【連載】誰も言わない地方企業経営のリアル
今月から「経済界ウェブ」で地域経済関連の連載を始めることになりました。日本全国で私が実際に見聞きしたリアルな情報を元に、経営・経済の視点からお伝えしていけたらと思います。今回は高齢化する経営者の事業承継について書いていきます。(文=木下 斉)
木下 斉氏のプロフィール
進む経営者の高齢化、ボケ防止のために続ける人も
経営者の高齢化が進む中、事業承継への関心が高まっています。私も高校時代から23年にわたり、全国各地の事業者さんと共に会社経営をしてきたこともあり、数多くの家業相続を見てきました。どうしても地方の同族経営の会社の場合、晩年に生涯現役を言い続ける父である社長であったり、退職してもなお莫大な役員報酬を求める祖父である会長であったり、常に無心を続けて働かない親族であったり、一般のサラリーマン家庭にはなかなか見られない悩みを抱えています。
そうした中、まだ地方経済が元気で成長し、地元資本の企業経営が順調な時代はよかったわけですが、日本経済の失われた30年間を経て、今や地方経済も熾烈な競争を生き抜かなければならなくなりました。現在はかなりの数が絞られてきたといっても過言ではない状況です。しかしながら、そのような波乱の中を生き抜いた企業群も事業承継という課題と向き合う時代になっています。
東京商工リサーチの調査によると、2020年の社長の平均年齢は62.49歳に達しています。15年は60.89歳ですから社長の高齢化が続いています。同時に、赤字企業の社長を年齢別でみると70代以上が最多となり、休廃業した企業の社長の平均年齢は70.23歳に達しているという報告が出ています。
これは仕事柄、私も体感的にもよく分かるのですが、商店街でも70代の社長がザラで、50代は若手、90代の重鎮たちがぞろぞろといるわけです。それぞれの家業を見ても、60代までに事業承継を終えていればよいのですが、終えていない場合の多くは事業の収益性や成長性に問題があり、承継先が見つからないのです。結局、儲かる家業ならば息子が継いだり、はたまた地元の別の知り合いの会社に売却する方法もありますが、全く儲からないわけではないけれども、昔は儲かっていたから手元資金はあるので赤字でも体面のためにダラダラ続けているという会社も多々あります。
中には、サラリーマンの息子から「ボケるから店はやめるな」と言われて、ボケ防止で店をやっているという社長もいます。商店街で「この店は成り立っているのか」と不思議になる店などはその典型です。高齢の社長たちが向上心を持って業績を上げようとする会社ばかりではないのです。そして、いつか体力の限界と共に会社を畳むわけです。
成長する企業は30代以下に事業承継している
当然ながら、年齢を重ねていくにつれ体力・思考力が低下していきます。それなりに事業成功すると挑戦しなくなりますし、さらに残されている時間も減っていきます。これは金融機関などから見てもその人の返済能力、与信力が低下するので貸し出しを制限する理由になり、結果として投資も鈍化します。
60代は過去の蓄積で乗り切れても、中長期では企業業績は低下傾向となり、それが70代になると決定的に表れてきます。それではどうしたら良いのか。答えは明瞭で、30代以下への事業承継を可能な限り早めに行うこと、です。
『2019年版中小企業白書』でも、「新経営者の年代別に見ると、30代以下への事業承継では承継の翌年から成長率を押し上げる効果が明確に観察されており、ほとんど効果が確認できない40代、50代への事業承継とは対照的な結果となっている」と分析されています。
図のように30代以下への事業承継は、売上成長が最も高く出ています。人生ステージとしてはまだ始まったばかりで、子育てなどもあり、これから稼ぐぞ、という気合の入った年代であり、継続的に売上拡大を目指す傾向が強く出るのも当然と言えます。
さらに総資産に与える効果はより明瞭です。投資家も金融機関も、「若いほうがこれからも稼ぎ続ける」という期待を持ちます。企業からしても、投融資を受けやすく、その結果設備投資なども次々と展開できるようになり、総資産も増えていきます。
もちろん高齢の社長が全部ダメ、ということではなく、素晴らしい経営を続けている方もいます。しかしながら、もし事業承継なども含めて悩まれるのであれば、早めに30代以下への事業承継を実施しておこうという判断ができます。
事業承継を先延ばしにすることのデメリット
良くないのは「息子には『いずれ』継がせる予定」という話をしながら、専務止まりで社長を継がせないパターンです。40歳で卒業する青年会議所の方と各地で話すと、社長になっている方もいますが、多くは専務、常務という肩書の人です。
これは本当にもったいない、と常々思います。せっかく地元に戻り、会社を継ぐつもりがある状態で、親もそのつもりだからこそ呼び戻しているにもかかわらず、会社の一部を手伝わせるだけで終わってしまうのでは、社長としての伸び盛りの時期を棒に振るようなものです。自社の社長に早々に就任させるか、別会社を自ら起業させて成長させるなど、第一線に立たせる必要があります。
また、事業を譲る側も、どんなに経営手腕のある社長でも、社長を退いた後に会社に顔を出して経営に口を出すのは最悪です。名ばかり社長と見なされる後継者は育ちません。地域においても事業承継後にうまく行っているのは、自分で別会社をつくって「第2の創業」を始める、もしくは趣味の世界に生きている先代です。譲る会社=自分の人生にしていない人(先代)ほど、その会社は次の代でさらに大きくなっています。
「いずれ」なんてことを言っているうちに、社長が70代、80代と歳を取り、息子も40代、50代と歳を重ねていくと事業承継の旬を逃します。長崎の非上場企業のジャパネット創業者の高田明さんの息子(髙田旭人さん)が30代のうちに事業承継したのは大成功でもありますし、北海道の一部上場企業であるサツドラホールディングス会長の富山睦浩さんの息子(富山浩樹さん)も30代で事業承継して多角的な事業展開で成長企業として注目を集めています。
地域を見ても早々に事業を委ねるほうが良い結果になっていることが多く、一方で最悪なのは事業承継を先延ばしにした上に、社長が急逝してしまうことです。急逝してしまうと、事業相続だけでなく、資産関連の整理も大変になり事業活動に空白が生まれることがあります。さらにパワハラ型のワンマン経営をしていた社長の息子が、これまでずっと安月給で遊びすらさせてもらえず、40代後半から50代になって親の急逝で事業承継した後に派手な遊びをして会社を飛ばす、なども見てきました。
このようなことにならないように、次の世代に早々に事業のバトンを渡すことです。人生100年時代だからこそ、自分が立ち上げた事業を次の世代に継承して、自分は別のことに向き合うのが得策です。
事業承継先を探すにしても、あまりにも高齢では30代以下の年代との付き合いも乏しくなり、さらに事業自体も状況が悪くなっているかもしれません。事業は当然ながら価値のあるうちに承継するべきで、価値のあるものでないと他社への売却も不可能になります。日本人はどうにも事業と自分の家や自分の人生を重ね合わせて、「良いうちに継がせない、売らない」というダメなところがあるように思います。
中には、会社を売る=会社がダメになった、という間違った見方をする人もいますが、そもそもダメな会社は売れませんし、誰も事業承継などしてくれません。売れる会社をつくった、事業承継先が見つかる事業だった、というのは名経営者の称号とも言えます。
地域経済にとっては、廃業も有効な選択肢に
このように「いつか」と言っていると、会社の事業承継の旬を逃してしまいます。自分ではない他人に事業が渡るのは許せない、などと器量が狭いことを言わずに、もっと広い視野、長い人生を見て次に進むことが大切です。
同時に、社長にとって会社を畳むのは別に悪いことばかりではありません。何より、会社を畳む、事業をやめるということは、一切合切の事業資金などを返済して閉じるわけですから、それだけ手元にお金があるということです。お金がなければ、ちゃんとした廃業はできませんし、従業員の転職などの整理さえしっかり行えるのであれば、誰かが商売をやめるということは、次なる商売をまた別の人が始めるということです。新陳代謝の一環としては決して悪いことばかりではありません。
地域経済にとっては、老齢の経営者が下手にだらだらとボケ防止のために年金をもらいながら薄利の商売をして、地元の相場を崩して若い世代の経営を阻害するよりも、思い切って廃業してもらい、次なる世代に商機を譲るほうが有効な場合もあるのです。
(参考)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2019/PDF/2019_pdf_mokujityuu.htm