エヴァンジェリストとは、もともとはキリスト教における「伝道者」の意味で、ここ最近、ビジネスの世界でも肩書きに使う人が徐々に増えてきている。明確な定義はないものの、1つあるいは複数の分野に深い専門知識、情報発信力、伝達力を持ち、世の中に大きな影響力を与えられる人材をイメージしていただければ良いだろう。本シリーズでは、今の時代に必要なそんなスキルを身に付け、企業の内外で新たな仕事や働き方を創出する女性エヴァンジェリストたちにスポットを当てる。(取材・文/吉田浩)
美文字ブームの中、手書きの講師として突出した存在に
「なんか、萩原さんってズルいですよね」(笑)
インタビューの最中、思わず口に出てしまった言葉だ。
渋谷でペン字・筆ペン教室「myMOJI(まいもじ)」を主宰する萩原季実子さんは短期間で実績を伸ばし、多方面から注目される存在となっている。
開講以来、教えた生徒数は2千人以上、メディア掲載と出演は30媒体以上、初めて出版した書籍『誰でも一瞬で字がうまくなる 大人のペン字練習帳』(アスコム)も既に7万部を突破した。
ウッカリ失礼な事を言ってしまったのは、萩原さんの方法論や手法の鮮やかさにいたく感心してしまったからだ。だが、単に器用だから成功したわけではない。「美文字」がちょっとしたブームの昨今、手書き文字の教室も数多くある中で、突出できた理由はいくつかある。
それを説明する前に、まずは萩原さんと手書き文字との関わりから紹介したい。
小学生時代に書道教室に通っていた経験はあるものの、萩原さんが手書き文字の腕を磨いたのは主にペンフレンドとの文通だった。当時は、雑誌などの募集欄から文通相手を20人探して、毎日手紙を書くような子どもだったという。中には、高校生になるまで文通を続けた相手もいたほど、手紙による交流にハマっていた。これが後のキャリアの原点となる。
最初の就職は広告代理店。仕事内容は電話営業による広告枠の販売で、1日に100本もの電話をかける毎日だった。大抵はまともに話を聞いてもらえず、資料を送っても相手が覚えていないケースがほとんどだった。
そこで萩原さんは一計を案じる。
「何か工夫しないといけないと思って、電話で話した感想を手紙に書いて、企画書と一緒に相手に送るようにしたんです。すると、後日クロージングの電話を掛けたときに覚えていただいていることが増えました。そこで話を聞いてくれるようになれば、次の展開にも行けますから」
手紙作戦の効果は抜群で、入社1年目で全社の営業MVPを獲得。後の転職で社長秘書的な業務を担当するようになったときも、手書き文字を駆使して社長のイメージアップに大きく貢献した。
手書きの美文字スキルでキャリアを切り拓き独立
ここまでなら、単に文字のうまさを仕事に活かしたというだけの話だが、まだ続きがある。
会社員として働く傍ら、萩原さんは副業でブライダルの司会も務めていた。キッカケは友人の結婚式の司会を何度かやって褒められたからとのことだが、プロとしてやっていくには相当なスキルがなければ難しいはず。その点を尋ねると、話術は電話営業の実戦で鍛えたほか、スキルの高い先輩社員の話し方を録音、研究して身に付けたという。
「調子に乗って司会者の養成スクールにも通いました。周りは女優さんやアナウンサーなどで場違い感がすごかったです(笑)。最後に試験を受けて合格すると事務所に入れる制度でしたが、私への評価は高くなかったですね」
それでも結果は合格。実は萩原さんは試験終了後、スクールの経営者に手書きのお礼状を出していた。それが加点ポイントになったらしい。
「後から分かったことですが、スクールに所属する司会者にはいつも結婚式の終了後に新郎新婦へお礼状を書いている人がいました。司会の上手い下手よりも、おもてなしの精神を重視していたんですね。そこを評価していただきました」
ペン字教室は会社員を辞める前から開講したため、司会と合わせて3足のわらじ生活が約1年半続いた。最初は1カ月に一度、有給休暇を取って平日の午前中に自由が丘で数名を相手に細々とやっていたが、表参道に場所を移してからはどんどん生徒が増えた。
そこで、本業やブライダルの仕事があるとき以外の時間は、すべてペン字教室にあてるという荒業に出た。たとえ一人でも、申し込みがあればレッスンを行ったという。
「夜も土日も開けるようにしたので生徒が増えて、司会の仕事も増えて、ちょうど結婚も決まったので2015年の春に独立することにしました」
独自の美文字メソッドとレッスンがメディアの目に留まる
独立以降、順調に実績を伸ばしてきたのは先述した通りだが、大きかったのはいち早くメディアに取り上げられたことだ。
まずは女性向け雑誌にお勧めの習い事として紹介され、ニュース番組にも出演して知名度が高まった。メディアに出たことで個人だけでなく法人からも仕事のオファーが舞い込むようになり、法人相手の仕事の実績は20社を超えた。それによってさらにメディアへの露出が増え、生徒も増えるという好循環を実現している。
自らメディアにアプローチしたわけではない。目に留められたのは「単発型のレッスンが面白い」という理由だった。萩原さんの教室の特徴は、90分程度の短時間で生徒が自分の名前と住所を手書きで美しく書けるようにするというもの。漢字と平仮名の線の書き方の違い、日本語の文字の書き分けを4つのポイントに絞り、1回のレッスンで成果を出すという内容だった。
「単発型にしたのは、副業から始めたからです。何かあって継続できない場合も考えて、1回で成果を出せるようにしないといけないと思って」
短時間で成果を出すメソッドは、レッスンを重ねながら独自に編み出したものだ。何人もの生徒たちと意見交換し、メモした内容を自宅に持ち帰って研究を重ね、法則性を見つけ出したという。こうして積み上げたメモ帳は、今や10冊にも及んでいる。
「うまく書けない生徒さんたちの悩みを法則に沿って解決すると、同じ問題で悩んでいた生徒さん全員の文字が変わっていく。それがすごく面白いですね」と萩原さんは語る。
今後は全国展開を視野に入れ、自ら飛び回って生徒の声を聴き、さらにメソッドを積み上げたいと意欲を示す。会話の内容を手書きにして喜ばれた営業職時代の経験、独自のメソッドを生んだペン字講師としての経験などから、直接的なコミュニケーションの重要性を熟知しているからだ。
「文字を書く」「話す」といったことは日常的行為にすぎないが、それぞれを突き詰め、手書き文字のスキルをうまく掛け合わせることによって付加価値にしてしまう萩原さん。ただ器用なだけでなく、「好き」をとことん追求する姿勢と、愚直な努力を楽しめるマインドこそが最大の強みなのだろう。
【筆跡】関連記事一覧はこちら
【マネジメント】の記事一覧はこちら
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan