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情報発信で人生のステージを変えた北海道の看護師―乙川あさみ(オトカワPR代表)

エヴァンジェリスト画像

エヴァンジェリストとは、もともとはキリスト教における「伝道者」の意味で、ここ最近、ビジネスの世界でも肩書きに使う人が徐々に増えてきている。明確な定義はないものの、1つあるいは複数の分野に深い専門知識、情報発信力、伝達力を持ち、世の中に大きな影響力を与えられる人材をイメージしていただければ良いだろう。本シリーズでは、今の時代に必要なそんなスキルを身に付け、企業の内外で新たな仕事や働き方を創出する女性エヴァンジェリストたちにスポットを当てる。(取材・文/吉田浩)

北海道で看護師業務の傍ら副業で情報発信力を磨く

オトカワPR代表の乙川あさみさん

オトカワPR代表の乙川あさみさん

複数の地元企業からPRの仕事を請け負い、成果を上げている一人の女性が北海道にいる。札幌市在住で、「北海道エバンジェリスト」を名乗る乙川あさみさんだ。

乙川さんが現在PR業務を手掛けるのは、地元北海道のレンタルオフィス企業、建築会社、ペット関連企業など。企業が仕事を委託するのだから、広報畑でバリバリにキャリアを積んで独立した人物を想像するかもしれないが、彼女の前職は看護師である。それもつい最近の2018年1月まで、札幌市内の病院で正規雇用の看護師として勤務していた。

札幌に来る前は、生まれ故郷の富良野でも3年間看護師をしていた。看護の職を選んだのは、もともと母親の勧めだったという。札幌に出てきたのは「都会に行きたかったから」という理由だった。仕事自体は好きで、やりがいも感じていた。

そんなどこにでも居そうな女性だったが、心のどこかで「自分はこのまま看護師を続ける人間ではないのではないか」と漠然と考えていたという乙川さん。そんな時、起業家である宮本佳実氏の『可愛いままで年収1000万円』(WAVE出版)という本を読み、「自分も何か違うことをしたい」との思いを強くする。

そこで始めたのが、メイク、スキンケア、自己啓発といったテーマで、女性向けのセミナーを企画運営することだった。とはいえ、参加料は1人3千円程度、人数も6~7人といった非常に小規模なもので、講師への謝礼などを払うと利益はほとんど残らない。

ビジネスと呼べるほどのものではなかったが、看護師として勤務する傍ら、週に2回のペースで開いていった。一気に多忙な毎日になったが、本業とは別の充実感がそこにあった。

「副業なので、身分を隠してひっそりやっていたんですが、いつかは本業にできたらいいなとは思っていました。看護師とは違う形でクリエイティブな形な仕事がしたかったんです」と、乙川さんは当時を振り返る。

セミナーの集客はブログやSNSを活用し、半年で100人ほどの参加者を集めることに成功した。だが、そこから先は限界を感じていた。そんな時に参加したのが、元エアウィーヴ社の広報担当者で、現在は個人で活動している笹木郁乃さんが主宰するPR塾である。

「札幌で個人から3千円頂くセミナーをビジネスにするのは厳しかったんですが、PRの技術を学んでからは、食べていけそうな感じにはなりました。受講後に学んだことを生かして情報発信を続けていたら、『ウチのPRやってよ』と企業の方から声が掛かったんです」

仕事を受けてすぐに作成したプレスリリースで、北海道新聞からの取材と記事掲載が実現。企業にとってメディアに取り上げられるということは、高いお金を払って広告を打つ何倍もの宣伝効果があるが、それだけに容易ではない。乙川さんはPR塾で学んだノウハウをいかんなく発揮し、顧客からの信頼を獲得した。

「記事が掲載されて、クライアントのもとに問い合わせや、銀行から融資の案内などもくるようになって、とても喜ばれました。こんなにいろんな人に情報が伝わって、企業の社会的信頼感が増すというのはすごいことだと実感できたんです」

北海道には優良企業はたくさんあるが、PRを戦略的に行っている企業が少ない。「そんな地元企業を多くの人たちにもっと知ってほしい」と言う。

看護師コミュニティを作り北海道から新たなビジネスを生み出す

オトカワPR代表の乙川あさみさん

人生のテーマが「後悔しないように生きる」。PR業務も看護師の仕事も好きなことなので続けたいし、人の役に立ちたいという乙川さんが、次に構想を練っているのが「看護師の働き方の多様化」を実現することだ。

これから超高齢化を迎える日本において、病院不足だけでなく看護師の不足も深刻な社会問題となる。一方で、資格を保有していても、家庭の事情などさまざまな理由で看護師の職に就いていない人材が全国に約70万人いる。こうした潜在看護師を地域の在宅医療の場に供給しようという考えだ。

「働けない事情があったり、フルタイムで病院に勤務するのが難しかったりしても、短時間なら大丈夫という人もいます。そうした看護師たちに自分に合った働き方をしてもらいたいと思っています」

想定しているのは、看護師が利用者の自宅を訪問して世話をする訪問看護や、短時間の見守りサービスなどだ。

現在、自宅療養をしている高齢者の多くは要介護認定となっており、介護保険によって1~2割程度の自己負担でサービスを受けているが、独居世帯や家族負担が大きい世帯など、それだけでは足りないケースも数多くある。

だが、実費負担で追加サービスを受けるとかなり高額になるため、利用を躊躇する家庭も多い。既存の訪問看護ステーションを利用すると、1時間6千円程度を利用者が負担するといったケースもザラだ。そこで、利用者と看護師をつなぐ仕組みを作り、低料金化し、需要を掘り起こしていくつもりだという。

また、見守りサービスについては、既に一部の宅配業者などが実施しているものの、看護師資格を持つ人材が来てくれるとなれば、利用者の家族も心強い。今後、認知症患者などがさらに増えてくれば、プロの看護師に対する需要も増えると予想される。

そのための準備として、北海道を中心に看護師のコミュニティを作りたいと乙川さんは言う。ブログやSNSなどを活用し、まずは50人程度のコミュニティで基盤を作り、そこから拡大を目指す。資金調達も含め、2019年中には本格的にスタートさせる予定だ。

「全国的に需要がある分野なので、軌道に乗れば拡大できるビジネスだと考えています。もし、看護師仲間が500人規模になったら行政も巻き込めるかもしれません。そのためにも、コミュニティを作っていきたいです。看護師さんも自分の都合に合わせて働きやすくなりますし、高齢者もその家族の方もみんなが喜ぶビジネスになる気がします」

行動力が未来を拓く

「人生の展開が早すぎて、すごく充実しているという感覚です」と語る乙川さんは、自称「行動したい派」。一見、好きなことに飛びついているだけのようだが、自分の核となる看護師の仕事に情報発信力をプラスして、新たな領域に飛び込んでいく姿からは、やりたいことを実現するために必要な武器を、その都度身に付ける賢明さを持ち合わせているのが見て取れる。

看護師コミュニティを基盤とした新たなビジネスについての課題を尋ねると、「今はまったく資金がないことです」と笑う。そこで諦めないのが彼女の強さだ。今は知り合いの経営者たちの意見を聞いたり、クラウドファンディングを検討したりと、知恵を絞っている最中だという。

一人の看護師が副業を通じて発信力を磨き、やがて企業を相手にビジネスをするようになり、高齢化や地方活性化といった社会問題の解決にまでステージを広げようとしている。短期間の成長ストーリーから学べるのは、前向きさと行動力がいかに人生を変えるかということである。

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