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これからの時代に必要な「上司力」とは

強引なリーダーシップは時としてパワハラ扱いされ、リモートワークの推進で部下とのコミュニケーションが困難になるなど、以前は考えられなかった環境の変化に戸惑う管理職が増えている。従来の上司像が通用しなくなる中、部下のモチベーションを高め、チーム力を発揮させるために、中間管理職や経営者はどのように思考転換すれば良いのか。著書『本物の「上司力」』(大和出版)で新たな上司像を提言するFeelWorks代表取締役の前川孝雄氏に話を聞いた。聞き手・文=吉田浩

『本物の「上司力」』(大和出版)

プレーヤーの実績がなくても「上司力」は身に付けられる

―― 『本物の「上司力」』を20年10月に上梓されましたが、このタイミングで本を出した理由は何ですか。

前川 最初に『上司力トレーニング』(ダイヤモンド社)という本を書いたのが05年のことで、それ以来ずっとこの言葉にこだわってきました。大手企業で研修などを行ってきて感じたのが、今まではどちらかと言えばプレーヤーとして実績を上げてきた人がそのまま管理職になってきましたが、管理職として求められる能力が以前にもまして変わってきているということです。

 マネージメント力やリーダーシップというものが、それまでの経験の延長線上で発揮できるものではなくなっていて、管理職のみなさんが本気で困っている状況に直面したからです。

―― 「上司力」は、プレーヤーとしてまったく実績がなくても身に付くものなのでしょうか。

前川 もちろんプレーヤーとしての力もあったほうが良いのですが、プロ経営者と同じく、現場の業務の細かいところまで分かっていなくても身に付けられるものです。たとえば今の課長層などはプレイングマネージャーと言いながらも、ほぼプレーヤーとしての役割に終始しているようなケースが多い。プレーヤーとして優秀だから、部下に任せるより自分でやった方がいいという思考回路になりがちです。

 また、最近では部下にあまり強く指導をすると、パワハラと言われるリスクもあります。そのため、現場のことをあまり知らないから任せるしかないと考える上司の方が、成果を出せる場合があります。

従来と大きく変わった上司像

―― そうした変化が目立ってきたのはいつ頃でしょうか。

前川 私が営む会社が最初に多く取り組んだのは、女性活躍の推進で10年以上前の話でしたが、その仕事をやっていくうちに、男性中心、年功序列、ピラミッド型組織を前提としたマネージメントでは立ちいかないことに気付きました。女性社員の中には、「頑張ったら昇給、昇格」と言っても、全然ワクワクしてもらえない人が多数いらっしゃって。

―― その延長で、上司の役割を見直すことになったのですね。

前川 なぜ「やれ」といってもやってくれないのか、世の中の男性上司が戸惑い始めました。さらには、若手社員にも「昇給や昇格のために我慢しろ」という話が通用しないと分かってきました。その考え方がどんどん広がってきた感じです。

―― そのことに会社もようやく気付きだした。

前川 結局は、女性活躍や若手を辞めさせないといった個々のテーマではなく、会社組織全体の話になってきたんです。経営層の方々と議論するとよく言われるのが、平成の30年間に多くの日本企業が成長できなかった理由は、硬直的で同じ価値観の村社会で年功序列になっている状況では、新たな発想もイノベーションも生まれないということ。

 女性活躍の文脈においても、10年以上前は「女性は助けてあげないといけない存在」という姿勢が主流だったのが、ここ7~8年ほどは企業変革の本丸としての課題に認識が変わってきました。

―― 採用も以前は「社風に合うか否か」が重視されていましたが、最近は変わりましたか?

前川 社風に合うかはもちろん大事ですが、それが旧来の価値観を肯定すると変化が起きないので、いかにブレイクスルーを起こすかを多くの経営者が気にしています。大企業がベンチャーへ社員を出向させたり、事業部ごとシェアオフィスに移転させてスタートアップとのコラボレーションを推進したりしているのも、そうした危機感からでしょう。

「上司」とは役割に過ぎない

―― 部下のモチベーションアップの手法も、以前とは変わってきましたか?

前川 たとえば、AIや最先端ITのエンジニアは転職マーケットでひっぱりだこですが、高い年収を提供しようと企業各社でラットレースのような状況になっています。企業によっては年功序列の賃金体系をやめて、新卒でも年収1千万円払うといったやり方に変えたところもありますが、中国や米国の企業との給与競争に勝てないため、なかなか優秀な人が採れません。

 しかし、優秀な人材の中には、他の優秀なエンジニアと一緒に働けるとか、最先端プロジェクトのメンバーになれるとか、お金以外の部分の魅力に興味を持つ人がたくさんいます。こうした人たちがいかに市場価値を高められる環境を提供できるかが、企業としては大事になっています。

―― 組織によっては上司より部下のほうが給料が高いケースも出てくると思いますが、そこは割り切るしかないのでしょうか。

前川 本の帯にも書いてあるように、「上司は役割である」と認識する必要があります。上下関係で考えると部下の給料が自分より高いのが辛くなるかもしれませんが、役割と捉えると楽になります。イチロー選手は監督やコーチより稼いでいますが、それは役割の違いであり、市場価値で値段が決まると考えれば良いのです。

平凡な社員をどう扱うか

―― 企業もプロアスリートの集団に近づいてくるということですね。平凡な社員やモチベーションが低い社員の扱い方についてはどうですか?

前川 日本全体で格差が広がって、ボトムの人たちは今や非正規雇用ともなれば年収100万円台かつ不安定な状態も珍しくなくなっています。平凡な社員については、今まではダメな部分を改善していかに画一的な人材に育てるかを重視したマネジメントでしたが、その部分は今までより抑えて、良いところを伸ばすほうに集中したほうがいいと思います。その人の得意分野に特化してもらい、苦手な作業は他の人にやってもらう形で、チームとしての力を高めていく工夫が必要です。

―― 平均的に優秀な人材を採る新卒一括採用から変えないとダメな気もしますが。

前川 その議論を進めるとジョブ型採用かメンバーシップ型採用かという話になりますが、二択のトレードオフで考えるのはナンセンスです。何より個人的にはメンバーシップ型採用を全部やめるのは時期尚早だと思っています。今やってしまうと、若者の失業者が社会に溢れることになりますから。

 学校教育を改革して即戦力人材を養成する素地ができ、かつ転職市場がもっと成熟しない限りは、平凡な人材でもしっかりトレーニングする機能を会社に残しておかなければいけないでしょう。まずは新卒一括採用で一人前の人材に育ててから、遅くとも40歳ぐらいまでの段階でジョブ型に切り替えるほうが良いと思います。

中間管理職と経営者では異なる「上司力」が必要

―― 経営者と中間管理職では、求められる上司力は変わりますか?

前川 古典的な理論ですが、「ロバート・カッツモデル」に倣うと、一般社員は技能を身に付けるテニカルスキル、中間管理職になると人間関係を構築したり人を動かしたりするヒューマンスキル、経営層に近づくとヒューマンスキルに加えて、物事を概念化して考えるコンセプチュアルスキルが重要になります。コンセプチュアルスキルは、経営ビジョンを定めたり経営計画を立てたりといった、組織全体を動かしていく力ですね。

―― ヒューマンスキルを身に付ける良いトレーニング法はありますか?

前川 辛いかもしれませんが、自分がどう見られているかだとか、自分の固定観念や偏見に気付く機会をどれだけ多く作れるかが鍵です。管理職の研修を行うと、「最近の若手はストレス耐性が弱い」とか「女性は仕事をそこそこにしかやらない」といった不満が出てくるのですが、「その原因は何ですか?」と突き詰めて議論していくと自分の思い込みや先入観にハッと気が付く方が多い。そうした気付きをどれだけ日常に作れるかがポイントです。

―― 職場と家の往復だけだとそうした気付きの瞬間は少なそうです。

前川 その通りです。お勧めしているのは、プライベートでPTAや地域の活動などに参加することですね。あとは副業が認められていれば副業をしたり、社会人大学院やビジネススクールに通って、上下関係がない人たちとフラットにディスカッションしたりするのもお勧めです。会社の研修に参加するのも良いですが、自腹を切って個人でいく方が良いでしょう。

 勉強好きな人は本を読んだり講演会に行ったりもしますが、一方通行のインプットだけではあまり効果がありません。できればインプットとアウトプットがセットを両方行うほうが、学びも気付きも多くなります。

―― コンセプチュアルスキルはどう鍛えれば良いでしょうか。

前川 世の中の変化を見ながら先を読む力が大事で、その中で自分がどういう仕事をしたいか、どういう組織を作りたいかと常に考えていないと鍛えられないでしょうね。

―― 上司力の向上イコール人間力の向上に行き着きますね。

前川 人間力と言えば俗人的な話に聞こえますが、上司力は後天的に鍛えられるものです。

 よく例に挙げさせていただくのが、中里スプリング製作所という会社の中里良一社長のお話です。中里社長はもともと大企業で修業して町工場を継いだのですが、今までの欠点を直そうとするマネジメントでは通用しないと痛感されたそうです。そこで、社員のダメなところではなく良いところを見るようにして、月に一回はとにかく社員を表彰すると決めて、全員が2年の間に1回は1位を取れるような表彰の基準を作って。それを続けることで社員の態度も自分の性格も変えたそうです。

 また、日本レーザーの近藤宜之会長は、仏頂面で怖いと部下も意見を言いにくいだろうと考えて、自宅で鏡を見ながら笑顔の練習をされているそうです。「笑顔は性格ではなくスキルだから鍛えられる」と仰って社員にも求められています。

 上司力が高い経営者の方は、必ずと言っていいほど一度挫折して、気付きを得て自分を変えています。このことからも、上司力はトレーニングによって鍛えられるということが言えると確信しています。

前川孝雄氏プロフィール

1966年生まれ。兵庫県出身。大阪府立大学経済学部卒、早稲田大学ビジネススクール・マーケティング専攻卒業。89年リクルート入社、『リクナビ』『就職ジャーナル』などの編集長を務めたのち独立し、2008年FeelWorksを設立。上司力やミドル層の働き方をテーマにした研修などで多数の企業を支援する。青山学院大学兼任講師。著書に『50歳からの幸せな独立戦略』『50歳からの逆転キャリア戦略』(共にPHPビジネス新書)『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベスト新書)『コロナ氷河期』(扶桑社)など33冊。