スーツを着たライオンが会社の未来に悩んでいるテレビCMを見たことがある人も多いだろう。これは群れを率いるライオンを企業経営者になぞらえたもので、M&A仲介会社のM&AキャピタルパートナーズのCMだ。仲介会社といえば今まで黒子的存在だった。それがなぜ、派手な宣伝活動を展開するのか。同社の中村悟社長に真意を聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=川本聖哉(雑誌『経済界』2022年12月号より)
市場は拡大するが「荒れる」可能性
―― 2022年9月期が終わりました。決算発表はこれからですが、第3四半期までの数字を見ると、成約件数、売上高ともに伸びています。コロナの影響から立ち直ったようですね。
中村 コロナ禍により、M&Aによる事業承継を相談される件数は増えていましたが、その一方で緊急事態宣言などの行動制限により思うように面談ができなくてクロージングが先延ばしになるなど、案件はあっても交渉が進まないという状況もありました。しかし流行から2年以上がたち、現場も慣れてきて、リモートミーティングなどにより打ち合わせができるようになってきました。それが成約件数の増加につながっています。加えて大型案件も増えていることも業績につながっています。
―― M&A仲介会社の中でも、M&Aキャピタルパートナーズ(MACP)は1件当たりの譲渡金額が大きいそうですね。
中村 東京商工リサーチの調査でも、取扱案件の平均譲渡価格は当社が一番高くなっていますし、一定規模以上のM&Aこそ、われわれの専門性やブランド力が最も生きると考えています。
MACPは案件を創出することが得意な会社です。仲介会社が扱う案件の中には売り手企業を金融機関から紹介されて買い手を探すケースも多いのですが、大型案件なら、金融機関自らが仲介を行うため、仲介会社に回ってくるのは小さいサイズになりやすい。その点、MACPは自分たちで売り手企業を探すため、大型案件も扱える。しかも金融機関へ紹介手数料も支払う必要がありません。これがわれわれの強みです。
―― 経産省によると127万社で後継者がおらず、今後10年で60万社が黒字廃業の危機にあるとされています。それを救う手段のひとつがM&Aによる事業承継ですから、市場はこれからますます拡大していきます。
中村 事業承継型M&Aが増えてくるのは間違いありません。その一方で市場が荒れることを危惧しています。拡大市場を目指して、多くの新規参入者がいます。中小企業庁は昨年、M&A支援機関登録制度を開始しました。これはM&Aを支援する機関を登録制にすることで、中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤を構築しようというもので、M&A仲介会社や金融機関、士業等専門家などが対象です。現在の登録数は2300件ですが、約1300件はここ2年の間に設立されています。これだけの数があると、中にはノウハウや知見が不足している業者もあるかもしれない。そこでトラブルが起きると、M&Aに対する信頼が揺らいでしまいます。
―― 昨年、公正で安全なM&A仲介を推進する目的で一般社団法人M&A仲介協会が設立されました。MACPは創設メンバーの1社ですし、中村さんは理事を務めています。
中村 M&A仲介協会は上場しているM&A仲介会社が中心で、M&A支援機関登録制度に登録している業者の多くはまだ協会には加入していません。協会では中小企業庁が定めた中小M&Aガイドラインに関する啓蒙と順守を呼び掛けていますが、会員以外には強制力も罰則もありません。ですからその役割はまだ限定的です。
M&Aの現場では危ない話をよく聞きます。多くの経営者にとって、会社を売るのは人生で最初で最後の経験ですから慣れていない。ですから仲介するに当たっては、進め方や契約について懇切丁寧に説明する必要があります。ここをいい加減にすると、さまざまなトラブルが起きてしまいます。
種まきは懸命に収穫は急がない
―― 実際にトラブルは起きているのですか。
中村 実はM&A業界というのは訴訟が多い業界です。ところが当社は05年の創業以来17年間、一度もクライアントから訴訟を起こされたことがありません。これは稀有な例だと思います。
―― 訴訟を起こされない秘訣は何でしょう。
中村 訴訟に至る経緯はさまざまですが、私がよく耳にするトラブルは、着手金を支払ったのに何もやってくれないというものです。着手金は100万円単位ですから、中小企業にとってはけっして小さな金額ではありません。それにもかかわらず、話が前に進まなければ、クライアントが怒るのは当たり前です。その点、当社は着手金を一切頂いていません。ですからトラブルになりようがありません。
もうひとつ理由があるとしたら、社員への営業ノルマがないことです。ノルマがないから期末になっても追い込みをかける必要がない。ですからクライアントが納得するまで交渉することが可能です。ところがノルマがあると現場にはプレッシャーがかかり、クロージングを急ぐ結果、デューデリジェンスが甘くなったり、伝えなければならないネガティブ情報を握りつぶしてしまうなど、やってはいけないことをやるリスクがどうしても高くなってしまいます。
―― MACPは社員の給与ランキングで日本の上場企業の中では8年連続でトップで、平均給与は2688万円です。これだけの給与をもらうにはガンガン営業をかけなければならないのではないですか。中村さん自身、住宅メーカーの営業マンでしたから、社員に対して相当激しくプレッシャーをかけているのかと思いました。
中村 もちろん案件を創出するためには一生懸命に営業をかける必要があります。でもいつまでに何件成立させなければならないという考え方は一切していません。無理をしてクロージングをするよりも、多少、時期が後ろになってもクライアントが満足する仲介を行っていく。言ってみれば農業のようなもので、熟してないのに無理に刈り取るよりも、完熟したものを収穫する。
実際に当社の20年9月期の通期決算はコロナの影響もあり減収減益でした。経営者としてはできるだけいい決算を出したいという思いは当然あります。でもやるべきことをやってその結果が減収減益なら、それはそれで仕方がない。多くの案件を抱えておけば、時期はずれるかもしれないけれど、いずれはM&Aが成立する。それでいいと考えています。ですから種まきや育成のためには必死になって努力しますが、刈り取りはけっして急がない。これが企業文化になっています。
知名度は圧倒的1位。次は規模でも1位に
―― 最近、「ライオン社長」の登場するテレビCMを見る機会が随分と増えました。意図的に露出を増やしているのですか。
中村 M&Aに関わる会社が数多くありますが、一番重要なのはブランド力だと思っています。そのブランド力を高めるために積極的にテレビCMを打っています。
創業からしばらく、13年に東証マザーズに上場するまでは、相当苦労しました。上場前の社員数は20人前後、売り上げは10億円程度でした。社員はみな一生懸命働いていましたが、いかんせん知名度がないため、なかなか信用してもらえない。打ち合わせにいらした方が、きちんと会社が運営されているか、社員の仕事風景を見せろと言われたこともあります。でも上場したことで、ブランド力が上がって信用されるようになり、そこからコンサルタント1人当たりの生産性が一気に上がっていきました。
しかも今後はさらにブランド力の重要性が高まると考えています。先ほど言ったように、今後M&A市場が荒れる可能性があります。そうなればお客さまの見る目も厳しくなります。その中で選んでいただくには、大手金融機関と同じくらいのブランド力を持つと同時に、それにふさわしい仕事をしていく必要があります。そうでなければ、お客さまの信頼を得て大切な会社の将来に関わる交渉を任せていただくことはできません。
お陰でライオン社長のCMはかなり浸透するとともにMACPの社名も知られるようになりました。東京商工リサーチのM&A仲介サービスに関する調査では、当社の認知度はM&A仲介業界で第1位です。しかも2位の会社に1・5倍の差をつけています。これは今年3月時点の調査ですが、その後、さらにCM出稿を増やしているので、今ではもっと2位との差が開いていると思います。しかも法令順守イメージも1位です。
もちろん、CMを放映したからといって、すぐに受注が増えるわけではありません。その意味では効率が悪いかもしれない。だけどやがては、ブランド力の高さが数字につながると信じています。それと、もうひとつ大きいのは、優秀な人材が採りやすくなったことです。M&Aの仲介は、コンサルタントのマンパワーに頼るところが非常に大きい。だからいい人材は取り合いになります。その点、最近では他社に競り負けることがほとんどなくなりました。ですから今まで以上にお客さまに満足していただける仲介ができると期待しています。
―― 知名度でトップに立った今、次は何を目指しますか。
中村 やはり日本のトップに立ちたいです。東京商工リサーチの調査では認知度をはじめ主要5部門で1位になっていますが、今後は手数料の合計である売上高でも1位を目指します。そのためにはM&Aで移動する株式の合計額をトップの3倍にまで伸ばしていく。これが当面の目標です。