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防衛費増額後の装備品調達は日本の国防力に直結するか 平井宏治 経済安全保障アナリスト

平井宏治

本稿では、M&Aや事業再生の助言支援や安全保障関連のメディア活動を行う平井宏治氏が、新安全保障戦略で新たに示された脅威と防衛費の用途を照らし合わせながら日本の国防力を考察する。また、防衛産業の再編を阻害する要因である、日本企業の防衛事業に対する考え方にも言及する。文=平井宏治(雑誌『経済界』巻頭特集「防衛産業の幕開け」2024年5月号より)

平井宏治 経済安全保障アナリスト、アシスト代表取締役のプロフィール

平井宏治
平井宏治 経済安全保障アナリスト、アシスト代表取締役
ひらい・こうじ 1982年電機メーカー入社。外資系投資銀行、M&A仲介会社、メガバンクグループの証券会社、会計コンサルティング会社で勤務後、2016年から経済安全保障に関するコンサル業務を行うアシスト社長。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。著書に『経済安全保障リスク 米中対立が突き付けたビジネスの課題』がある。

GDP比2%ありきの調達では最先端な装備品の確保は困難

 2022年12月、政府は国の安全保障政策に関する「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」、いわゆる防衛三文書を決定した。5年かけて、防衛費を国内総生産比で2%に増やす。

 防衛産業は、わが国の国防に直結している。経済安全保障推進法の5本の柱の一つが、「重要物資の安定的な供給の確保」である。戦争では、性能が優れた兵器を持つ国が勝つのだから、経済安全保障の観点からは、装備品は、全て日本の防衛産業で調達されることが理想である。では、今回の防衛費増額は日本の国防力に直結するのか。過去の傾向はどうか。防衛白書から、平成30年(2018年)度から令和4年(2022年)度まで、装備品全体に占める日本製装備品の割合を計算すると、装備品等購入費の51%が、米国防衛産業企業からの購入(輸入)である。

 では、新安全保障戦略での装備品調達はどうなるだろうか。最近の人工知能は、ビッグデータに基づく強大な技術的基礎、画像処理装置(GPU)の性能向上などで、アルゴリズム(大量なデータを高速に処理するために、プログラムへ組み込んだ一定の計算手順や処理方法)が、課題や障害を突破するようになり、戦争に利用され始めた。このため、23年の国産取得追及方針には、物理分野、情報分野、認知分野の三分野で、日本を守り抜くための機能・能力を獲得すると示され、具体的には、無人化・自律化技術、センシング、コンピューティング、ネットワーク技術などが明示されている。陸海空、宇宙、サイバーの各空間で行われる知能化戦争に対応するため、人工知能、先端半導体、量子計算、高速通信技術他が搭載された国産装備品が調達される。技術条件に達しない場合、海外から装備品を調達する。日本の防衛産業が、これらの先端技術を搭載した装備品をすぐに供給できるかといえば、無理な相談であろう。令和5年の防衛白書には、米国からの装備品調達契約額が、1兆4768億円とある。国産ではできないハイテク技術を搭載した装備品ばかりである。日本の防衛産業が、中国のハイテク兵器と互角以上の性能を発揮できる装備品を供給できない限り、米国に装備品の調達を依存するしか現実的選択肢がない。

 日本は、防衛予算を国内総生産の2%を上限とする考えを根本的に変える必要がある。つまり、国防のため必要な装備品は何であるのか、その装備品はいくつ必要なのか、必要な装備品を国内で開発、生産、配備、輸出するために、何を増やせばよいのかを見直した上で、防衛予算を積み上げる必要がある。その上で、国を挙げて、防衛産業の再編、装備品のサプライチェーンの整備を、官民一致団結して考え、実行することが必要である。このような手順で、日本を取り巻く国防リスクに対する適切な防衛予算を決める必要がある。

弾薬生産に20社以上。界再編成の必要性とその実情

 次に、日本の防衛業界再編も速やかに行う必要がある。欧米では、防衛産業の再編が済んでおり、米国では5社、英国では1社、仏国では5社に集約されている。米国では防衛産業の再編が進んだ結果、5社の防衛事業が売り上げに占める割合は、6~8割を占める。

 日本の防衛産業の実情はどうなっているか。防衛装備庁の担当者は、企業の防衛部門の責任者と接触し、情報を得る。筆者は、M&Aの助言や支援業務を行う仕事柄、企業の経営者や経営企画担当役員と打ち合わせ意見交換をするのが常だ。筆者が、防衛産業も営む企業の中枢と意見交換すると、「当社は防衛事業を強化したいので、売却案件があれば持ってきてほしい」は少数であり、多くは、「防衛事業は、お国のために仕方なくやっている」だ。防衛事業から撤退したいので、引き取り手を探してほしいという相談も受けている。自分の目と耳で確認している現実である。

 撤退したい理由の多くは、防衛産業が儲からないからだ。その理由は、企業の利益率をわずか15%以下に抑え込む「原価監査付き調達制度」にある。製造業では、粗利率は最低でも4割、普通5割は必要である。経営者は粗利率の高い事業に優秀な人材や資金を投入する。粗利率の低い防衛事業は、「お国のために仕方なくやっている」のが本音だ。国が、防衛産業から装備品をその付加価値に見合う価格で調達すれば、日本企業の防衛事業に対する考えも変わる。付加価値の高い装備品の粗利率が9割あれば、新規参入する企業も出る。

 業界再編も待ったなしだ。弾薬のサプライチェーンを例に挙げると、GHQにより細かく細分化され分業化されたままで現在に至っている。総組、信管、火薬など本来、一カ所で一貫した製造工程を組まなければならない弾薬が、20社以上にバラバラにされて生産されている。本稿執筆時、弾薬生産に必要な無色の油状の液体は、事故が原因で、日本で一滴も製造されていない。弾薬の調達に重大な支障が生じている一因は、業界再編に消極的な企業姿勢にある。

 筆者は何度か防衛産業の再編を防衛産業各社に提案しているが、進まないのが現実だ。どの業界にも限らず、経営企画部門に業界再編を提案する。提案を受けた経営企画部門は経営会議に再編提案をかける。そこで担当部署の責任者が「社長、わが部門は赤字ではありません。身売りしないでください」と経営者に訴え、話が進まないことがよく起きる。防衛産業の再編に共感し、再編を提言する管理職へ経営陣や防衛部門長から「お前は静かにしていろ」と圧力がかかることもある。定年まで入社した会社にいたい。身売りされたと言われたくない。部門責任者の保身とエゴが、防衛産業再編を阻害する大きな要因のひとつだ。装備品が不足すれば、自衛隊員の生命に直結する問題になる。各社は、身内の論理を優先せずに、業界再編を行い、防衛専業の企業を誕生させる必要がある。なお、本稿の内容は筆者個人の見解である。