マネジメント

エヴァンジェリストとは、もともとはキリスト教における「伝道者」の意味で、ここ最近、ビジネスの世界でも肩書きに使う人が徐々に増えてきている。明確な定義はないものの、1つあるいは複数の分野に深い専門知識、情報発信力、伝達力を持ち、世の中に大きな影響力を与えられる人材をイメージしていただければ良いだろう。本シリーズでは、今の時代に必要なそんなスキルを身に付け、企業の内外で新たな仕事や働き方を創出する女性エヴァンジェリストたちにスポットを当てる。(取材・文/吉田浩)

 

まちづくりの一環として成功した空き店舗活用プロジェクト

 

ローカルファースト研究会代表の淺野真澄さん

 

 2016年12月から1年間、神奈川県茅ケ崎市にある浜見平団地商店会で興味深い試みが行われた。ローカルファースト研究会の主導で進められた空き店舗活用事業。高齢者から若者、小学生まで、世代の垣根を越えた交流の場が生まれ、地域活性の取り組みにおける成功モデルケースとして、他の自治体からも注目されている。

 仕掛け人は淺野真澄さん。2014年にローカルファースト研究会の代表に就任し、茅ケ崎の活性化とまちづくりに奔走している。プライベートでは、中学生と高校生の息子を持つシングルマザーだ。

 「店舗には1日100人ほどの来客があって、最終的に黒字で終わりました。人の交流が生まれ、商品が売れて、地域通貨も発行したので、物も人もお金もどんどん回るようになったんです」と、笑顔で語る。

 成功の秘訣は、地元の主婦や高齢者など、地域住民を上手く巻き込んだことだ。

 商店街活性化は地域おこしでよく挙がるテーマだが、地元住民や既存店舗の協力を得るのが難しく、成功例はあまり聞かない。地域活性化という主旨は賛同されるものの、いざ実行となると、既存店舗や地域住民の協力が得られないケースが多いからだ。

 独りよがりの企画では人が来ないと考えた淺野さんは、プロジェクトのスタート前に地元の主婦たち100人を集めて、「何をすればよいか」「どうすれば人が来るか」など、徹底的にディスカッションを行った。

 そこで決まったのがハンドメイドとリサイクルの商品を販売することだった。他では売っていない手作りの商品が好評を得たほか、不用品として持ち込まれた商品が意外な高値で売れたりもした。ハンドメイドは地元の主婦や高齢者などが担当。リサイクル品が次々に入荷するため、商品が毎日変わることも利用者の関心を高めた。

 

地域住民でにぎわう浜見平団地商店会の空き店舗事業

 

 最終的にハンドメイドの担い手は35人、リサイクルの登録者は200人にまで増え、それらの人々が、店の飾り付けや出品などを自ら率先して行ってくれるという効果も生まれた。

 一方で、淺野さんは店で高齢者の身の上話に付き合ったり、人と人を繋げたりすることに腐心していたという。

 「私はお店ではほぼ、高齢者の方々の話を傾聴することに徹していましたね。そういう人たちが話をするついでに何か買って帰ったり、ランチを差し入れてくれたり。毎日来る常連さんが20~30人はいました」

 店舗はもともと取り壊し予定の物件で1年間限定のプロジェクトだったが、地域に大きなインパクトを残すことに成功した。

 「プロジェクトは、地域住民だけでなく、店舗を営んでいる事業者へのメッセージでもありました。商店街に人が来ないと嘆いても仕方がないので、商売はこうやれば盛り上がるのではないか、ということを見せたかったんです」と言う。

 

母親目線で実践するローカルファースト

 

 淺野さんがローカルファーストの活動に関わることになったのは、建設関連やスポーツ健康福祉関連などの事業を手掛ける亀井工業ホールディングスの求人に応募したのがキッカケ。同社の亀井信幸社長はまちづくりを通じて地域に貢献したいという意識が高く、地域や環境のことを考慮して日々のライフスタイルを構築する「ローカルファースト」の概念を広めたいと考えていた。そこで、財団設立にあたって事業計画書の作成を担当した淺野さんが、そのまま代表の座に就くことになったという経緯だ。

 「活動するにあたって、母親が代表をやったほうがいいということで任されました。最初は仕事のイメージが全く湧きませんでした」と言う。

 それまで、航空会社のキャビンアテンダント、飲食関係、インテリアショップ、ショッピングモールの案内所のリーダーなど、多くの職種を経験してきたが、地域おこしに携わるのは初めて。茅ヶ崎は元々の地元ではなく、家庭の事情で移り住むことになった場所だ。だが、「仕事をするのがすごく好き」という淺野さんは、手探りながら前向きに取り組むことにした。

 

 

 「ローカルファースト」とは先述したように、地域や環境のことなどを考慮した選択を日々の暮らしに取り入れていくことを意味し、「アメリカンファースト」や「都民ファースト」といった言葉とはニュアンスが違う。

 「たとえばチェーン店と地元の店のどちらに入るか迷ったとき、地元の店に入った方が地域貢献になるとか、いろいろと考えて決める習慣を広めたいということです」と、淺野さんは説明する。

 そもそも地域おこしに関して、思うところはあった。茅ヶ崎に来る前、東京の渋谷区に住んでいたが、子供たちから「給食の量が少ない」という声を聞いていたという。教材費も割高だった。

 理由は自治体の税収の少なさだ。一人の主婦ができることとして、地元のお店で買い物して、ささやかながら税収増に貢献することが地域貢献になる。自分のライフスタイルとしてはそんな考え方が定着していたが、もっと広めたいという思いが、ローカルファーストの理念と合致した。

 代表に就任して取り組んだのが、ローカルファーストの考えを広めるためのシンポジウムの開催や、季刊誌『茅ヶ崎ローカルファーストジャーナル』の発行。そして、子どもたちから大人に啓蒙していくという母親目線ならではのアイデアとして、児童向けの教材作りも手掛けた。

 「親世代が何も考えずにいると、子供たちは地域のことを考えなくなってしまいます。買い物はすべてインターネットでとなってしまうと、地域の個性もなくなります。子孫に地域の魅力を残していくためにも、ローカルファーストの考え方を広めていきたいと思っています」と語る。

 

まちづくりに生かされるエヴァンジェリストの力

 

 

 さまざまな活動が徐々に認知され、今や茅ヶ崎では「ローカルファーストの淺野さん」として知られるようになった。応援者も増えている。

 だが、「悔いもある」と言う。たとえば、空き店舗事業を成功させたのは良かったが、店のことにかかりきりで、外部に上手くPRできなかったのだ。話を聞きつけたメディアの取材も多少は来たが、自らプレスリリースを打つなど能動的な取り組みには手が回らなかった。「もっとできたのではないか」という思いがある。

「店づくりの手ごたえはあったので、なぜ成功したのかをきちんと言語化して、外部に上手く発信していきたい。これからも高齢者の居場所を作って多世代交流に取り組んでいくつもりです」

 そのために、2018年4月から6月にかけて開催された経済界主催の「エヴァンジェリスト養成講座」に参加。今後は「エヴァンジェリスト」の肩書で、その先駆歴存在として活動していきたいと意欲を燃やしている。

「仕事を通じて感動していたいし、実践者でいたいと強く思っています。まちづくりも評論家ではなく、自分が実践して体験したことを伝えていきたい」

 さまざまな立場の人々に思いを伝え、巻き込み、情報発信をしていく力が求められるのがまちづくり。エヴァンジェリストとしてのスキルが大いに役立つ分野と言えるだろう。

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