経済界GoldenPitch2024審査員特別賞受賞
ほてりや体の痛みなど更年期症状に悩む40代以降の女性を対象に、更年期障害特化型オンライン診療「MYLⅠLY」を提供するMy Fit代表の山田真愛氏。「女性一人一人の症状に合った健康を届けたい」と語る。高校時代からの信念を貫き、個別化医療が当たり前になる社会の実現を目指す。文=大澤義幸 Photo=川本聖哉(雑誌『経済界』2025年9月号より)
山田真愛 My Fit 代表取締役のプロフィール

やまだ・まなみ 1998年、東京都生まれ。東京農工大学工学部生命工学科卒業。東京大学大学院農学生命科学科でも学ぶ。16歳の時に母親を乳がんで亡くし、女性の健康・未病領域に課題感を抱き、ヘルスケア領域に人生を懸けることを決意。2021年、大学4年次にMy Fit起業。23年、更年期障害特化のオンライン診療サービス「MYLILY」をリリース。MYLILY公式サイト: https://mylily.jp/
最愛の母親の死をきっかけに個別化医療に生涯を捧ぐ道へ

わずか約1400人。これは日本における更年期症状に知見のある医師の数だ(日本産科婦人科学会)。人口ピラミッドに分布する更年期(45‐55歳)男女の数は約1800万人(総務省統計局)に上るが、それと比較してもあまりにも少ない。
日本の医療業界では、更年期診療はその診療報酬の低さから軽視される傾向にあり、更年期症状を診断できる産婦人科(女性の場合。男性は泌尿器科)のあるクリニックの数も限られる。例えば女性が「更年期かもしれない」とクリニックを探して受診しようとしても、更年期外来は予約が2カ月待ちという世界だ。
そうした閉塞感のあるメノテック業界(更年期女性の健康ケアに絞ったフェムテックの一分野)で新しい風を吹かせているのが、オンライン診療を軸に「更年期女性の医療ケアサービス」を提供するMy Fit代表の山田真愛氏だ。2021年に学生起業。23年に更年期障害特化型オンライン診療「MYLILY」をリリースすると、紹介等でユーザー数を急増させている。
「一人一人に寄り添った健康を提供したい。個別化医療を当たり前に、との想いから社名を『My Fit』としました」。そう語る山田氏は16歳の時に母親をがんで亡くしている。このことが個別化医療に取り組むきっかけの一つとなった。
「私が物心付いた5歳の時には母は既に乳がんでした。医師の父親と共に自宅で治療を続け、母も10年間生きてくれました。私も母にもっと生き続けてほしい一心で、文献等を調べていくうちに出合ったのが個別化医療でした。『個別化された寄り添うサポートで健康を後回しにしない社会を作る』という私の人生のビジョンはこの時に決まりました」
将来のキャリアを考え、大学はバイオテクノロジーを、大学院はがんのゲノム工学を研究できるところを選んだ。しかし、研究は成果が出るまでに膨大な時間がかかる。そこに違和感を覚えた。その後、国内外でインターンを経験した折に、スタートアップがスピード感を持って人々に価値を提供し、それが喜ばれるのを間近に見て、研究ではなく事業で社会課題を解決しようと思い立つ。
「初めから起業しようと意気込んでいたわけではなく、内定をもらっていた企業に就職するつもりでした。そんな時に当時流行っていた音声アプリ『クラブハウス』で、投資家の皆さんから、『起業したほうがいい』と背中を押されたんです。個別化医療の前段として、一人一人に合うプロテインで健康を届けるという事業をスタートしました」
しかし起業後、製品が評価されて事業が伸長していく一方で、自身のモチベーションが上がり切らないというジレンマを抱えてしまう。先輩起業家たちからアドバイスをもらい、「誰に健康のサービスを届けたいのか」を考える中で、ふと思い浮かんだのが、母親を亡くした後に支えてくれた第二の母たちの顔だった。
「叔母や母の親友、私の親友の母親、近所の方など、私には母と呼べる方が6人います。皆が自分の娘のように私を育て、支援してくれました。でもそのうち5人が更年期症状に悩み、1人は離職をしています。これが長年心に引っかかっていました。それで、『そうだ。40‐50代女性の健康の課題を解決する事業を始めよう』と決意したんです」
高校生の頃に思い描いた個別化医療の夢、研究畑から踏み出した起業家の道、社会課題の解決に向けて情熱はあったが、対象が定まることでそれがさらに熱を帯び、やるべきことが明確になった。起業家として、本当のスタートを切ったのだ。
企業の更年期の放置による経済損失は1兆9千億円に
女性の更年期は閉経前後の45‐55歳ごろ、男性は50歳ごろから、ホルモン分泌量の低下が原因で起こると言われる。女性は症状が出やすく、男性は症状に気づきにくいため長期化する傾向にあるという。
「更年期は、幼少期、思春期、青春期の次に訪れる誰もが通る人生の期間です。女性は2人に1人、男性は6人に1人に症状が出るとされ、肩こり、頭痛、不眠など、その症状の数は200種類以上に及びます」
近年、社会的に更年期が注目されている背景として、第一に更年期を理由とした離職者の多さが挙げられる。その数は60万人に及び、年間1兆9千億円の経済損失があるとの試算もある(経済産業省)。他にも少子高齢社会の本格到来、加えて政府が30年までの目標に掲げる東証プライム上場企業の女性役員比率3割という女性活躍推進方針もある。
「役員に登用される中心層のミドル世代の女性に元気に働き続けてもらうために企業の更年期対策は急務です。また職場でイライラしたり集中力が低下する時に相談できる人がいないという声もよく聞きます。更年期対策を放置すると業務効率や企業イメージの低下につながります」
フェムテック市場とともにメノテック市場も拡大の兆しを見せる中、依然として日本の更年期対策は欧米と比べ後れを取っている。「米国で普及しているHRT(ホルモン補充療法)が日本では1%強しか使われていないなど、長年状況は変わっていません」と山田氏は警鐘を鳴らす。
女性を健康に、笑顔に導く 唯一無二の「MYLILY」に

そうした更年期の課題を解決するのが「MYLILY」だ。更年期症状に悩むユーザーと提携クリニックを結ぶプラットフォームとして、ユーザーはスマートフォン1台で更年期を熟知した産婦人科の女医の診察を受けることができ、HRTや漢方などの薬が届く。提携クリニックの産婦人科医は約40人、ユーザー数は約3300人に上る。
「特徴は安心とスピード感です。当日の3時間後に専門医を予約でき、最短で翌日には薬が届く。オンライン診療は初めてという方が9割を超えますが、多忙な40‐50代の女性が利用しやすい仕様にしています」
初診では20分かけてユーザーの症状を元に更年期症状か他の病気でないか等を判断し、最低3カ月かけて診断と治療を続けていく。
「筋肉痛だと思ったら実は更年期の関節痛だったというケースもあります。その後は一人一人の症状に合わせてアドバイスしたり、今の治療を続けるのか、他の病気でないかなどケアプランの見直しも行います。利用者アンケートでも、1カ月で約8割の方が症状の軽減を実感しており、前向きになった、仕事に復帰できたといった声が届いています」
利用料は薬や治療により異なるが、相談・診療受け放題、医師による24時間チャット対応付きの基本サービスで月額平均8千円程度。そこからクリニックに払う協力費を除いた分がMy Fitの売り上げとなる。
薬は更年期治療薬のほか、デリケートゾーン、美容、ダイエット用など幅広く取り扱う。「髪や肌など女性らしさをつくる女性ホルモンを注入するエイジングケアの利用も人気です。My Fitをもっとカジュアルに試してもらいたいし、健康になった人をもっと元気にしたい」と同じ女性ならではの気遣いを見せる。
基本はtoCサービスだが、大手企業相手のtoBの導入も進む。社員の福利厚生やラーニングなどの利用が増えているという。
「職場で更年期セミナー等を開催すると、女性が更年期症状や生理の時に『つらい』と言える空気ができ、生理休暇などを取得しやすくなります。性別特有の健康について語れる環境ができれば、管理職候補の離職や長期休暇の予防になり、健康経営に真摯に取り組む企業としてアピールできるようになります」
今年度は「フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金」等も活用しながら世の中へのサービスの浸透と事業拡大を図る。これと並行して力を入れているのが、AI活用診療の体制構築だ。
「更年期症状の診断・治療パターンは120種類以上あると言われます。医療従事者とAI活用で連携し、診療前の症状、確定診断、処方後の症状データを収集し、『どういった症状の人にどんな治療をすると、どう症状軽減が見込めるのか』というデータベース化を進めています。臨床医の診察工数を減らし、負担を軽減する、かつ質の高い更年期診療および健康ケアを持続できるようにしていきます」
3年後には提携クリニックの医療従事者100人、ユーザー数30万人を目指す。「やりたいことは後回しにしないと決めて立ち上げた事業なので諦めずに、『MYLⅠLY』を代替不能な愛されるサービスにしていきたい」と話す山田氏。始まったばかりの個別化医療は今後、たくさんの女性が元気を取り戻し、笑顔を咲かせる種となることだろう。

