どうしたら強い会社に生まれ変われるのか。リクルート、ファーストリテイリング、ソフトバンクで組織戦略を実践してきた松岡保昌・モチベーションジャパン社長は「万能な仕組みや制度はない」と断言する。それでも強い組織ならではの共通項はあるはずだ。その問いに対する松岡氏の回答やいかに。(雑誌『経済界』2023年5月号巻頭特集「守る組織、勝つ組織」より)
モチベーションジャパン 松岡保昌社長のプロフィール
会社と社員の関係は「上下」から「対等」へ
―― 松岡さんはリクルート、ファーストリテイリング、そしてソフトバンクで組織戦略に携わってきました。それぞれ企業体質、企業文化も違いますが、成長し続けているという点では共通しています。
松岡 成長企業に共通するのは、変化適応力があること、そして強み創出力があることです。強みの創出には2種類あって、強いものをさらに強くする力と、次の強みを創り出す力です。今の時代は変化が激しく、一つの強みがずっと通用し続けることはありません。ですから常に次の強みを創り出せる組織になっていなければなりません。そのためには強みを見つけるためにやるべきことをやり抜く強さが必要です。
そしてこれを実現するには、社員が会社を愛する、つまりモチベーションが高く主体性を発揮してくれるかどうかが重要です。
―― よく経営資源はヒト・モノ・カネと言いますが、やはりヒトが一番大切なんですね。
松岡 企業が1億円を使うと決めたら、その1億円は確実に特定の目的のために使われます。それに対して人間は感情もあれば意志もある。モチベーション高く主体的に動く100人と、言われたことだけをやろうという受け身の100人とでは、同じ100人でも天と地ほどの違いがあります。
主体的な社員が100人いるという状態は、自然に起きることはありません。偶然に一瞬だけ起きることがあっても永続しない。例えば創業型企業なら、仲間で会社を立ち上げた創業初期にはモチベーションも高いかもしれませんが、それを維持しようとしたら、人事の仕組みや制度をきちんと機能させる必要があります。
―― 昔から従業員満足度を高めることが、企業を成長させるためには重要だと言われてきました。
松岡 以前はよく従業員満足度という言葉を使いましたが、最近ではエンゲージメントサーベイという言葉をよく使います。両者の間には時代背景も含め大きな違いがあります。
従業員満足度を大事にしていた時代は、経営者にとって社員はよく言えば家族、悪く言えば所有物で言うことを聞く存在、というような意識がありました。つまり経営者が上、社員は下で、社員の不満を経営者が聞いて、改善を図っていた。一方、エンゲージメントサーベイは、まさにエンゲージメントですから、経営者と社員はお互いリスペクトしあう相思相愛状態を目指します。つまり人と企業の関係が対等です。
これには日本型雇用制度の崩壊も関係しています。少し前から日本でもジョブ型雇用への転換の必要性が言われていましたが、コロナ前までは日本に根付くにはまだ時間がかかると思われていました。それがコロナによって一気に進みました。
1990年代前半までは、終身雇用が常識でした。しかしバブル崩壊によって大手証券会社や都市銀行など、それまでは何があっても倒産しないと考えられていた会社が倒産してしまった。倒産しないまでもリストラクチャリングの名の下、人員削減を行ったことで会社が一生守ってくれるというのは幻想にすぎないことがはっきりした。その後、リーマンショックがあり、さらに今回のコロナで、社員を解雇、あるいは解雇しなくても他社への出向などの例が相次ぎました。
こうしたことを経験したことにより、自分のキャリアや自分の人生は自分で守らなければならないという意識がすごく強くなりました。その結果、ホワイト企業なのに若手社員が辞めるケースも出ています。ここにいたのでは成長できないと考えるためです。
自分の価値観を最重視。合わなければ人材流出
―― 少し前まではブラック企業は社員の定着率が悪いため、ホワイト企業になることによってそれを食い止めようとしていました。
松岡 人材の流動性はここに来て非常に高まっています。20代というのはいろんな仕事との偶然の出会いも含めて、自分の可能性を探る時期です。だから今の会社にいて可能性が広がらない、成長できないと思ったらすぐに転職してしまいます。
その後、キャリアを積む中で自分が大切にする価値観が見えてくる。自分がやりがいを感じることは何か、社会、世の中をよくするために貢献できるか、そんな価値観が芽生えてくる。給料が高い、インセンティブをもらえる、というのは外発的モチベーションですが、こうした価値観に基づくものは内発的モチベーションです。この内発的モチベーションの比重が高くなってくるのが30代以降です。
ですから昔のサラリーマンは社命とあればどこへでも行き、どんな仕事もやりました。ところが最近では東京の人に大阪支店長の転勤を命じたら、しばらくして辞表を持って返事をした、などということが起こっています。地域社会も含め、自分が大事にするものに価値を置くようになったのです。
―― 人事異動を考える際には、そうした個人の価値観を分かったうえでやらなくてはいけない時代になったわけですね。経営者や人事担当者にとって難しい時代になりました。
松岡 その代わりこのような自分の価値観を基準に働く人は、仕事の内容が価値観に合致すれば、受け身の人に比べてものすごくパフォーマンスを発揮します。優秀な人ほどそういう考え方をしています。会社にとっては最も抜けてほしくない人たちです。ですから組織として、こういう社員を大切にすることを考えなければいけません。
―― ではどうすればそのような組織をつくることができるのでしょう。
松岡 私がいつも言っていることはそんなに難しいことではありません。次の3つを考えてください、ということです。
それは①自社が大事にする価値観は何ですか②自社の強みは何ですか③自社の社員の特徴は何ですか――の3点です。
組織をつくる時によその会社を参考にする経営者は多くいます。でも、会社によってこの3つは違います。それなのに組織をまねても意味がありません。この3つを徹底的に頭に入れて人事・組織の施策をつくることが重要です。
そのためには会社が目指すべき「企業理念」が明示され、その会社の強みとなる「コア・コンピタンス」が発揮され、それを強化するための「仕組み・制度・施策」が導入され、機能していなければなりません。この3つが相互に連関し、三位一体となることで、強い組織、強い会社が誕生します。
多くの経営者が、人事は人事として独立して考えがちで、企業理念やビジネスモデルと紐づいていると思っていません。そうではなく、三位一体を意識しなければなりません。そして自分の価値観をしっかり持つ社員を大切にするには、企業理念が重要になってきます。
自分たちの会社は何のために存在しているのか。会社は何を目指しているのか。そこに共感できなければ本気で働く気にはなりません。ですからここにいかに共鳴してもらうか、企業は努力するべきです。
「社内」と「社外」。2つの規範の確立
―― その理念に共感することで社員のモチベーションが高まっていくということですね。
松岡 それには2つの視点が必要です。一つ目は「会社が世の中に提供している価値に共感できるかどうか」。そして「会社の社風や求められる働き方に共感できるかどうか」。前者は世の中への会社の価値提供の在り方についての考え方で、これを「社外規範」と名づけました。後者は社内で大事にしている行動や考え方で「社内規範」です。この両者の共感することでモチベーションは高まります。
前者は意外と簡単です。長年、存続している会社には間違いなく価値があります。ビジネスをし、お金をもらい続けることで誰かを幸せにしているわけですから。ただし、この社外規範は時代の変化、環境の変化によって変わらざるを得なくなる場合があります。
例えば最近、トヨタ自動車で社長交代が発表されました。その理由を豊田章男社長は「私はちょっと古い人間」と言っています。トヨタは世界一の自動車メーカーですが、今、モビリティカンパニーへと変身しつつあります。これはトヨタの社外規範が変わってきたということです。そこでそれにふさわしい新社長にバトンを渡すということです。それに社員が共感すれば、さらに力を発揮するはずです。
一方の社内規範は、社風であったり企業文化です。例えばサントリーの「やってみなはれ」は社内規範です。私の在籍したリクルートには「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という有名な社訓がありました。これも社内規範です。それによって企業の性格も大きく変わります。これを明確にすることで、社員は自らの価値観と社内規範をすり合わせることが可能になります。
この社外規範と社内規範に共感共鳴するかどうかで、社員のモチベーションは大きく変わります。
―― 日常の業務にどう落とし込んでいけばいいのでしょうか。
松岡 例えば営業系の会社では社員表彰をやるところも多いです。それによって社員は達成感を得ることができるし、会社に大切にされていることを実感できます。その時に、内緒でお客さんのところに行って、その社員がどんな貢献をしてくれたか、顧客目線で話してもらい映像に収める。そして表彰式でその映像を流すわけです。それによってお客さんがどんなに喜んでいるかを社員が知り、社会に貢献していることを体感することができるわけです。そのような工夫も、社外規範と社内規範を大切にしているから生まれてくるわけです。
―― 最近のベンチャー企業の多くが、パーパスやミッション、ビジョン、経営理念を大切にしています。
松岡 人材の流動性が高くなり、個人が意思を持ち始め、さっき言ったキャリア自律を始めたことには若い経営者ほど敏感です。みんなでミッション、ビジョンを作ろうというのは社会規範や社内規範を共有するプロセスです。その点、古い企業、年配の経営者であればあるほど、日本的雇用慣行が身に沁みついていることもあり、そういう意識が低いのかもしれません。でも繰り返しになりますが、今や会社と社員は対等です。それなら、社員のモチベーションを最大に高めることが、経営者には求められています。