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「これからの政治に必要なのは科学に基づく説明責任」―鴨下一郎(衆議院議員)

鴨下一郎

※本インタビューは2021年7月19日に実施されました。

「ワクチンにすべてをかける」。菅義偉首相自らそう語る。ワクチンは新型コロナ対策の切り札という位置付けと覚悟だが、供給が滞るなど接種の遅れが露呈している。医師で衆議院議員の鴨下一郎氏は、ワクチンへの政府の対応に危機感を抱いてきた一人。接種が遅れた真相や、今後ポストコロナへ向けてあるべき「パンデミックと政治」について聞いた。Photo=幸田 森(『経済界』2021年10月号より加筆・転載)

鴨下一郎・衆議院議員プロフィール

鴨下一郎
(かもした・いちろう)1949年生まれ。東京都出身。79年日本大学大学院医学研究科修了後、心療内科医として従事。93年衆議院議員選挙に立候補し初当選。第9、10代環境大臣。厚生労働副大臣(第1次小泉第1次改造内閣・福田康夫改造内閣)、衆議院厚生労働委員長、自民党国会対策委員長(第54代)、自民党幹事長特別補佐などを歴任。現在9期目。

なぜ日本のワクチン普及は遅れを取ったのか

ワクチンより治療薬に関心が向いてしまった

―― 新型コロナのワクチン対策が度々迷走してきたのはなぜか。

鴨下 去年の3月ごろから新型コロナ感染が深刻化しましたが、そのときにはワクチンは念頭にありませんでした。その理由は、日本はむしろ治療薬のほうに目が向いていたからです。イベルメクチンやアビガンが効くかもしれないので、特例承認のようなものを設けよ等、多くの医師も感覚的に薬中心に頭が働いてしまった。初期の段階でワクチンが念頭になかったのがボタンのかけ違いの始まりです。

―― 薬のほうに気が行ってしまったのは未経験の新型コロナに対する焦りもあった?

鴨下 そもそも、SARSやMERSのときに、日本でもRNAワクチン、DNAワクチンなどを含めてワクチン開発をしないと乗り越えられないんじゃないかという議論が起きたんです。でも、日本は幸いにしてさほど大きな被害を受けずに今日に至ったので、ワクチンがゲームチェンジャーになるという認識は少なかった。私も反省するところなんですが、当時アビガンなどがコロナの増殖を抑えるメカニズムを聞くと、もしかしたら行けるかもしれないと思っていました。

―― 政治行政はワクチンにどう取り組んできたのか?

鴨下 ワクチンの議論は、麻生内閣から民主党政権になるころに起きました。新型インフルの対応でmRNAワクチンなどの開発を急ぐべきだというもので、当時ワクチンの超党派の議連を作って私が座長を務めていました。ただ、日本の製造メーカーはDNAなどを操作してワクチンを作ることにあまり積極的ではなかった。一方、他の先進国はその頃からずっと取り組んでいました。当時私のところにロシアからスプートニクVを使ってくれないかと打診があって、「私たちは10年前からワクチン開発をやっている。ノウハウはいまに始まった話じゃない」と言っていたのがとても印象的でした。日本はその時点でもう10年遅れていたということです。

ファイザーとの契約がネックに

―― それでも今回はワクチン重視に切り替わった。

鴨下 ワクチンに関する流れが変わってきたのは9月ごろです。安倍前首相の退任会見で発表したコロナ対策のパッケージに「早期のワクチンを」と明記されました。その後、ファイザーとの契約とワクチンの治験、特例承認をどうするかなどが政治的判断になっていきました。これで年内には接種が始まるかなと思ったんですが。

―― そうはいかなかった?

鴨下 ネックのひとつはファイザーと日本の契約です。こういうときには官邸がリーダーシップを取って政治力を発揮しなければならないのにやらなかった。ワクチンの確保や接種が非常に早かったイスラエルでは、首相や保健省が早くから14回もファイザーのCEOと話したという情報もありましたが、日本は厚労省の担当者にそれをやらせた。

 私も厚労省に「こんなに契約が遅くて大丈夫か」と随分言いましたが、「一生懸命やっていますが値段や数量の交渉がはかばかしく行かない」と。早くワクチンの量を確保するためには、交渉の中で特例承認をどうするかとか、値段とか、治験を増やすかといったことを即決断しないといけないのですが、省内で相談しているうちにどんどん契約が遅くなっていきました。

ワクチン接種を遅らせた集団接種への偏重

―― 鴨下さんはどう対応した?

鴨下 私は政府側ではないですが、与党として危機感を持って対応すべきと考えました。11月に党政調会長に、「ワクチンが決め手だと思うが遅れているので、勉強会を新型コロナ対策本部と社会保障制度調査会の合同でやりましょう」と提案して勉強会を開いたのですが、厚生労働省は非常に消極的な印象でした。

 「ワクチンについて政治は圧力かけないでくれ」という考えだったようであり、医療に明るい武見敬三参議院議員と2人で相談して、ワクチンプロジェクトチーム(PT)を党内に作って、政府側に対しプレッシャーをかけようということになったんです。

―― 本来は野党でなく与党が率先して政権にあれこれ厳しく注文を付けなければならない。

鴨下 PTで調べていろいろ背景が明らかになってきました。ファイザー側が言うには、治験2万人の中に日本人を140人入れてあり、それでは人種の差を判断できないという理由で、厚労省はプラス300人の日本人の治験をやれと言ったようなんです。ファイザー側はこれで3カ月遅れたと。交渉が年を越した背景にはそんなこともありました。

―― PTは他にどんな発信を?

鴨下 PTの第1回目の提言には、「あくまでもエビデンスに基づいて世界の治験を参考にして前に進めます」と明記しました。ワクチンの有効性への評価、同時にエビデンスの有効性への評価もして、その上でワクチンが信用に足るものだと発信しようと。ところが今度は実際の接種で次の問題が起きました。それは集団接種を前面に出して始めてしまったことです。

―― 集団接種がワクチン接種を遅らせた要因でもある。

鴨下 厚労省によれば、ワクチンはマイナス75度で冷凍保管して、解凍直後に打たないといけないという話でしたが、ファイザーに聞いたところ解凍後5日間は有効だと。それなら月曜日に病院に届けて金曜まで打てるので、個別接種で行ける。

 ところが、厚労省が大きな方針として集団接種という巨大な船を出航させようと動いたんです。そのシンボルが川崎市です。学校で集団接種のモデルを示してマスコミが取材した様子を見て、ワクチンは集団接種するものだという認識が国民に刷り込まれてしまったと思います。集団接種のほうが管理しやすいという役所的な発想でしょう。

―― 集団接種は、交通が密になったり予約が進まなかったりして、各自治体が混乱した。

鴨下 その後も閣議了承で集団接種の方向を決めるという情報が入ってきたのですごく抵抗しました。なぜなら集団接種だけだと接種のスピードが上がらないと考えました。もっと柔軟にインフルと同じような打ち方でかかりつけ医による摂取や職域接種など多様にしないとスピードは上がらない。デリバリー(ワクチンの運搬)さえちゃんとできれば行けると踏んで、PTでは集団接種、個別、職域のルートを作るべきだと決めて政府に申し入れました。そのときにやってくれていれば、もっと早かったと思います。

―― もう集団接種体制で走り出していてPTの提言は聞き入れられなかった?

鴨下 最初から個別と職域をやっていればと本当に思います。職域接種が途中から始まって、体制を整える企業が一気に増えた結果、ワクチンが足りなくなった。でも、見方を変えれば、ワクチンの数さえあれば、あれだけのエネルギーで民間は打てるって証明したということです。

 私はテレビなどでも発言してきましたが、開業医は10万人いて、ひとりの医者が10人打ってくれれば1日100万人打てますと。職域を入れれば150万人は打てるのにそういうものを引き出せなかった。大臣も含めた担当の方々がもう少し現場に出向いていれば、どのように工夫すればポテンシャルを引き出せるのかがより理解できたでしょう。

―― かかりつけ医による摂取など、鴨下さんの提言のような体制をとった自治体もあった。

鴨下 例えば、かかりつけ医で打とうと決めた東京の練馬区モデルがあります。これは実際に医師が主導して、役所と共に実現しました。医療現場が分かっている誰かが先頭を切らないと役所はそういうのを知りません。大規模摂取会場を設営しろと言っても、看護師や消毒液の調達などについても全く分からず、各自治体は途方にくれました。それよりもデリバリーをしっかりして、ノウハウ持っているところに依頼すれば、今ごろは高齢者も、40、50代も打ち終わっていたはず。オリンピックに間に合っていた可能性だってあります。

鴨下一郎

政治に求められる危機管理の在り方とは

―― ポストコロナの日本の医療や政治行政の危機管理も考えておかなくてはいけない。何をすべきか。

鴨下 新型コロナはあらゆる意味で日常的な矛盾をあぶりだしたと思います。決定的なのは、日本の政治行政は平時はうまく回していたけど、こと有事になってフェーズを変えることについては、その能力を持った部署がほとんどないというのが明らかになったことです。

 では、どうすべきか。政治家がこれは危機だからとリーダーシップを取るというやり方もあるでしょうが、それ以外にやっておくべきことがはっきりしました。例えば有事に切り替わったら公的病院はすべて新型コロナ病棟に変えるとか、一般の医療機関でもコロナに特化して働くといった仕組みを作っておくことが必要です。また、パンデミックが起きたときに警察、消防はどうするのか。クーデターなど治安面の危機だけではなく、パンデミックの際にも警察や消防はプレーヤーの一つだと思っています。

―― 具体的にはどんな備えを?

鴨下 自衛隊には予備役がありますが、警察や消防でも予備役のようなものを設けて日頃から訓練しておく。10万人くらいいれば、その中の1万人くらいは年1回でも訓練をして、少しでも報酬が渡るようにする。いざという場合はその人たちが動員される仕組みを作るべきです。

 また、開業医の中で感染症が分かる方々にも、パンデミックのときの担当医としてのミッションを当てておくことが重要だと思います。これから細菌戦争だって起こるかも分からないわけで、そういうプレーヤーを国民の1割くらいは作っておくべきです。

―― 政治行政のリーダーは今回何が欠如していたのか?

鴨下 政治のリーダーは、洞察力とかリスクテイクを常に意識しないといけません。統括的に言えば、官邸の中で、それは総理と官房長官しかいない。この2人がそうしたことに敏感で、なおかつ科学に基づく説明責任が求められます。常に「今こういう状況で、ワクチンはどうで、間に合わないならなぜとか、こうだからロックダウン的な措置に協力ください」と説明する。そうしたことを徹底して行うリーダーシップが必要だと思います。

鴨下氏は医師だ。今回話を聞いたワクチン問題の総括も集団接種の在り方の提言も、医療という科学的な根拠をバックにしているから説得力を持つ。国会議員の中には他にも医師や科学者がいるが、かつてその一人はこんなことをつぶやいた。「日本の政治の土壌は科学よりも政治判断。学者出身の政治家は、ああまた小難しいことを言っていると言われ、科学者出身の政治家で出世した人はいない」―。鴨下氏には新型コロナをきっかけに、日本の政治行政に欠如している科学を率先して取り込んでもらいたい(鈴木哲夫)