マネジメント

キヤノン電子の経営を立て直し、高収益企業へと成長させた酒巻久社長は、経営再建で得た資金をもとに2009年、宇宙産業への新規参入を宣言した。「自分たちのお金だから本気になれる」と語り、25年には世界トップレベルの宇宙企業へ、30年には売上高1千億円を実現することが目下の目標だ。その陣頭指揮をとる酒巻社長に、同社が宇宙を目指す理由、そして宇宙事業の展望をたずねた。聞き手=唐島明子 Photo=山内信也

 

酒巻久・キヤノン電子社長プロフィール

酒巻久・キヤノン電子社長

(さかまき・ひさし)1940年生まれ、栃木県生まれ。67年にキヤノン入社。VTRの基礎研究、複写機開発、ワープロ開発、総合企画等を経て、96年に常務取締役生産本部長になった。99年にキヤノン電子社長に就任以来、同社の経営再建に取り組み、2009年に宇宙産業への参入を宣言した。

 

酒巻久・キヤノン電子社長はなぜ宇宙事業に参入したのか

 

―― キヤノン電子はカメラやプリンターなどの精密機器を製造する電機メーカーです。酒巻社長はなぜ新たに宇宙産業に参入しようと考えたのですか。

酒巻 小さい頃に小松崎茂という空想漫画家がいて、その絵に興味を惹かれました。私は子どもの頃、すごい田舎に住んでいましたが、高速道路ができたり、ジェット機が飛ぶ未来が描かれていてね。

 それと大人になってから、アメリカのSF映画「スタートレック」を観ました。耳が長い宇宙人とかが出てきて、宇宙船に乗ってるでしょ。「面白いなぁ」「ああいうのを造ってみたいな」と漠然と思っていたんです。

 それを現実的に考え始めたのは、キヤノン電子の社長になって2年たった頃です。

 友人から「これを読んでみるといいんじゃないか」と、地政学の本『アストロポリティーク:宇宙時代の古典地政学』(エヴェレット・ドールマン著)を紹介されました。そしてそれを読んでみたら、

 「かつて世界制覇するのは陸上を制した国だけれども、これからは空を制した国、そして宇宙を制した国へと移行していて、宇宙を制することができるのはラグランジュポイント(太陽と地球、あるいは地球と月のような主従2天体の公転系で、さらに小さな天体が、両天体と相対位置を変えずに公転系に加われる位置のこと。宇宙の中で安定するポイントとされており、人工衛星などの設置点として適している)を支配した国だ」、なんてことが書いてあって。それで宇宙事業をやりたいと思うようになりました。

 今のままでは日本は負けてしまう。だから日本に恩返しするためにも、日本で宇宙産業の基礎を作っておきたい。それで、キヤノン電子の利益の3割でもいいから、継続的に宇宙に投資したいと考えたんです。そんな“バカ”な経営者はあまりいないけどね(笑)。

 

キヤノン電子が小型衛星打ち上げに一回で成功した理由

 

―― キヤノン電子初の小型衛星「CE-SAT-Ⅰ」が2017年6月に打ち上げられ、軌道投入に成功しています。衛星開発はいつ頃から始めましたか。

酒巻 1999年に社長に就任したばかりの時は、「これで社長になったから、何でもできるぞ!」と一瞬思ったけど、当時のキヤノン電子は大きな赤字を抱えていたんですよね。困ったな……と頭を抱えて、まずは利益を出せるように経営を立て直しながら、少しずつ宇宙事業の開発費用を貯めようと頑張りました。

 社長になって10年ほどたったら経営が軌道に乗り、2009年には社内で基礎研究を開始し、13年から本格的な開発を始めました。設計から部品発注、組み立てまですべてやり、打ち上げ完了まで4年です。

 ただ、最後の打ち上げの調整には2年もかかってしまってね。はじめはJAXAに打ち上げをお願いしようかとも考えたのですが、JAXAに提出する申請書類を用意するのが大変で、あとなかなかタイミングが合わなくて。結局インド宇宙研究機構(ISRO)に打ち上げてもらい、1回で成功しました。

 するとある人から「酒巻さん、なんでキヤノン電子は1回で成功したの?」って聞かれて。それで「全部自分たちのお金でやっているからでしょう。緊張感が違うんじゃないですか」と答えたんです。自分たちのお金だから、私たちは本気なんです。

 

衛星開発に活かされたキヤノンの技術

 

―― とても短期間で成功した背景には、キヤノンやキヤノン電子の既存技術の存在もありますか。

酒巻 小型衛星の製造には、カメラやプリンターの技術を転用できます。私たちにとって光学系のカメラを載せた小型衛星を製造するのなんてお手のものです。

 部品もほぼすべて内製化しています。日本国内にも宇宙部品を製造している中小企業などはたくさんありますが、特に海外から外注すると手に入れるまでに時間がかかります。「その部品は、納品するのに3年かかります」とか言われたり、仮に早く納品してくれたとしても、自分たちで製造すれば20万~30万円のはずが、1千万円とか桁違いの大金を請求されてしまったり。だから社内で全部一貫して製造することにしました。

 衛星に搭載するレンズ用のガラスは、キヤノンの関係会社に頼んで超特急で加工してもらいました。その時、関係会社の人からは、「宇宙の放射線対策が施されたガラスは無い」って言われましたが、「そんなの分からないから、普通のでいい」、なんてやり取りもありました。

―― 普通のものでも大丈夫なのでしょうか。宇宙空間は、地球上と比べて温度差が激しく、放射線があったり、いろいろと環境が厳しいと聞きます。

酒巻 一般企業や一般家庭で使われる民生品も、一通りすべてのテストに耐えているものです。温度試験も70℃からマイナス30℃までやりますし、振動試験とかも厳しい試験を行っています。また、カメラやプリンターなどの、今年の目標不良率は5ppm。つまり100万個を製造して、不良品は5個以内に抑えなければなりません。民生品は実はとても信頼性が高いんです。

 長く宇宙産業に携わってきている人から、「民生の部品は使えない」としつこく言われたので、その理由を聞くと、「民生部品は宇宙でテストしていないから」ということでした。「確かに宇宙空間で使用したことはないな」とは思いましたが、とにかくやってみようと。

 私たちの初号機の超小型衛星に搭載しているカメラは、普通のキヤノンのコンパクトデジタルカメラ「パワーショットS110」と一眼レフカメラ「EOS 5D Mark Ⅲ」です。しかもカメラは社内で調達できず、意地になって秋葉原へ行き、買ってきた中古品です(笑)。初号機を打ち上げてから2年半たちますが、全く問題なく、そのカメラできれいな画像を撮影できています。

 しかも初号機のパーツで一番最初に壊れたのは、宇宙部品です。宇宙部品は民生品のように何億個も大量生産しません。せいぜい10個生産して、そこから1個選ぶくらいですので、なかなか信頼性を担保するのは難しいのです。

 

衛星だけでなく発射場も手掛ける

 

―― 直近では、キヤノン電子子会社のスペースワンが19年11月に国内初の民間ロケット発射場「スペースポート紀伊」の建設に向けた起工式を行ったことが話題になりました。なぜ衛星だけでなく発射場まで手掛けることにしたのですか。

酒巻 宇宙に衛星を打ち上げるには、衛星を載せるロケット、そしてロケットを打ち上げる発射場が必要ですが、なかなかインフラが足りていません。そこで、「衛星だけでなく、ロケットや発射場も造ってしまおう」と考え、IHIエアロスペース、清水建設、日本政策投資銀行とともにスペースワンを設立しました。

 スペースワンは、専用の小型ロケットを使い、現在建設中の「スペースポート紀伊」から小型衛星を宇宙に打ち上げるサービスを、世界最短かつ世界最高頻度で提供しようとしている会社です。発射場は21年夏の完成を目指していて、21年度中に打ち上げをスタートし、20年代半ばには、年間20回打ち上げる計画です。

―― 「スペースポート紀伊」は、民間初のロケット発射場です。初めてのことには、たくさんの壁が立ちはだかっていそうです。

酒巻 一番大変だったのは、国に陳情し、民間でも打ち上げられるように法律を整備してもらうことでした。通算5年かかって宇宙活動法と衛星リモートセンシング法が制定され、ようやく民間でもロケットを打ち上げられるようになりました。

 あと、近くを通る国道から発射場まで、小型衛星などを輸送する大型トラックを通すための道路を整備しなければならないのですが、道路整備なんてしたことありませんから土地を買うのも大変で、思わぬところで時間とお金がかかってしまいました。

―― 法律の陳情から道路整備まで、すごい情熱です。

酒巻 これは真面目な話で、趣味なんだよね。趣味と道楽がありますよね。道楽は大体、会社を潰したり、個人の家を潰したりしてしまいます。だけど趣味の世界で潰してる人っていないんですよね。だから私は会社を潰すことはありません。

―― 趣味と道楽の違いは何ですか。

酒巻 道楽は凝り固まって、無制限にやっちゃうんだよね。でも趣味はそうではなく、私たちは配当ができる範囲でしかお金は出しません。

酒巻久・キヤノン電子社長

「宇宙事業は趣味だからこそ会社をつぶすことはない」という酒巻社長

キヤノン電子の宇宙事業が目指すもの

 

―― キヤノン電子の宇宙事業の目標を教えてください。

酒巻 まず成長分野である宇宙産業への参入を確固たるものにします。25年までに世界トップレベルの宇宙企業になり、30年には1千億円規模の売り上げを目指します。

 この宇宙事業の成功に必要なことは「成功を信じてやるしかない」ということです。ところがね、そうはいってるけど、1千億円の売り上げを実現するのは少し難しい。小型衛星は1基当たり約10億円で売れます。何の制約もなければ100基くらいすぐ売れますので、1千億円を実現するのは簡単ですが、衛星は軍事転用される可能性もあり、どんな国、どんな会社に売っていいものでもありません。そこが悩ましいところです。

―― 世界トップレベルの宇宙企業になるほうはいかがですか。

酒巻 技術的にはトップになれるはずです。米国から宇宙部品を購入する企業も多いですが、米国より私たちのほうが進んでいると思っています。

 宇宙部品を製造するには、極限まで加工精度などの技術を上げていくでしょ、職人技みたいに。そこは日本人の得意分野なんですよね。日本刀とかを見ても分かりますが、それが国民性なんです。

 過去に造船業などでは、継ぎ目が全く分からないような高度な溶接技術で、日本は世界を圧倒していました。しかしその技術を韓国とか中国とかに教えてしまい、結果的に人件費が安い彼らに負けてしまった。だからそういう技術は、国外に出さないようにすればいいんです。

 

日本が宇宙産業で成功するには

 

―― 日本が宇宙産業で成功を収めるにはどうしたらいいと思いますか。

酒巻 まず国は、国がやるべき分野の研究に専念することです。小型ロケットや小型衛星開発は民間企業に任せてしまい、静止衛星や量子コンピューターに集中して予算を入れ、それらの分野で世界で1番になれるようにしてほしいです。

 量子コンピューターが重要な理由は、今後は量子コンピューターが、衛星で得られるデータの地球上への送受信を含め、通信手段の基本になるからです。

 小型ロケットや小型衛星の開発・打ち上げについては、民間がみんなで協力していきたいですね。スタートアップはお金がないので難しいかもしれませんが、大手企業から宇宙事業を始める私みたいな“バカ”な経営者が出てくれば、日本の産業は伸びるはずです。

 だって従来からある、日本の民生品でできてしまうわけですからね。それなりの民間企業が集まれば、競争力は抜群です。そうしていけば、民間企業にももっと力が付きます。

 例えばスマートフォンのオリジナルは日本でしたが、今は海外に取られてしまいました。そういう負け戦にならないようにしなければなりません。

 

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