日常生活で感じるちょっとした違和感や不便さを解消しようとしたことが、ビジネスのきっかけになることはよくある。「気付き」の感覚を持つことは、起業家にとって重要な資質の1つと言えよう。
その意味で、岡村アルベルト氏が事業を興したのは自然な流れだった。ペルー人の母と日本人の父のもとに生まれ、6歳の時に日本に移住。外国籍であるがゆえの経験を通じて、周囲で当たり前と捉えられている事柄と自らの基準との「違い」を意識する感覚が磨かれていった。
現在、ビザ申請や管理を簡易化するウェブサービス「one visa」を展開。気鋭のベンチャーとして各方面から注目を集めている。ユニークなバックグラウンドを武器と捉え、「世界から国境をなくす」という企業ミッションの達成に突き進む岡村氏とはどんな人物なのか。(取材・文=吉田浩 )
※本記事は外国にルーツを持つ若者を支援する特定非営利活動法人 glolab(グロラボ)の協力によって作成いたしました。
岡村アルベルト氏プロフィール
煩雑なビザ申請を簡略化する「one visa」
外国人の就労や滞在に必要なビザ。その申請書類の作成は非常に煩雑だ。特に日本語が分からない場合、事前準備を含めて記入が終わるまでに数日間かかることもあるという。
その煩わしい作業を短時間で済ませることができるのが、one visaの最大の特徴だ。外国籍人材を雇用する企業などをターゲットに、現在、約200社への導入実績がある。
「書類作成を簡単にするだけでなく、そこに至るまでの時間を短縮するというほうが正しいかもしれません。申請書に何を書いたらいいか分からずネットで検索したり、入管に電話しても繋がらなかったりして、窓口に来るまでにもすごく時間を費やすケースが多いんです。one visaは画面に出てくる質問に答えていくだけで書類が自動的に生成されるので、パスポートなどが手元にあれば10分もかからず申請が済ませられます」と、岡村氏は説明する。
このサービスを発想したのは、最初に就職したベンチャー企業で経験した東京出入国管理局での仕事がきっかけだった。ビザ申請窓口を担当することになった岡村氏は、1日に千人超えも珍しくない申請希望者の対応に忙殺された。提出される申請書類の大半に不備があったり、窓口の多言語対応が不十分だったりと、業務効率が非常に悪いことが原因だった。
そこで改善策を会議で提案したが、一向に状況が変わる気配はない。ならばと、自らサービスを立ち上げるために独立したのが2015年のこと。17年にはone visaの正式リリースに漕ぎつけた。
外国籍人材を雇用する法人をターゲットにするone visa
「しっかりとしたビジネスモデルがあったわけではなく、これだけ困っている人たちがいるならとにかくプロダクトさえできれば何とかなるだろうと。ただ、システムができても顧客にリーチする方法もわからず、当初は全く申し込みがありませんでした。知ってもらえるきっかけを作ろうと、ベンチャーのコミュニティに入ったり、フェイスブックのメッセンジャーで見込み顧客にアタックしたり、自社メディアを運営したり、セミナーで集客したり、いろいろと手探りでしたね」と、岡村氏は創業当時を振り返る。
試行錯誤を続ける中で気付いたのは、外国籍の個人にアプローチするだけでは不十分だということだ。日本で在留資格のビザを取るためには、個人が記入するパートと彼ら雇用する法人が記入するパートの記入を完成させる必要がある。そこで、まずは企業にone visaを体験してもらうことが普及への近道と考えた。
1つの契機となったのが、19年に施行された改正出入国管理法に定められた特定技能実習制度だ。新たな在留資格が設置されたことで、人材不足に悩む日本企業では外国籍人材の雇用拡大への動きが進んでいる。
この流れに乗ってone visaの普及を進めると同時に、取り組みを始めたのが特定技能実習にまつわる諸問題の解決だ。外国人労働者は渡航費やあっせん業者への手数料を支払うために、来日前に多額の借金を抱えるケースが多いうえ、就労先企業から賃金を搾取されることもある。こうした問題が、特定技能実習制度においても発生することが危惧されている。
そこで、岡村氏はカンボジアの首都プノンペンで、特定技能実習希望者を対象にした授業料無料の日本語学校を設立。企業から資金面の支援を受ける代わりに、そこで教育を受けた人材を紹介するサービスを開始した。実習生にとっては金銭的負担の軽減と搾取を免れるメリット、企業にとってはone visaによるビザ申請の簡易化と人材紹介が受けられるメリットが享受できる仕組みだ。
「特定技能実習制度については、きちんと実習生をケアして制度の運用を成功させたいという気持ちの部分が大きいのですが、ビジネス的なメリットがないと企業に動いてもらえません。その一方で、外国籍の方がその会社で長く働いてもらう環境も作らないといけない。労働者が企業で働き続けるための魅力づくりをしっかりしていくというのは、これまでの技能実習制度にはなかった概念です」と、岡村氏は語る。
コロナの逆風に耐え、仕組みづくりを急ぐ
これらの取り組みを本格化させようとした矢先、新型コロナ禍が襲った。世界的に人の移動が制限されたことで、ビザ取得の需要が消失。当然ながらone visaの事業にも影響を与えることになった。カンボジアの学校運営も、昨年4月に一斉休校の命令が出た影響で、一時撤退を余儀なくされた。「現状は非常に厳しい」と、岡村氏は語る。
そのため、現在は立て直しに向けて、特定技能実習生が来日後に搾取されないための仕組みづくりや、彼らをサポートする認定支援機関へのone visa導入に注力している。コロナ収束後の需要増加に備え、日本国内での基盤整備に重点を置いているという。
「今や第一次産業やモノづくり分野は、外国籍人材無しではなりたたなくなっています。コロナが明けて入国規制が解除された折には、これまで以上に採用が増えると予想されるので、各現場の混乱を最小限に抑えられるonevisaの導入がメリットになるはずです。支援機関の担当者1人で10人程度しかサポートできなかったものが、何十人も見られるようになる。そうした実績を作れるよう、今のうちに仕組みを作っていきたいと考えています」
「差分」を感じ取りビジネスに活かす
岡村氏にとって、経営者になるのは学生時代からの目標だった。国際的な貢献になる分野を手掛けるに至ったのは、自身のバックグラウンドが強く影響している。
日本に来て間もなくの頃、同じくペルーから来た同級生が、突然学校に来なくなったことがあった。当時は事情を知る由もなかったが、どうやらビザ申請の不備で本国に強制送還されたらしいことが後に判明する。その時に味わった喪失感や「何とかできなかったのか」という思いも、現在の事業に繋がっているという。
物事に対する感覚や判断基準における日本人との違いに、否が応でも敏感になったことも大きい。この感覚を、岡村氏は「差分」と表現する。外国籍の人にとって、ともすればネガティブに捉えられがちなこうした感覚を、ビジネスを手掛ける上での武器として磨いてきた。
「異国に馴染めないという一見するとネガティブな感情は、根本的には差分が引き起こすアレルギー反応みたいなもの。そこを意識して、早い段階から言語化してきたことが自分の財産になり、事業のアイデアにもつながっていきました」
そう語る岡村氏の事業家としてのストーリーはまだ始まったばかり。コロナによる逆風もまだ収束は見えない。それでも「自分だからこそできるビジネス」を追求する姿勢は、揺らぐことがない。
※岡村アルベルト氏のインタビューは、特定非営利活動法人glolab(グロラボ)のサイトよりご覧いただけます。