嶋田泰夫氏は、1988年に早稲田大学を卒業し、阪急電鉄に入社した。最初は右も左も分からず、周りからは「若造」扱い。朝から晩まで周囲の人たちとひたすら対話を続け、いつしか認められる存在になった。「最初は何もできないのは当たり前、それをどう乗り越えるのかが大事」と語る嶋田氏の新入社員時代を聞いた。聞き手=佐藤元樹 Photo=藤岡修平(雑誌『経済界』2025年5月号「社長が語る入社1年目の教科書」特集より)
嶋田泰夫 阪急阪神ホールディングス社長グループCEOのプロフィール

しまだ・やすお 兵庫県明石市出身。1988年3月早稲田大学政治経済学部卒業、同年4月阪急電鉄入社。2022年4月阪急電鉄社長就任。同年6月阪急阪神ホールディングス副社長就任。23年3月より阪急阪神ホールディングス社長就任。24年12月グループCEO就任。
最初は誰だって若造扱い 一人前扱いされるためには
―― 入社当時の思い出を聞かせてください。
嶋田 入社式のことは今でも覚えていますね。当時は阪急百貨店が入居する本社4階の会議室で入社式が行われました。会場はそれまで経験したことのない重厚な雰囲気があり、圧迫感みたいなものを感じました。
電鉄会社は新卒社員をあまり多く採らないので、同期は私を含めて27人。一人一人が意気込みを込めてあいさつをするのですが、私は「今日からプロなので、プロとしての自覚を持って頑張ります」と言いました。同期のうち24人が今も会社に残っています。私の期は離職率が低かったこともあり、今でも切磋琢磨しながら強い絆で結ばれています。
―― 入社してからどんなことに苦労しましたか。
嶋田 周囲は年上の方ばかり。あるいは年下でも、高卒入社で社歴としては先輩の方もおられる職場でした。最初は右も左も分からないものですから、先輩たちから「若造扱い」でしたね。そんな中で「自分をどう認めてもらうか」を考え、努力しました。特に1年目は仕事ができないのは仕方がないので、とにかく周りに追いつくことを一生懸命にやっていきました。これらは苦労という言い方が正しいか分かりませんが。
私の最初の仕事は沿線情報誌の原稿作成でした。大学時代に遊びすぎたせいか文章力が落ちていて、書くことに苦労しました(笑)。そこで本を必死に読み、文章の書き方を学び直しました。また、情報誌のため取材も多く、さまざまなイベントに参加していたので休日も休めることはあまりなく、正月に出勤することも当たり前でした。けれども、その時に鍛えてくださった先輩たちのお陰で今の自分があると思っています。
話を聞くことで考えや価値観を学ぶ

―― 新入社員時代に学んだことで、今、経営者として大切にされている考え方はありますか。
嶋田 「とにかく人と話す」ことです。宝塚線の車掌見習で、運輸の現場にいましたが、その時に指導してくれた指導員から、車掌とはなんぞやという理念や信条のようなことを徹底的に教えていただきました。当社では、その指導員のことを「お師匠はん(おっしょはん)」と呼んでいますが、私は自分のお師匠はんのことは、今でも心から尊敬しています。お師匠はんとは朝5時から昼まで共に業務をして、その後はよく飲みに連れて行ってもらいました。いつも3軒くらいハシゴして、夜の8時までずっとお酒を飲みながら仕事やお師匠はんのご家族の話をしていました。週5日、朝から晩まで、いろいろな話をしたのは忘れられない楽しい思い出です。
車掌見習後は宣伝のセクションに配属になり、そこでも仕事が終わったら先輩と共に行きつけのバーでお酒を飲みながらさまざまな話をひたすらしていました。
お酒の席に限った話ではなく、日々の業務の中でも、先輩方や仕事で関わる人たちの思いや仕事への姿勢を聞き取ることは大切だと思います。「とことん話を聞くことで、その人の考えや価値観を学ぶ」。これは私が経営者となっても最も大切にしていることです。飲み過ぎはおすすめはしませんが(笑)。
―― それだけお酒の席にお付き合いしていると、身体がしんどいなと感じる時はありませんでしたか。
嶋田 もちろん、身体がしんどかった日はたくさんあります。阪急電鉄には、新入社員が入社から1年間共同生活をしながら研修を行う「正大塾」という施設があったのですが、朝目が覚め正大塾の白い天井を見て、「あー、またやってしまった」なんてことが何度あったことか(笑)。 思えば、この正大塾での生活も大きな経験でした。塾では自主性が求められ、先輩が後輩を指導する仕組みになっています。例えば、2年目の社員が「塾長補佐」、3年目が「塾長」となります。これは、ある意味で、初めて上司と部下の関係を体験する貴重な機会でしたね。今も場所を変えてこの制度は存続していますが、正大塾は同期との強い絆が生まれる環境も整っています。同じ釜の飯を食べながら生活を共にすることで、仕事だけでなくプライベートな相談もしやすい関係が築けました。今でも同期とは気軽に連絡を取ることができ、困ったときに頼れる存在になっています。
これは余談ですが、当時の正大塾の食事はカレーがとにかくおいしくて、みんなおかわりしていましたね。時には炊き置きのご飯や最後はルーまで食べ尽くしてしまい、遅く帰ってきた同期がカレーを楽しみにしていたのに、何も食べられなかったなんてこともありました(笑)。今は料理人の方も変わっているはずなので味は変わっているでしょうが、あのカレーをもう一度食べられるのなら、食べてみたいです。
―― 新入社員時代の自分を思い返しながら、今年の新入社員にアドバイスを送るとしたらどんな言葉をかけますか。
嶋田 私は良くも悪くも勢いのあるタイプで、もし今の私が当時の自分に会っても、「こいつ、なんちゅう奴だ」と思っていたでしょうね(笑)。だから、かつての自分には「もうちょっと謙虚になれよ」と伝えたいです。
昔の私は怖いもの知らずで、とにかくなんでも積極的にやりました。もちろん失敗もめちゃくちゃしましたが、本当に生意気な奴だったと思うんです。
一方で、今の新入社員はとても真面目な方が多い印象です。だからこそ、どんどんチャレンジしてほしい。もちろん、安心・安全に関わることについては、無謀なチャレンジをするわけにはいきませんが、若いうちは失敗を恐れず挑戦することが大切だと思います。若い頃の失敗は傷も浅いし、フォローしてくれる人もたくさんいます。これが昇進して課長になってからの失敗となると、場合によっては会社の経営に影響を与えるような大きなものになります。そのためにも、新入社員のうちに失敗し、そこから学ぶ経験を積んでほしいです。
私自身も、これまで多くの失敗をしましたが、その度に先輩方に助けてもらいながら、なんとかここまでやってきました。うちの会社は懐が深く、挑戦することを後押ししてくれる環境があるので、積極的にチャレンジしてほしいです。成功は謙虚に喜び、失敗は早めに、そして同じミスは繰り返さないことが大事です。
―― どんなところに、会社組織としての懐の深さを感じますか。
嶋田 当社には顧客データの分析を行う「データ分析ラボ」という部署があります。そこに配属されたある新入社員は、まだ部署どころか会社についても分からないことが多く、自信なさげに手探りで懸命に業務に取り組んでいました。しかし、時間の経過とともに日々の会議での発言がしっかりとし、堂々と発言するようになりました。本人の頑張りはもちろんですが、おそらく周囲の先輩が丁寧に指導したのだと思います。 私自身も彼の成長を見ながら、「うちの会社は面倒見がいいな」と改めて実感しました。
他の部署でも同様の事例は数多くあるようですし、昔のように「総合職なんだから自分でなんとかしろ」と放り出される時代ではなく、今は先輩がしっかりと面倒を見てくれる文化があります。特に新入社員の数が限られているからこそ、一人一人を大切に育てていこうという意識が昔よりさらに強くなっていると感じます。
一番避けるべきは様子見をすること
―― 新入社員が1年間を充実して過ごすために大切なことはなんでしょうか。
嶋田 とにかく前向きに取り組むことです。新入社員にとって一番避けるべきなのは「様子見をすること」。失敗も含めて積極的にチャレンジしないと、あっという間に1年が過ぎてしまいます。
会社は新入社員に「知っていること」など期待していません。それよりも、「分からないことを素直に聞けるか」、「積極的に学ぼうとするか」が問われます。「分かりません」、「できません」と言うのは勇気がいることですが、それを言えるのが新入社員の特権です。例えば、仕事でミスが起こりやすい状況を表した言葉に3H(初めて・変更・久しぶり)がありますが、新しいことに直面するとき、人は誰でも不安を感じるものです。特に「変更」や「久しぶり」の業務は、ベテラン社員でも戸惑い、また「知らない」と言いにくいことがあります。だからこそ、新入社員は「初めてなので分かりません」、「変更があったので教えてください」と堂々と言っていいのです。
逆に一番よくないのは「分からないのに分かったふりをすること」です。それが結果的にミスにつながり、周囲に迷惑をかけることになるからです。私自身、今でも分からないことは「分からない」と正直に言うようにしています。
4月からは大阪・関西万博が開幕します。われわれは、地域に根付いた企業なので、万博をきっかけに地域を盛り上げ、共に成長していきたいと考えています。
当社の若手社員も石黒浩氏プロデュースのパビリオン「いのちの未来」の企画にアイデア出しなどで携わっています。当社は万博のような国際的なイベントにも挑戦できる環境があります。新入社員の皆さんも、遠慮せずどんどん質問し、積極的に学び、挑戦を続けてほしいです。その経験が自信となり、将来の大きな挑戦につながるはずです。一歩踏み出す勇気を持ち、自らの可能性を広げていってください。