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世界に誇る日本のアニメが抱える憂鬱 消費され疲弊する状況からの脱却へ 石川和子 日本アニメーション

石川和子 日本動画協会

日本が世界に誇る文化、産業であるアニメ。デジタル化の急速な進展とともにグローバル化が一気に進み市場規模は、2022年に2.9兆円を超えた。一方、需要過多により疲弊する労働環境の改善や制作会社間の格差の解消など、課題も多い。そんな業界の発展を下支えする日本動画協会のトップに聞いた。聞き手=武井保之 Photo=逢坂 聡(雑誌『経済界』2024年10月号より)

石川和子 日本動画協会理事長、日本アニメーション社長のプロフィール

石川和子 日本動画協会
石川和子 日本動画協会理事長、日本アニメーション社長
いしかわ・かずこ 1973年三菱商事入社。84年父・本橋浩一氏が創業した日本アニメーション入社。『うっかりペネロペ』シリーズなどの作品プロデュースのほか、アニメ作品のアジア、世界進出に尽力する。2000年より取締役、10年社長に就任。16年に日本動画協会理事長に就任。アニメツーリズム協会理事長。

2代目社長のヒット作は『うっかりペネロペ』

―― 日本動画協会が担う役割を教えてください。

石川 アニメ制作会社を中心にしたアニメ業界全体の発展を下支えする団体であり、アニメビジネスをどんどん拡大し、文化、産業の成長につなげるためのさまざまな活動を行っています。行政や自治体など公的機関からの受託事業も多くありますが、人材育成やアニメーション業界について知っていただくための活動にもいろいろと関わっています。

―― 石川理事長はアニメ制作会社日本アニメーションの社長でもあります。これまでのアニメとの関わりについて教えてください。

石川 父が設立した会社であり、『世界名作劇場』や『ちびまる子ちゃん』など多くの名作を制作してきて、来年創業50周年になります。父はアニメプロデューサーでしたが、創業当時は、アニメ会社を作ったと話すとアニメーターだと思われていたそうです。一般的にアニメ作品は完成してそれで終わりだと考えられていました。でも実際は、そこからアニメビジネスが始まります。アニメ作品の中には、制作から50年たっても世界中に販売・ライセンスしているものもあります。父はそんなビジネスを仕掛けるプロデューサーでした。私はそんな父の傍らにいながら学んできました。

―― 石川さんはマネジメントだけでなく、ご自身でも作品プロデュースを手がけられてきたそうですね。

石川 やはり自分が目指すアニメのプロデュースをしたいという気持ちがあり、それがプリスクール(未就学児の学校)のためのアニメでした。当時、絵本がブームになっていて、それをアニメ化するプロジェクトを組み、そこから生まれたのが『うっかりペネロペ』です。配信も含めてライセンスはほぼ日本アニメーションでコントロールしており、おかげさまで人気タイトルになりました。

アニメ界の構造的課題を業界全体で解決へ

日本動画協会
日本動画協会

―― 協会理事長への就任にはどのような思いがありましたか。

石川 アニメ業界に身を置いている中、これからの発展のためには制作会社、つまりアニメプロダクションを強化していかなければ未来がないことを、制作現場を知っているからこそ痛感していました。世の中的にはアニメ人気ばかりが取り沙汰されますが、業界の内側の課題はたくさんあります。それを今こそ業界全体で解決していこうという気持ちです。協会理事長というのは、父が就いていなかった職務でもあるので、それも就任理由のひとつではあります。

―― 内側の課題とは何ですか。

石川 たくさんありすぎるんですけど(笑)、当時から今も続く構造的な課題のひとつは、常態化している人材不足です。アニメを制作するには、プロダクションが元気でないといけない。その制作環境を整えることが、いい作品を作るいちばんの原動力になります。しかし、その環境がなかなか整わずにいる。ほとんど改善できていない、ずっと続いている課題です。それを変えるためにどういう手段とタイミングで実行すれば効果的に成果を得られるか。それがなかなか見いだせずにいます。

―― その間にもアニメへの需要は高まっていきそうです。

石川 日本が世界に誇る2大文化は「食」と「アニメ」とも言われ、インバウンド施策にアニメを使えば外国から人がもっと来るという方もいます。それはありがたいことですが、一方、コンテンツを生み出すための現場力が足りていない。制作現場の環境がどうなっているのかという部分を、われわれは訴えかけていかないといけない。ここ数年で配信系メディアが一気に増え、作品への需要が高まると、どうしても目の前の作品の制作だけで手一杯になり、クオリティを維持することさえ難しくなりつつあります。次の世代に残していこうという制作者の思いがしっかり入った作品を作っていけるかを危惧しているところです。

―― プロダクションも、製作出資に参加する大手から下請けまで業態はさまざまだと思いますが、ヒット作のリターンが末端のプロダクションまで十分には還元されていないのが現状です。

石川 だから、プロダクションの地位向上をしていかないといけない。かつてその地位が健在だった頃も、制作者の権利という部分には踏み込まず、耐えていた歴史が今に続いてしまっていることが背景にあります。

―― そこを変えるのは簡単ではないと思いますが、協会はどう動いてきましたか。

石川 難しいところではありますが、ひとつは行政に対して実際の現場の声を反映したロビー活動を行っていかないといけないと思っています。

 ただ、働き方改革があり、制作現場の環境はかつてのブラックと呼ばれた時代とはだいぶ変わっています。今は法令を順守しながらも素晴らしい作品を作れています。でも、もう少しゆとりのある時間を取らせてあげたいとは感じます。お茶をしながら、世間話や無駄話をして、そこから新しいものが見えてくるとか、作りたい作品が生まれることがあるはず。どこのプロダクションでも抱えている課題だと思います。

映画興収上位を独占。カギはリピート鑑賞に

石川和子 日本動画協会 TAAF授賞式
日本動画協会 TAAF授賞式

―― アニメ産業の市場規模は、コロナ禍を除いて2010年代から右肩上がりで成長しています。

石川 配信によって、自宅にいながらアニメを見る機会が増えたことと、海外需要がかなり伸びていることが追い風になっています。海外売り上げは10年前の約6倍です。配信系メディアによって、今は新作テレビアニメをほぼ同タイミングで海外でも見てもらえます。環境が整ったことで、事業者をはじめ制作会社も含めたアニメ業界全体が、積極的に世界に目を向けているように思います。

―― 国内の映画興行を見ると、毎年の年間興収ランキング上位はアニメが独占しています。今年も人気作の多くが最高興収を更新するなど、アニメファンの裾野が拡大し続けていることがうかがえます。

石川 興行市場をアニメファンが支えているのはうれしいことですし、そういう方々の裾野がどんどん広がっているのは感じています。いまアニメーションの映像技術はすごい速さで日々進歩していて、その効果を存分に発揮できるのが映画館での上映です。音響設備にも優れ、ファンが一緒に見る特別な場所だからこそまた違った世界観になり、それをみなさんが楽しんでくださっている面があるのではないでしょうか。

 また、アニメには、2回目の鑑賞は前回とは違うというリピートの楽しみ方があります。繰り返し見ることにイベント性があり、観客それぞれの愛し方や欲し方がある。アニメはそこに強い表現があると思います。

―― アニメには、実写にはないような人の心を動かす何かがあるのでしょうか。

石川 日本アニメーションでは、子どもたちのための情操教育としてアニメを作ることを理念のひとつにしています。子どもたちの心を動かしたり、感動を経験させたりするのは、アニメだからできること。子どもたちは、アニメの物語の中に入っていけるんです。そこで喜んだり、悲しんだりというような感情を動かすことができるようになります。そうやって育った感受性豊かな子どもたちは、大人になっても共感したり、感情移入したりできるアニメを自然に好きになるのではないでしょうか。

―― 〝世界で強い日本のアニメ〟はこれからも続いていきますか。

石川 心に残る、心に響く、感動を与える演出力は、日本は世界中どこよりも勝っています。かつて下請けとして依頼していた中国や韓国が技術を覚えてきていますが、ビジュアルは近くなってもストーリーの作り方や演出力では、まだ日本のレベルに達していない気がします。連綿と受け継がれてきた経験値が違います。それはAIでも同じです。映像を見たときに心を入り込ませてさまざまな情感を感じ取ることができたり、映像から何かを感知することができたりする感性は、特別視するものではないですが、日本人のユニークで優れたところだと思っています。

―― アニメ産業の10年後のために今すべきことをどう考えますか。

石川 やはり人材育成が急務です。アニメの仕事は絵が描けないとダメと思われているかもしれませんが、そんなことはありません。企画立案やプロデュースのほか、映像販売やグッズライセンスなど二次的なビジネスは多岐にわたります。アニメ業界にはいろいろな職種があって、夢のある仕事だということをもっともっと広く理解していただきたい。そして、アニメの仕事に就いていただいたら、一緒に業界を盛り上げていく。それがいちばん大事な部分だと思います。

 今われわれが日々の制作に追われっぱなしの日常の中で、アニメ業界に入ってきた若い人たちの育成にどれだけしっかり取り組めているかというと、決して十分ではない。その時間や資金的な面も含めて、拡充させていくのはなかなか簡単なことではありませんが、業界の未来のために現状を変えていかなければいけないと意識しています。