洗剤・ハミガキ・ハンドソープなどのトイレタリー用品を手掛ける大手日用品メーカーのライオン。今年3月、1980年のライオン歯磨とライオン油脂の合併後では歴代最年少となる竹森征之氏が社長に就任。4月には蔵前に新本社を構え、東京エリアにあった4つのオフィスを集結し新たなスタートを切った。業界のリーディングカンパニーとして竹森氏に今後の戦略を聞いた。聞き手=萩原梨湖 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2023年11月号より)
竹森征之 ライオン社長のプロフィール
最年少社長を託され「強力な推進者」へ
―― 2018年から4年間社長を務めた掬川正純氏は会長となり、竹森さんが社長に就任しました。なぜ自分が選ばれたと思いますか。
竹森 掬川は社長だった4年間でさまざまな先行投資をしてきたので、私の役割はそれらをすべてフル稼働させることだと捉えています。具体的には基幹システムのアップデート、人事制度の改正、新工場の設立、海外への事業展開などの先行投資において「強力な推進者」となることだと意識しています。
ただその判断に至った理由は、単に私が物事を推進するのが得意だと見込んでのことというわけではないと思っています。私から見れば掬川は、先行投資もそれを推進することも両方できる。私に関しては、用意された土俵で戦うだけではなく、自らが先駆者になる必要もあります。社長として投資も推進も積極的に行う役割を担うと同時に「ライオンを若返らせたい」という掬川の想いもあったのではないでしょうか。
―― 竹森さんは現在53歳です。会社を若返らせたいとはいえ、歴代の社長と比べると就任時期が3〜4年早いように感じます。
竹森 そうですね。正式に社長就任を言い渡された昨年夏の時点では、まだ執行役員の一人でした。確かに入社時から経営に携わってみたいという思いはあり、実際に社長就任を見据えたキャリア設計をしていましたが、就任時期が早いことに対しての驚きはありました。世間的に見ると社長になるには若く、経験値も高くないという思いもあったため、事業本部長や執行役員になった時の比ではないほどプレッシャーを感じています。さらに今のボードメンバーは私の先輩にあたる人が多く、社歴も私より長い。
ただ、私はそれをネガティブに捉えてはいません。むしろ、「助けてやるよ、竹森」という気持ちを感じます。取締役や執行役員はそれぞれの分野のスペシャリストなので、私の思考、判断、行動が及ばない部分があると積極的にアクティブに動いてくれます。その上で、全員対等な立場で議論をしているので、社内外の取締役や監査役も含め良い経営の体制ができていると実感しています。
―― その上でどのような課題があると感じていますか。
竹森 まず社長業務における課題ですが、今までのキャリアで関与してこなかった領域を早急に吸収し、より高い視座や視点で物事を見ること。例えば、タイや中国などアジアを中心とした海外事業や、BtoBで業務用洗剤などを取り扱うライオンハイジーン、犬や猫の日用品を取り扱うライオンペットなどがその対象です。
次に就任前から抱いていたグループ全体の課題感としては、経営陣と現場の距離を縮める必要があります。私は着任した3月から半年間かけてグループ会社全部署を訪問し意見交換を行っています。
これは経営における持論ですが、経営層が現場での課題や意見を知らずに、机の上だけで戦略を組み立てることが一番危ない。地に足の着いた力強い経営をするには現場の課題や意見を吸い上げ、解釈をし、取捨選択をするプロセスは必須です。
―― この2つを乗り越えた先にはどのようなビジョンがありますか。
竹森 ビジネスで勝つために企業文化を「先に仕掛ける会社」に変えていきます。一般論としてビジネスの本質の一つに先行者利益があって、世の中にない商品やサービスを開発し新たな市場を作り出すことでさまざまな果実を独占することを意味します。新たな市場を生み出した会社があらかたのルールを作り、2番手、3番手は1番手が作ったルールの中で泳ぐ構図になります。そこからトップになるには相当な時間とスタミナが必要になります。私たちは競合相手から「何を企んでいるか分からないし、次から次へと仕掛けてくる」と思われたい。まるでサバンナにいるどう猛なライオンのようじゃないですか。
その一方で、テレビCMなどでなじみのある、緑のたてがみのライオンちゃんが象徴するような親しみやすさも大切にしたい。私たちの事業の本質は日用品やサービスの提供を通して生活者へ新しい習慣を提案することなので、人々の生活に入っていくためには重要な要素です。
このような2つの顔を持つ会社にしたいというビジョンのもと、私は「Be LION(ライオンたれ)」という言葉を掲げました。これは社員に強制するものではなく、私自身への宿題として課しています。私が社長を務めている間に、生活者にとっては親しみやすく、競合相手には猛獣である、このような2つの顔を持つライオンになれるのか、期待を持って見守っていただけるとうれしいです。
ポジティブな習慣を提案し衣料用洗剤のトップに立つ
―― 23年9月20日から全国で衣料用洗剤の新商品「NANOX one(ナノックス ワン)」が販売を開始しました。既に話題になっていますが、どのような狙いがありますか。
竹森 衣料用洗剤市場を揺るがす、全く新しい洗剤を発売します。当社はかねてより、暮らしの中のやらなければならないが気の進まないコトをポジティブな習慣に変え「より良い習慣づくり」を軸に製品を作ってきました。今回の新商品では次の3つのポイントを特に重視しています。1つ目は製品の効果を表す〝Effective(エフェクティブ)〟。新製品の衣料用洗剤は汚れもにおいも落ちやすく、しかも衣類の色変化によるダメージを与えません。従来の洗剤では両立できなかった洗浄力と色変化防止の2つを高レベルで実現することができます。2つ目は使用時に気分を高揚させるという意味で〝Emotional(エモーショナル)〟。クリアな容器にカラフルな液体を充填し、毎日の洗濯が少しでも楽しくなるような工夫を施しました。そして最後は社会や地球環境への配慮を表す〝Ethical(エシカル)〟。洋服へのダメージを低減することで衣類の廃棄を減らします。
この商品には、これまでの衣料用洗剤における歴史を覆したいという想いも込められています。当社はこれまで、衣料用洗剤のマーケットで大きな製品アクションの転換期において、先に仕掛けられてとても苦戦しました。「粉洗剤のコンパクト化」、そして「液体洗剤の濃縮化」、そのいずれも先を越されています。
私は新卒でライオンに入社し今に至りますが、入社動機は「業界の1番手ではない会社が上り詰めて一番に立つ、その景色を見たい」というものでした。大学でマーケティングについて勉強していて関心があったり、消費財に興味を持っていたことも動機の一つではありますが、学生時代にラグビーをしていた経験から弱いチームが強いチームに勝つという充実感を味わっていたので、企業でもそれを体験したいという想いがありました。
―― その想いは今も変わらないんですね。
竹森 全く変わりません。ただ、一つ変わったことがあるとすれば、自分のことよりも、社員が自ら打席に入って勝負をしている姿をみることをうれしく感じるようになったことです。その時本当の意味で社長になりたい、と強く思いました。
―― どんな出来事がターニングポイントとなったのでしょうか。
竹森 経営企画部に在籍していた時にブランドマネジャー制度をつくり、その後、自らもこの職に就き、「ルック」という住居用洗剤の担当となりました。〝掃除をしなくてもいい〟という新しい掃除の習慣を打ち立て、「ルック おふろの防カビくん煙剤」を開発、上市しました。その後も、後輩がバスタブをこすらず洗える「ルックプラス バスタブクレンジング」を開発し発売。どの商品も掃除の常識を変える新たな習慣の提案でヒットにつなげました。
このような商品がヒットした時に関わっていた社員の生き生きとした表情は忘れられません。それまでの「ルック」は販売も苦戦し、競争環境も他社の一人勝ちで、存在感がなかった状態。「何をやっても無駄でしょ」という負け犬マインドがはびこっていました。それが一転して「積極的に売っていこう」とアクセルがかかった。あの瞬間の喜びは、私の価値観を変えました。当社では現在、グループ全体で7千人の社員を抱えていて、私は彼ら全員が主役になってフルスイングできる環境をつくりたい。社長になったプレッシャーは大きいですが、負けている場合ではありません。このプレッシャーを良い意味での肥やしにして、グループ一丸となって先に仕掛けていきたいと思います。