次期社長が指名されるということは現任社長が退任することでもある。しかし、自らの出処進退は後任人事以上に難しい。回転寿司スシローなどを傘下に持つFOOD & LIFE COMPANIESで社長を務める水留浩一氏は、取締役の役割はトップを辞めさせることだと明言する。聞き手=和田一樹 Photo=小野さやか(雑誌『経済界』巻頭特集「社長の選び方特集」2024年1月号より)
水留浩一 FOOD & LIFE COMPANIESのプロフィール
みずとめ・こういち 1968年1月、神奈川県出身。東京大学理学部を卒業後、電通(現電通グループ)に入社。退社後、外資コンサルティング会社を経て、2009年10月に企業再生支援機構(現地域経済活性化支援機構)の常務に就任。日本航空の更生計画の策定・実行などに着手。その後、日本航空副社長などを歴任し、15年2月にあきんどスシローの社長に就任。翌3月にスシローグローバルホールティングス(現FOOD & LIFE COMPANIES)社長CEOに就任。
指名委員会形式が業績に資するとは限らない
―― FOOD & LIFE COMPANIES(F&LC)の社長人事は指名報酬委員会で議論するそうですが、水留さん以外のメンバーは社外の取締役です。社長人事において現任社長、あるいは社内取締役の意見はどの程度反映されるべきだと考えますか。
水留 一概にこうだとは言えないですが、指名に関わる社外取締役がどれだけ社内の事情を深く理解できているかによります。私自身も他社で社外取締役を務めていますが、正直言って自分がトップを務める会社ほどは社内事情を深く知り得る時間を取れません。何というか、リアルな世界とでも言えばいいのか、そういった本当のコアな部分まで入り込める社外取締役は、一般論としてほとんどいない。だから、社外取締役の判断が本当に正しいのか、正確な情報に基づいた判断になっているのかは、現実問題としてなかなか難しい部分がある。そこを補う形で社内の取締役の参加は重要です。
―― F&LCの取締役会は、社長であり議長である水留さんを除いて社外取締役で構成されています(2023年12月に社内取締役が1人追加予定)。社外取締役の人選でこだわったのはどんなところですか。
水留 23年10月時点で社外取締役は7人いますが、取締役をお願いする以前から存じ上げている方は一人もいません。そういう意味で、ストレートな意見をもらえる構成になっています。私の進退についても、「みなさんの仕事は私を辞めさせることです。そして、後任人事を考えることです」と、何度も伝えています。
―― 指名委員会形式による社長の人選は、業績に資するものなのでしょうか。
水留 あまりそうは思わない。一般論として、ほとんどの企業の指名委員会は業績に資する存在になってはいないと感じます。逆に、トップの専権事項として世代交代をする形でうまくいっている企業もいくらでもある。特に財閥系の企業などには、オーナー系ではないのに100年以上続いている会社がいくつもあります。それは社内の仕組みがうまく回っているわけですよね。そこに社外取締役が入っていって、その仕組みを壊しても絶対に良いことはないんです。
少し逆説的な言い方になってしまいますが、株主から見れば別にガバナンスが効いていなくたって業績が良ければいいんです。ガバナンスが効いていて業績が悪い会社と、ガバナンスが効いていなくて業績が良い会社のどっちがいいですかって言ったら、株主的には業績が良い方ですよね(笑)。
問題はガバナンスが効かないせいで、ポテンシャルを発揮できない企業があることです。そういった状況が悪なだけであって、ガバナンスが効いてみんな変な会社になって経済が衰退したって誰もうれしくないわけですよ。
だから、ガバナンスは手段ということを忘れてはならない。最近は目的感があってあまりよくないです。例えば、指名委員会や指名報酬委員会が役に立たない社長を選んだら誰が責任を取るんだという話です。その辺は社会全体で変な感じになっている気がします。
―― では、指名委員会等を設置するなどしてガバナンスを強化するメリットをどう考えますか。
水留 業績が伴わないのに君臨しているトップもいるので、そういうケースは何とかしないといけない。ダメな社長を辞めさせられることは重要です。本来は現状に不満をもった株主が、状況を変える手段として社外取締役という仕組みを作り、現在のトップに対して牽制する。それが起こるのが正しい形だと思います。
社長は何をする人なのか多用化する役割を整理すべき
―― 社長の辞め時は、いつ、誰が、どのように判断すべきでしょうか。
水留 もちろん業績が振るわないケースは途中で交代しないといけないとは思いますが、就任する時点で何年間くらいやるという任期のイメージを持つのは大事かもしれません。
例えば、商社だったらおおよそ6年サイクルです。その期間で自分は何をしていくのか考えるのは、悪くないなと感じます。ただ、欧米なんかも含めて、意外と社長の在任期間って長いですから。本当に徹底的な経営改革を実施する場合などは、8年とか10年くらいのスパンで区切りをつけていく感覚は必要だと感じます。
―― F&LCの指名報酬委員会で水留さんが辞めるべきだという意見が固まった場合、スパッと退くのでしょうか。
水留 もちろんです。どうしても1年間くらい並走する必要があればするかもしれないですが、会長や相談役として影響力を残し続けるのは、基本的には私にとっても企業にとっても時間の無駄だと思います。
ただ、世の中的な話として、昨今は社長という概念とCEOという概念があって、会長がCEOというパターンもある。こういうのは役割分担ですから、日常的な業務を担うのがCOO職で、グループ経営とか、全体的な役割を担うのがCEO職というのであれば、それは別に形としてはおかしくない。
他にも、社長がCEOで会長が取締役会議長という形もありますね。一口に社長と言っても、そのタイトルの人が何をするのかって、状況によっても変わっていくのが現代的な在り方なのかなと思います。ですから、それぞれ会社の中での役割は整理されていることが大事です。
―― 経営者として役割を全うした後、社外取締役のような形で他の企業に経験を還元していく流れが増えれば、社会全体としても良いサイクルになるのでしょうか。
水留 それもひとつだとは思いますが、誰もがそんなことをできるかというと難しい部分があります。こんなことを言うと怒られるかもしれないですが、60代後半、70代以上の方が持つ経営の経験は、直接的には今の世代の役に立たないかもしれない。社会環境が大きく変わっていますから、成功の方程式が全然違うんです。もちろん、人間的な部分とか別な形で助言はできると思いますけど、事業に対しては正直難しいだろうなと感じます。
と言って、私も経済同友会に10年ほど所属していますが、財界活動が何か社会に対して良い影響があるかというと限定的でしょうし。私も55歳になりましたから、経営者としての役割を終えた後、どのように社会と接点を持つかは考えなくてはならないですね。