デバイスの性能向上や通信環境の改善によって動画コンテンツを楽しむ人が増えた。巣ごもり生活もあって、リアルタイムに動画を届ける「ライブ配信」には特に注目が集まる。配信サービスとして月間アクティブユーザー200万人以上を誇り、国内首位を維持するのが「ツイキャス」である。赤松社長は、どのようにこの未来を探り当てたのか。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年4月号より)
赤松洋介・モイ社長のプロフィール
限界を突き詰めた人間だけがその先の景色を見られる
―― ライブ配信プラットフォームの「ツイキャス」は、スマホ、タブレット、パソコンのいずれからも配信・視聴を行うことができます。2010年のサービス開始以降人気を集め、ライブ配信の流行もあって累計登録者数が3千万人を超えるサービスへと成長しました。こうした未来はどこまで見えていましたか。
赤松 エンジニアとして世の中の技術を見ている中で、個人が必ずしも大きな組織に属さずとも自力で収益を得られる世の中がくるとは思っていました。各種SNSが発展する理由もそこに絡んでいると思います。ですから、個人が活躍し才能を発揮する世界がくることを前提とし、そこに向けて私たちのサービスも動いてきました。
―― ライブ配信で個人が収益を得るようなモデルは、10年前には一切なかったのではないでしょうか。
赤松 当初はここまではっきりと見通せてはいなかったので、都度モデルを変更しながらやってきました。ツイキャスも、元々はラジコンをインターネット経由で遠隔操作する、ちょっと異端児的なサービスから始まっています。ラジコンにCPUとウェブカメラを搭載して、それをブラウザで操作する。海外からの利用者もいたりして、一部で盛り上がっていたのですが、当然ラジコンは充電が必要ですし、ひっくり返ったら起こさないといけない。結局、人のリソースがかかるのがネックでした。
そんな時にiPhone3Gが発売されまして、これがあればわざわざラジコンを動かさなくてもみんな勝手に手元に端末を持って動いてくれるんじゃないかと思い、そこでラジコンは全部切り捨てiPhoneの方に方向転換したのがきっかけです。
―― iPhone3Gの時代にスタートを切ったのは、モバイル・ストリーミングでは相当早かったと思います。流行る技術やサービスは、どうやって見つけるのでしょうか。
赤松 これは徹底的に掘らないと見つからないのではないか、と思っています。例えば最近VRが流行っていますが、実際に自分で使って試してみた人は、メディアでの盛り上がりほどいないのかもしれない、と。さらに言えば、それを新しいテクノロジーとして、何ができて何ができないのかを追求した人ってかなり限られるのではないかと思います。
ある技術について具体的かつ深く掘ることで次に必要なものが見えてくると思いますし、仮に技術的な限界があったとすれば、そのハードルをクリアする手段を見つけた人だけがその次の展開を実現できるのではないかと考えています。これは今流行のものに限った話ではなく、古いものも含めて今の技術レベルでは実現できないことをどうすれば突破できるのか、常に具体的かつ深掘りして調査・研究するようにしています。
―― ご自身で試行錯誤するのが好きな性分なんですね。
赤松 経営者は将棋が好きでなければいけないみたいな持論があるのですが、私は苦手なんです(笑)。盤面だけを眺めて詰め方を考えるのは得意じゃなくて、徹底的に自分で駒を動かしてみないと納得がいかない。試行錯誤型ですね。
コミュニケーション部分特化で巨大企業とも戦える
―― ライブ配信の領域では巨大資本のグローバル企業と勝負することになっていますが、その辺りの勝算をどこに見いだしていますか。
赤松 100万人、1千万人が同時に接続しても耐えられるようなインフラを構築するのは大きな資金が必要ですから、そういった部分ではグーグル、アマゾンなど海外事業者に対して短期的には到底太刀打ちできないという状況です。
その一方で、ツイキャスがこだわっているのは、いかに快適にコミュニケーションできるのかという部分です。例えば、配信者や著作権を保護する仕組みを整備して安心して使える空間にすることや、遅延を少なくしてスマホからでも使いやすい空間にすることなどによって、ユーザーに十分満足いただけていると考えています。
こうしてコミュニケーション部分に注力するというのは、収益面でも良い影響を及ぼします。モイの収益の軸はツイキャス内の「ポイント」販売です。ユーザーはポイントを購入し応援しているクリエーターの配信中に使うことで、リアクションができたり、応援している配信者に「もっと配信してほしい」と配信時間を延長してもらうことができます。コミュニケーションと満足度が密接に関わるほど、そこに経済活動の可能性が広がる、と考えています。
コンシューマー向けサービスのLINEを例に見れば、会話で使用できるスタンプが数百円で売られているかと思います。当初は、そんなにスタンプを買うのかな、と思う方もいたかもしれませんが、コミュニケーションから生まれる満足度に価値を認める人が増えるほど、そこでお金を使うようになる、というのが実態かと思います。
―― クリエーターなど個人を対象とする経済圏は今後も拡大するかもしれませんが、ビジネスとして大きく稼げる領域なのでしょうか。
赤松 ユーザーには法人の方もいらっしゃいますが、そもそも個人だと儲からないみたいなことはあまり感じていません。携帯会社をイメージしていただくと分かりやすいと思いますが、携帯の基本料金があって、その上にゲームやキャッシュレス決済などいろんなコンテンツが広がって経済活動を行う土台が出来上がっています。
ですから、私たちが目指しているのは、まず土台となるサービスを磨いてユーザーを広げ、その基盤の上でユーザーの皆さんにさまざまな経済活動を展開していただくことです。
―― 業績を見れば、22年1月の決算は売上高が65億5200万円、営業利益は2億200万円です。ここから事業をどう伸ばしていきますか。
赤松 やはりインターネットサービスは世界中の人たちに使ってもらってなんぼだと思っていますので、中長期的には、世界中で利用者を増やすことが基本であると考えています。
個人の才能をより一層発揮でき、それによって収益を得られる世界を実現する、という観点では、ライブ配信はあくまでひとつの手段だと思っています。例えばアイドルで言えば、配信以外にも握手会をやったりグッズを売ったりさまざまな経済活動により収益を得ていると思います。ですので、ライブ配信を使ったコミュニケーションを軸に、モイでカバーできる経済活動の土台を増やし、クリエーターが活動することで発生する経済活動の規模を拡大させていく存在になりたい、と考えています。 モイのさまざまなサービスを活用することで、個人でここまで成長できました、というクリエーターがたくさん出てくる世界を目指していきたいですね。