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多国間の枠組み構築によりいち早く平和を実現させるべき ‐日本総研国際戦略研究所 田中 均

田中均 日本総合研究所国際戦略研究所

ロシア軍の侵攻を受けて国際情勢は不安定化している。外務省時代、2002年の日朝首脳会談を実現させるなど、長年日本の外交問題に携わってきた田中均氏が、これからの世界情勢と日本の外交戦略について語った。聞き手=和田一樹(雑誌『経済界』2022年7月号より)

田中均 日本総合研究所国際戦略研究所
田中 均 日本総研国際戦略研究所理事長 元外務審議官
たなか・ひとし 1969年外務省入省。京都大、オックスフォード大学卒業。北朝鮮の要人と交渉を続けて2002年、小泉純一郎首相(当時)の訪朝を実現。外務審議官を経て05年に退官し、(株)日本総研国際戦略研究所理事長。『見えない戦争』(中公新書ラクレ)など著書多数。
Twitter:@TanakDiplomat

最大のリスクは軍事拡大と経済制裁の応酬が続くこと

―― ロシアの侵攻をきっかけに国際政治は緊張が続いています。

田中 ロシアによるウクライナ侵攻は、力による世界の秩序への挑戦です。その結果として、西側諸国も経済制裁という形でロシアの動きに反応せざるを得なくなりました。

 2度の大戦を経験し、人類は相互依存関係によって平和を構築しようとグローバリゼーションの取り組みを進めてきました。しかし今回の侵攻はその流れに逆行することであり、世界に大きな分断を生み出しました。

 分断によってエネルギーや食料、物資の流れは滞り、価格高騰が続いています。確かに元凶はロシアではありますが、だからといって仕方がないとは言っていられない状況です。分断が大きくなり過ぎないように、外交努力をし、政治的な枠組み構築による決着を目指すことが重要です。もし、政治的な枠組みづくりによる決着ができなければ、ロシアとNATOが、軍事拡大と経済制裁の応酬となり、世界の安定は一向に実現できません。これが現在の世界で最も大きなリスクです。

―― 日本の対応はどうあるべき。

田中 国内では、中国、北朝鮮、ロシアの脅威に対して、軍備を増強して立ち向かうべきだという声もあります。確かに、例えば対ロシアについては、冷戦終了と同時に自衛隊は北海道から引きました。今回の一件を受けて、そのままという訳にはいかないでしょう。防衛費もGDP比1%強のままというのは日米の信頼関係の観点からも難しいと思います。

 しかし、日本の場合は核兵器を持っていないこともあり、どれだけ防衛費を積み上げても、核を持つ国から独自で自国を守ることは難しい。ですから過去の総理大臣は日米安保体制の中で役割を果たし、米国との信頼関係を大事にしてきたのです。

 私はこの基本的な姿勢を変える必要はないと思っています。日本が突出して攻撃用の武器を持つとか、ましてや核のシェアリングに踏み込む必要は全くない。日本の安全を担保するためには、日米の信頼関係を作った上で防衛力について考えていくことが大切です。また、米国との関係を鑑みて、防衛費は見直す必要があると言いましたが、それも直ちに2%、3%というわけではありません。財政面の状態と合わせて、現実的な数字を検討するべきです。

 安全保障とは、防衛力と外交努力の両輪です。いかに防衛費だけが拡大しても、外交関係が悪化していけば追いつきません。差し当たって、地政学的に日本の重要課題は中国です。しかし積極的に対立することなど誰も望んでいません。「ロシアがウクライナを侵攻したから中国も台湾を攻めてくる、したがって日本は軍備を拡大して中国と相対峙していくべきだ」という一本槍で考えていくのは大きな間違いだと思います。

 なぜなら中国は地政学上の脅威であると同時に、最大の経済パートナーでもあるからです。必要なのは多国間の枠組みを活用した対話です。既に中国が加入している東アジアサミットやRCEPという自由貿易協定がありますから、ルールに基づき中国との関係を整理していくということを意図的にやっていくべきです。

―― 国際的な枠組みによる安定の実現は、ウクライナ情勢でも同じことが言えますか。

田中 特に重要です。なぜウクライナ問題で多国間に影響を及ぼす枠組み構築が大切かというと、ウクライナで起こったことが将来、他の地域でも起きる可能性があるからです。

 例えば、フィンランドはロシアと約1300キロにわたって国境を共にしています。こうした事情から、フィンランドはNATOへの加盟を希望しているわけです。しかし、今回のウクライナ侵攻を見ていると、NATOに入っただけで本当に安全と言えるのか不安は消えません。同じことはジョージアにも言えます。

 こうした背景があるからこそ、一定の枠組みをロシアとNATOの間に作って、一種の政治的な決着をつけなければいけない。でなければいつまでたっても安心できない世界情勢が続いてしまいます。

 ウクライナ情勢については、時間の経過と共に全面的な戦争状態は落ち着き、東部地域で限定的な戦争が続く膠着状態になることが予想されます。二国間の停戦は、当事者国同士でまとめることは可能かもしれません。一方で、世界全体を安定させるための多国間に影響を及ぼす枠組みを構築するのは難しいでしょう。

 これは米国が中心となってロシアと議論するしかないでしょう。でなければNATOとロシアが核を持って対峙するという状況が、5~10年も続くことになってしまいます。

―― 国際政治は新たなフェーズを迎えているように感じます。

田中 ロシアのウクライナ侵攻は、国際的な枠組みの大きな変化を象徴しています。冷戦が終わってからのポスト冷戦と呼ばれる時代は、米国が世界の警察官の役割を果たし、かつ秩序を破壊するものを力で抑えてきた歴史です。まさに湾岸戦争、イラク戦争、アフガン戦争が分かりやすい例です。ところが今回、アメリカはロシアの正面切った侵攻を止められなかった。バイデン大統領が、ロシアの侵攻の可能性を明言しけん制していたにもかかわらず、です。

 安保理の常任理事国が国際法を全く無視した行動を取り、それを止められないということは秩序の揺らぎそのものと言えます。

 また、ロシアが核兵器の使用を匂わせたことも国際秩序の大きな変化です。これまで世界の多くの国は核の役割を小さくしようと考え、実際には使えない禁じ手の兵器だという共通認識を持ってきました。

 しかしロシアの行動を受けて、米国は核の縮小を止めてしまうかもしれません。他の国々も、やっぱり核を持っていないと自国の防衛はできないと考え、核武装に向かう国も出る懸念があります。北朝鮮やイランについても、核兵器を廃棄させるのはますます難しくなるでしょう。

 国連安保理の常任理事国が侵略行動を起こした今、一体これから世界の秩序はどのように守られるのか、大きな転換点を迎えています。

国内政治と外交は相容れない面がある

―― 近年の日本の外交をどう見ていますか。

田中 みんな冒険しなくなった気がします。外交の仕事は相手があることです。お互いの腹の内を探りながら、共同作業で落としどころを作り上げていくのが外交です。近年の日本は政治が官僚を抑え込んでいるとも言える状態ですから、官僚は官邸の様子を伺いながら仕事をせざるを得ないところもある。一定の裁量を持って動くことが難しくなっています。これでは外交はできません。

 政治というのは、選挙に勝つのが最大の願望ですから、それと外交は相容れない面があります。選挙に勝つとは、外に対して譲歩してはいけないということです。国際的なマインドを持つべき外交は、国内の選挙民だけを相手にするのでは難しいと思います。

 日本は黙っていれば沈みます。何でこんなに円の価値が落ちるのでしょうか。国内志向になりすぎ、外のチャンスを拾えていないことを心配しています。日本の外交は待ったなしの状況です。