経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

アパレル本格参入のワークマン 人気の原点は作業着開発にあり

右から2つ目がバウンディパウダーフライを使った レインウェア

ワークマンは1982年に作業服の専門店として創業し、2018年にはアウトドアウェアやレインウェアなどを一般客向けに取りそろえた新業態「ワークマンプラス」を出店、20年には女性用のカジュアルな一般服を展開する「#ワークマン女子」で注目を集めた。同社が成長し続ける秘訣は独自開発の素材にあった。文=萩原梨湖(雑誌『経済界』2024年8月号巻頭特集「歴史が動いた! 企業の素材発掘記」より)

厳しい意見を取り入れ、常に新素材を開発し続ける

右から2つ目がバウンディパウダーフライを使った レインウェア
右から2つ目がバウンディパウダーフライを使った レインウェア

 ワークマンのヒット商品の1つにトリコテックという素材を使ったトリコテックフィールドジャケットやトリコテックパンツがある。2021年に販売を開始してから現在まで売れ続けている。作業着の品質と機能性にアウトドアデザインを加え、アウトドアシーンや日常で使えることで人気を集めている。このように作業着専用として扱っていたアイテムから、ワークマンプラスのコンセプトに合うものをピックアップして展開している。また、#ワークマン女子にはプロ向けのワークウェアはないものの、すべて作業服をベースに開発した製品を取り扱っているため、あったら便利な機能も盛りこまれている。そのうえで今までのワークマンとは異なる店舗デザインやブランディングで、作業服からアパレルへの移行を成功させることにより新規客の取り込みを実現した。

 売り方を変えることがヒットに直結したことは確かだが、多くの企業が悩まされたコロナ禍2年目に入っても、営業総収入が対前期比9・9%増と成長し続けたことからは、商品に対する信頼と期待が人気の根底にあることが読み取れる。

 販売戦略の一つに、SNSで商品の口コミや紹介をしてくれる熱烈なファンをアンバサダーとして起用し自社商品を発信していく「アンバサダーマーケティング」を採用している。かなり辛辣な意見をもらうこともあるそうで、新部門開発グループ部長の中野登仁氏は、「厳しい意見も発信してもらうという方針でやっていますが、時々目をそむけたくなるようなこともあります」と語る。

 このようにユーザーのリアルな声を生かした製品開発に最も力を入れる同社は、次々に新しい素材を開発している。冒頭のトリコテックの特長は、本来作業着の生地は織物であるところをニット状の編地にし、素材はポリウレタンを使わずポリエステルのみで作った点だ。従来は耐久性や伸縮性を強化するためポリウレタンを配合していたが、ポリウレタンには2年ほどで経年劣化してしまうというデメリットがあるため、トリコテックでは使用していない。

 「今回はポリエステルだけでストレッチ性を出すことにこだわっています。特殊なポリエステルの糸を使い、ポリウレタンに寄せた合成繊維を完成させました」(中野氏)

 同社で高い支持を得ている分野の一つであるレインウェアでは、24年からバウンディパウダーフライという新素材を使った商品を販売している。バウンディパウダーフライを使ったレインウェアは、普通の洋服のようにサラサラした手触りで、光にかざすと透けるほど薄い。開発には2年以上費やしたという。

 「通常のレインウェアは織物の素材を使いますが、こちらにも編地のトリコット素材を使っています。表地と裏地がトリコット素材で、中にフィルムを挟んだ三層構造になっています。この薄さで防水性を維持することが一番難しいポイントでした」(中野氏)

 ワークマンの耐久基準は一般アパレルよりも厳しく、バウンディパウダーフライは同社でも高耐久の1万mm/H2O、透湿度1万g/24hを備えている。

独自素材に新しい技術を融合し、全ての人の「働く」に寄り添う

腰の負担軽減機能が付いたクライミングパンツ 「Xブースターパンツ」
腰の負担軽減機能が付いたクライミングパンツ 「Xブースターパンツ」

 世の中になかった新しい素材の開発を得意とする同社だが、さらに付加価値の高い製品を作るため、専門外の領域にも挑戦している。 例えば、Xブースターパンツは腰部分に骨盤を矯正・補助するためのベルトが装着されている。この製品の素材はエアロストレッチを応用して開発された。エアロストレッチとは、ストレッチ性が高く肌触りのいい素材で、それを使ったクライミングパンツは同社の夏用ワークパンツで最も人気があり、年間100万本近く販売している。そこに腰への負担軽減機能をパンツそのものの機能として一体化させた製品がXブースターパンツだ。

 「ワークマンではいくつかサポーター商品を展開していますが、衣類と一体型になっているものはこれが初めてです。今までとは異なる知見が必要だったため、特許や技術をもっている大手サポーターメーカーと連携し、協力してもらうことで完成させることができました」 (中野氏)

 繊維の域を超え、ユーザーの快適さや利便性を追求した製品開発を行っている同社は、電化製品に使われる部品ペルチェ素子にも手を広げていった。ペルチェ素子とは、冷蔵庫などの冷却装置に使われる電気回路の構成要素で、電力を消費して熱を移動させる機能を持つ。これをベストにドッキングし、新しい空調ウェア「ペルチェベスト」を開発した。従来の空調ウェアは、ファンがついているもので作業業界では7~8年ほど前から流通していた。服の中を風が循環する仕組みになっているため快適で人気だが、バルーン状に膨れ上がってしまう点や、ファンの音が気になる点、気温が30℃を超えると熱い風が循環し涼しくなりにくい点などデメリットもあった。

ワークマン_前面

後3カ所に冷却機能が付いた 「ペルチェベスト」
ワークマン

 その弱点を克服するべく、風を送り込むことから発想を変えて体を冷やすことに着眼点を置いたのがこの製品だ。ペルチェ素子が内蔵されたファン付きのアルミ版がベスト前面の腹部あたりに2つ、背面の首の辺りに1つの計3つ取り付けられており、表面温度は2℃まで冷却される。冷却のみの製品と、冷却温熱の製品があり、温熱の機能では49℃まで温度を上げることができる。

 「当社は長年衣服を作ってきたのでその経験値やノウハウはありますが、ペルチェ素子は電化製品でゼロからのスタートだったのでとても大変でした。開発初期の頃は、自分でペルチェ素子にアルミホイルを巻いて本当に冷たくなるのか実験をするところから始めましたが、あまりにもゴールが見えず諦めかけたこともありました。肌に触れる電化製品となると安全面で考慮しなければならない項目も一気に増えるため、全て自分たちで開発するのはやめ一流の電機メーカーと一緒に作っていく決断をしました」(中野氏)

 服というジャンルの概念を変えるXブースターパンツやペルチェベストは、23年に立ち上げた快適ワーク研究所が主体となって開発された。この研究所は、労働寿命の延伸をテーマに掲げており、労働人口が減少しても労働力は保てるよう、長く健康に働ける環境づくりを担う。今後は、子育てや家事など幅広い意味での「働く」にフィーチャーした製品の開発をリードしていく。