなります。新聞代4千円だった客単価も、8千~9千円になるんです。
あと、集金日にはお客さまが販売店にお金を持って来てくれるようにしたかった。そこでガラガラくじの抽選をすることにしたらそれが大当たりで、奈良の生駒では、集金日には販売店に行列ができるようになりました。
年配の方は予定が欲しいんですよね。景品の一等賞はディズニーランド旅行です。実は販売店はそれまで、集金のインセンティブとして1回350円とか出していましたが、それが不要になります。350円に新聞の契約件数をかければ、ディズニーランドの旅行代を出してもお釣りがきます。
―― そこからアストロスケールにどうつながるのでしょうか。
岡田 私がMIKAWAYA21に携わっていたのは最初だけで、今は宇宙が舞台の仕事です。私が宇宙ゴミの問題を知ってから数カ月後の2013年4月末、4年に1度だけ開かれる宇宙ゴミに関する欧州会議が偶然にも開催されることを知り、「この問題はどれくらい深刻なのか見てこよう」と思って行きました。
宇宙ゴミとは寿命を迎えたり故障したりした人工衛星やその破片です。これが有人宇宙船や稼働中の人工衛星と衝突すると大事故になります。40年ほど前から問題視されていたけど、専門家すら解決策を提示できていなかった。それで「よし、宇宙ゴミの課題を解決しよう!」と決意し、欧州会議に参加した約1週間後、5月4日にアストロスケールを作りました。
「市場がない」ということは競合がいなくて最高だ!
―― 宇宙ゴミの問題は、多くの壁が立ちはだかっていそうです。
岡田 宇宙の持続可能性のためには解決しなければならないことです。なのに当時、宇宙関係者に対して「宇宙ゴミの除去をしたい」と言うと、みんな「技術がない」「市場もない」「トラブルが発生したら莫大な損害賠償を請求されて、会社はすぐに潰れるよ」とか、無理であることを前提に論理的に説明してくれました。
でも、市場がないと聞いたとき、すごくいいニュースだと思って。IT業界ではいつも競合がいて、市場はあるけどみんなで取り合っていて、しんどかった。しかし市場がないのであれば競合がない、「もう最高ですね!」みたいな感じです。
しかも、宇宙の専門家たちから「無理だ」と言われ続けてきましたが、そう言われるとやる気が出るんです。明確な課題やニーズがあるのに、誰も解を持っていない。それに対して死ぬほど考えて、死ぬほど動いて、新しいものを作ってやろうと思うとワクワクします。
―― 事業を進めるうえで岡田さんが大切にしていることは何ですか。
岡田 囲碁で言うと「初手天元」です。第1手を碁盤のど真ん中(天元)に打つ。宇宙ゴミの除去サービスを実現するには技術、ビジネスモデル、法規制、資金調達、チーム作りなどが必要ですが、それらすべてを自分で解くんだという意思表示です。
初手天元には定石がないし大体負ける。「分かってないな」なんて思われる。それで普通は碁盤の四隅から打ちに行くんです。宇宙ゴミの解決であれば、例えばある技術を開発して、それをゴミ除去に使えないかとやったりする方法もあります。しかし、それではこの問題は解けません。だから初手天元で真ん中から攻める。それが必ず最後にはプラスになると考えています。
―― アストロスケールは今年3月、宇宙ゴミ除去技術実証衛星を打ち上げました。今は実証段階ですが、いつ頃からサービスを開始しますか。
岡田 人工衛星は本来、磁石にはくっつきませんが、私たちの技術では磁石の原理で人工衛星を捕獲します。そこで私たちが除去できるよう、磁石がくっつくプレートを付けた人工衛星が、現時点では60基打ちあがっていて、それが年末には数百基のレベルになる見込みです。
地球上のSDGsの目標は2030年ですので、宇宙も30年までには持続可能であることを見せないといけない。例えば高速道路で事故が起きたらJAFが来てくれるように、30年には当たり前に宇宙ゴミの除去をしていたいです。
―― 現在の世界の宇宙業界を見ていると、アストロスケールはかつてのSONYやTOYOTAのような存在になりそうに思えます。
岡田 日本は今、負の雰囲気がありますよね。技術力は低下し、労働生産人口は減っている。でもそういうのもまとめてひっくり返してやろうと思っています。私たちの社員は半分以上が外国人で、社内でも英語を使っています。日本人でもグローバル経営できるんだというのを見せてやりたい。そして当然、世界で断トツすごい会社になってやろうと思っています。