今年4月から電力の小売自由化が始まった。自由化前夜には新規参入組のPRや既存電力との料金比較がメディアを賑わせていたが、実際に電力会社を切り替えた世帯は今年7月末現在で全体の3%弱。日本の電力ユーザーが笛吹けど踊らないのはなぜなのか。文=ジャーナリスト/梨元勇俊
東電、関電エリアに乗り換えは集中
経済産業省資源エネルギー庁が5月下旬にまとめた調査によると、今年5月13日時点で既存の電力会社からガスなど新規参入事業者(新電力)に電気の購入先を切り替え申請した件数は約90万件。2015年度の全国の一般家庭向け契約数(約6253万件)の1.44%にとどまった。
切り替えが多いのは東京電力ホールディングス(旧東京電力)の営業エリアで56万4600件と全体の2.46%。次いで関西電力のエリアが19万5100件で同1.94%。大都市圏の巨大市場を抱えるこのふたつのエリアで全体の8割以上を占めている。
次いで切り替え比率が高いのは北海道電力エリアで、3万9500件で同1.43%。北海道は原子力発電の比率が高く、東日本大震災後に電気料金が2度値上げされた。高止まりしたままの電気料金がユーザーの切り替えマインドを刺激したようだ。さらに中部電力エリアは4万9900件で同0.66%。九州電力エリアは2万7400件で同0.44%、東北電力エリアが1万4300件で同0.26%と続く。
離島が多く電力の融通系統が他地域とは異なるため新電力の参入がみられない沖縄電力エリアが切り替え件数ゼロなのは当然か。だが切り替えが数千件にとどまる地域はほかにもある。四国電力エリアは3400件、同0.18%と低迷、中国電力エリアは2200件、同0.06%に留まり、北陸電力エリアも1900件、同0.16%とほとんど動きがみられない。中国は火力発電の比率が高く、北陸は石炭と水力の比率が高いため、自由化の前から他の地域に比べると電気料金の水準が低い。新電力に切り替えてもメリットを感じない契約者が少なくないようだ。
新電力への切り替え総数は7月末には140万件に増えたとされるが、なお全体の3%弱と低迷したままだ。切り替えが進まない原因は地域間格差だけではない。
自由化前、既存の電力会社の一般家庭向け電気料金は各社が発電に掛かるコストや必要経費を積み上げて算出する総括原価方式で国の許可を得て決められていた。自由化後は自由に料金を設定できるため、通信、放送、鉄道、都市ガス、石油などの新規参入各社はそれぞれの特徴を盛り込んだ料金プランを設定している。
携帯電話やケーブルテレビとのセットでなければ契約できないプランがあるし、「2年契約」の縛りを提示するプランやポイントの付与が期間限定のプランもある。契約や解約時に手数料が必要なところもある。“お得感”の単純比較が難しい。
少人数家族では受けられない恩恵
大手シンクタンクが今年6月に全国3万人を対象に行った電力自由化に関するアンケート調査をみると、電力会社を切り替えない理由について「料金プランが分かりにくい」「各社プランの比較のしかたが分からない」「手続きが面倒」の回答が上位を占めた。消費者庁の同様調査でも回答者の約4割が「周囲の状況を見てから変更を検討する」と回答している。ユーザーは切り替えをしないで静観しているが、電気料金が安くなること自体は歓迎なのだ。
にもかかわらず新電力の売り込み先は偏っている。これまでの電気料金は電気の使用量によって料金に差がついていた。電気の使用量が多いほど料金が割高になる一方、省エネやナショナルミニマム(最低限の生活保障)の観点から月間の電力使用量が少ない世帯はもともと電気料金が低く設定されている。だから新電力各社は料金水準が低く値引きが難しい単身世帯よりも「4LDKの戸建て住宅に住む4人家族」など電気の使用量が多い世帯を攻略ターゲットにしている。
言い換えれば、電力自由化のメリットを受けるのは電気をたくさん使う世帯のみで、低所得の単身世帯には自由化の恩恵を感じる機会が少ない。少子高齢化の進展でこうした世帯は今後も増える見通しなのだが。
電力の自由化は、東京や関西など既存の電力会社が地域ごとに独占してきた電力供給のルールを見直して異業種からの参入を促し、企業や個人の選択肢を増やすために2000年3月に始まった。当初は大規模ビルや工場が対象だったが、04年4月に中規模のビルや工場にも緩和され、16年4月からは一般家庭や小売店でも新規参入した電力会社から電気を買えるようになっている。
スマートフォンを操作したり、テレビを見たり、ご飯を炊いたり、通勤や通学の際に電車を使ったり。電気は日常生活の至るところで使われており、生活に不可欠な基本のインフラだ。新しい電力会社が増えれば競争が生まれてユーザーへのサービスの質が上がる。他の先進国に比べて高いとされる電気料金が下がって企業や家計の負担も抑えることができるから経済も活性化するだろう。これが電力自由化の狙いだった。
当初の狙いどおりの成果を上げるには、地域ごとに異なる特性を克服し、すべてのユーザーに電力会社の切り替えに関する適切な情報発信や手続きの簡便化を提供できるかどうかだ。国や新電力各社の一段の奮起を期待したい。
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