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悲願の「堂島コメ平均」上場はコメ価格高騰の強い助っ人

堂島取引所

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8月13日、大阪市の堂島取引所で、コメの市場価格から算出する指数先物「堂島コメ平均」が上場され、取引がスタートした。上場までは紆余曲折があったが、江戸時代に始まった堂島のコメ先物が世界初の先物商品だった歴史を鑑みれば、上場は関係者にとって「悲願」だった。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2024年11月号より)

8月13日の初値は現物より2000円高

 「先物取引の発祥の地である大阪から、世界に打って出られる商品に育てたい」「コメに関わる全ての人に参照してもらえる指標になる」

 堂島取引所の有我渉社長は、8月20日に行われた堂島コメ平均の上場セレモニーで、こう意気込みを語った。

 有我氏は農林中央金庫の出身。同金庫の投融資企画部長などを務めた後、2月に堂島取引所に入社した。執行役員を経て、社長に就任したのは6月。コメ指数先物の上場を見据えた人事で、農業と金融に詳しい人材の「適材適所」だったといえる。

 取引初日の8月13日は午前9時に取引が始まり、すべての商品で取引が成立した。中心限月である2025年2月物は、初値・終値ともに1俵(60キログラム)あたり1万7200円をつけた。

 参考になるのは農林水産省が毎月発表するコメの相対取引価格などをもとにした「現物コメ指数」。7月の現物コメ指数は1万5241円。堂島コメ平均の8月13日の取引価格はそれより2000円ほど高くなっており、「今後、コメの価格が足元よりも上昇する」という見方が反映されたといえるだろう。

 堂島コメ平均は、正式な名称を「米穀指数」という。日本全国の主食用コメの平均価格を指数化したものを取引対象としている。

 かつてのコメ先物は「新潟県産コシヒカリ」といった個別の銘柄が対象だったが、堂島コメ平均は、北海道から九州まで、100を超える銘柄の価格を平均化している。取引の裾野拡大が狙いだ。また、現物の受け渡しがないので、流動性が高く、個人投資家の呼び込みも期待できる。

 もう少し詳しく仕組みをみてみよう。堂島コメ平均を扱う証券会社SBI証券は、次のように説明している。

 まず、商品先物取引について、「原油や金、お米などの『商品』を『将来の定められた時点において、あらかじめ決められた価格で売買することを約束する』先物取引の一種」であると説明。その上で、堂島コメ平均の仕組みのポイントとして、次の3つを指摘する。

 1つ目は「取引の期限(限月)があり、将来の価格を予測して取引する」。限月とは、建玉(=たてぎょく、未決済のポジション)を決済しなければいけない期限のことだ。

 SBI証券は、「『堂島コメ平均』は、12カ月以内の偶数月(2月限、4月限、6月限、8月限、10月限、12月限)が限月として設定」されていると説明。「途中で反対売買せずに満期日まで建玉を保有していた場合には、満期日における最終決済数値で清算」されるとしている。

 2つ目のポイントは「『買い』だけでなく『売り』からでも取引を始めることができる」。SBI証券は、「お米の価格が上昇すると予想するときは『買い』から、下落すると予想するときは『売り』から取引することが可能」であるとする。

 そして「『買いまたは売りを約束した時点の価格』と『決済時点での価格』の売買によって発生した損益(差額)を受渡する差金決済取引なので、株取引のように現物の受渡はありません」としている。

 3つ目のポイントは「証拠金を預けて大きな取引ができるレバレッジ取引」であることだ。

 取引するには担保として預ける「証拠金」が必要となる。SBI証券は「『堂島コメ平均』の場合、証拠金の数十倍程度の額の取引を行うことができるため、効率の良い資産運用が可能」としている。なお、1取引単位(枚)は50俵分。SBI証券はより具体的な取引の例として次のようなものを挙げる。

コメの価格変動へのリスクヘッジ

 例えば、8月に「翌年2月限」の買い建玉を1万5000円で1枚買い付けた場合。もし翌年2月の満期まで保有し続け、最終決済数値の1万6000円で精算すれば、利益は次の通りになる。

 まず、決済価格(1万6000円)から買付価格(1万5000円)を差し引いた差額は1000円。そして、「1000円×取引単位(50俵)×枚数(1枚)=5万円」という計算を経て、5万円がその投資家の利益となる。翌年2月の満期が来る前に売ってしまっても、同様に計算する。

 もし売った時に1万6000円になっていれば、先ほどと同じ計算で5万円の利益となる。1万4000円まで値下がりしていれば、差額はマイナス1000円となっており、投資家は全体で5万円の損失をこうむることになる。

 逆に投資家が将来のコメ価格の下落を見越し、堂島コメ平均を売り建てておけば、実際に価格が下がった時の価格の差分が利益となる。

 こうした仕組みから期待されるのは、生産者サイドにとっても消費者サイドにとっても、コメ価格の変動による損失が大きく膨らむ事態を防ぎ、コメの安定供給につなげることができる点だ。

 コメの価格は需給のバランスによって変動する。価格が上がるのは、需要が供給を上回るときだ。例えば天候不順や作付面積の減少、外食需要の増加、出荷の遅れなどが原因となる。

 逆に、価格が下がるのは、供給が需要を上回るとき。例えば天候が良かったり作付面積が増えたり、外食需要が減ったりするケースが原因として考えられる。

 とくに猛暑や新型コロナのような感染症拡大といった要因に影響されてのコメの価格変動は予測しづらい。損失コストがどこまで膨らむか読み切れないことは、生産者側にも消費者側にも大きな経営リスクだ。

 近年、日本人のコメの消費量が減ってきたことを受け、コメの価格は恒常的に下落傾向にあった。

 しかし、足元では、猛暑によるコメの不作や、新型コロナ禍収束後のインバウンド(訪日客)急増による外食需要の急増によってコメの価格が値上がりし、生産者側からも消費者側も悲鳴が上がっている。だが今後、新米が本格的に流通するなどして状況が変われば、コメの価格は再び下落する可能性がある。

 今回上場された堂島コメ平均では、読み切れないコメ価格の変動による悪影響をできるだけ緩和できるというメリットがある。

 例えば生産者が今後、コメの価格が下落すると予想するなら、堂島コメ平均を売り建てておけば、損失を回避することができるかもしれない。

一方、消費者サイドも、例えば外食業者がコメ価格の値上がりを見越して堂島コメ平均を買い建て、利益を上げられれば、コメの仕入れコストを緩和し、安定した価格で外食メニューを提供できる。これは消費者にとりメリットになる。

 昨今のコメ価格上昇による関係者の混乱も、堂島コメ平均が普及していけば和らぐ可能性がある。課題は参加者をいかに増やすか。

コメ指数先物を国際的な指標に

 コメ指数先物の上場だが、ここまでの道のりは決して平坦でなかった。2011年、農林水産省の認可を受け、堂島取引所の前身、関西商品取引所にコメ先物が試験上場された。

 このときは、特定産地の銘柄を対象とし、現物の引き渡しを含んでいた。しかし、参加者や取引量が広がらず、本上場に至らなかった。コメの価格形成を主導してきたJAや、その立場を代弁する農水族の自民党国会議員らが、現物価格への悪影響を懸念して反対したことも背景にあったとされる。

 今回の上場は、そこからの仕切り直しで、今年2月、取引所がコメ指数先物の本上場を申請。自民党の了承も受け、6月に政府が認可した。個別の銘柄を対象とするわけではないため、価格形成に大きな悪影響はないと、JA側が見た可能性もある。

 大きいのは、大阪・堂島へコメ先物上場の象徴的な意味だ。

 最初に触れたように、江戸時代の1730年から始まった堂島のコメ先物取引は、英国などにも先んじ、世界で初めてだった。堂島での取引はその後、戦時下の1939年に管理統制で廃止するまで続いた。

 現代でも取り扱われている複雑で高度な金融商品を、約300年も前に日本が最初に発明したことは、世界に誇っていい事実だろう。堂島取引所は、コメ指数先物を国際的な指標にまで育て上げることを考えている。実現すれば、商都・大阪の復活のみならず、日本の金融センターとしての国際的地位を高めることができる。

 そのためには、取引参加者や個人投資家を幅広く引き込む取り組みを進めることだ。また、堂島取引所の地位強化という視点では、コメ以外に商品のバリエーションを増やしていくこともカギとなる。