創業は文政8(1825)年で、江戸時代から続く最後の紅屋として伝統を守り続ける伊勢半。日本で一番歴史の長い女性用化粧品会社だ。同社を2009年から率いる澤田晴子社長は、自身も店頭での商品転換も行う“顧客目線経営”を展開している。文=榎本正義
澤田晴子・伊勢半社長プロフィール
「最後の紅屋」として存続する伊勢半の歴史と精神
2025年に創業200年を迎える老舗
初代・澤田半右衛門が現在の東京・日本橋小舟町に紅屋「伊勢半」を開いて以来、今年で創業194年目。2025年には200周年を迎える。
同社はスティック口紅のほか、江戸期と変わらない製法による紅花からとった天然由来の紅も作り続けている。
江戸時代の紅作りは門外不出といわれ、口伝でのみ伝えられてきた。江戸時代の製法を受け継ぐ職人(紅職人)は日本で2人、伊勢半にしかいない。玉虫色に光る紅は高品質の証しと言われる。
ところが明治に入ると、海外からの安い化学染料の攻勢や、出資していた銀行の倒産もあり、経営悪化の危機に見舞われた。
「関東大震災や第二次世界大戦などもあったので、社屋や家屋が消失し、経営者が亡くなるといった被害を乗り越え、今日まで社業を紡いできました。弊社では家を継承する形で何代目と言っているので、現会長の夫が7代目で、私はその妻です」という澤田晴子社長は、江戸開府400年の03年、千代田区の記念事業に加わる形で、同区神保町に期間限定の紅の資料館を開設。05年には港区南青山に常設の「伊勢半本店紅ミュージアム」をオープンした。今ではオーガニックにこだわる欧州や豪州からの観光客やニューヨークのメーキャップアーティストらも訪れる。
職人気質と革新的な挑戦精神が併存
「紅屋としての職人気質で妥協を許さないモノづくりを守り抜いてきましたが、特定のお客さまに紅を販売するだけでは生き抜いていけないと、先代(6代目)は総合化粧品メーカーへの転換に乗り出しました」
終戦の翌年の1946年に発売した「キスミー特殊口紅」は、「唇に栄養を与える」のキャッチフレーズで食糧難や栄養不足に悩む時代にマッチして大ヒット。55年に発売した「キスミースーパー口紅」は、「キッスしても落ちない」という当時としては大胆なキャッチフレーズが女性の心をとらえ、生産が追い付かないほど大ヒットする。
66年にはプラスチックケースに入った商品をフックに掛けて陳列する業界初の「セルフ販売」に乗り出す。70年、日本初のツヤ出し専用口紅「キスミーシャインリップ」も爆発的な大ヒット商品となり、年間1千万本以上を売り上げた。これは今でも「コスメ界の伝説」と呼ばれているという。こうして6代目は中興の祖として再興への地歩を固めていく。
伊勢半は、英語が敵性語として禁止された戦時中も「KISUMI」のローマ字で通し、戦後に「キスミー(Kiss Me)」に戻している。
伝統を守るだけでなく、業界初、日本初の取り組みにも挑戦する精神があるのは、一連のヒット商品が示している。澤田晴子社長が紅ミュージアムを開設したのも、歴史ある紅の文化を外部に発信するとともに、社員や業界にもきちんと伝えていきたいとの思いがあったからだった。
澤田晴子社長の経営手法と伊勢半のビジョン
選択と集中で認知度向上と集中投資できる体制へ
「社員には歴史教育を徹底して行い、ビジネススクールもつくりました。また、市場での鮮度を保つために多くのブランドを展開する戦略をとってきましたが、大きなブランドポートフォリオを行い、選択と集中をすることで骨太なブランドに育成し、認知度向上と集中投資できる効率経営に切り替えていきました」
05年に発売したキスミーの代表ブランド「ヒロインメイク」は、少女マンガのヒロインをパッケージにした斬新さと機能性が支持され大ヒットにつながった。これは日本最大級の化粧品口コミサイトで、マスカラ部門の第1位に4度選ばれている。
11年には「キスミーフェルム」のラインアップを一新し、大人の女性のためのブランドに進化させた。14年、眉メーク専門ブランドの「ヘビーローテーション」の「カラーリングアイブロウ」が、口コミサイトのベストコスメアワードで3年連続1位を獲得し、殿堂入りを果たす。
17年には紅筆と口紅を一体化させた「キスミーフェルム紅筆リキッドルージュ」を発売。50~60代に爆発的な人気となり、口コミサイト第1位、一時は出荷が追い付かない色もあった。17年6月度、18年7月度のドラッグストアコスメ販売個数ランキングでは、リップカテゴリーで2年連続第1位(True Data調べ)。
直近では、25年に創業200周年を迎えるにあたって、認知度も高く戦前より使用してきた「KISSME」をコーポレートブランドに再掲、国内外におけるブランドの見せ方を統一化した。新商品発売時や売り場作りにおけるブランドの存在感を意識し、社員の意識に根付くことで「伊勢半=KISSME」のイメージ醸成をし、店舗展開を増やしている。
環境変化に対応できる経営を目指す
66年から行っている海外展開は、13の国と地域に広がり、東アジアでの売り上げは2桁伸長となっている。
「この会社に入るまで化粧品業界とはあまり縁がありませんでしたが、社内のそれぞれの分野の専門家に教えを請いつつ、経営者としての勉強を積んできました。各分野において、積極的に情報や問題を共有できるように会議体も設けました。私は女性としての顧客目線をとても大切にしています」
「心掛けているのは、社員こそが財産ということ。私自身も楽しく仕事をしたいし、メンバーにもそうあってほしい。各自が能力を上手に引き出せるような環境を用意し、生き生きと仕事ができる会社にしたい。そうしてこそお客さまからユニークな会社として評価され、楽しい仕掛けが用意でき、お客さまが喜ぶような商品を提供することにつながると思います。最近はBCP(事業継続計画)を念頭に置いて経営にあたっています。業界は一昨年のインバウンド需要で原材料不足、在庫品薄で、取引先も工場増設などに追われました。しかし、昨年は大雨や震災などの影響もあって、途中からインバウンド需要も下降線となりました。こうしたいろいろな環境変化にも安定した経営が行えるよう、ケーススタディー作りをし、強い組織となれるよう日々研鑽を積んでいます」
創業200周年に向け、澤田社長は「革新と独創のセルフメークで世界を塗り替える」というビジョンを掲げ、さらなる進化を目指す。
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