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2期連続赤字で液晶工場閉鎖 「液晶のシャープ」の誤算

呉柏勲 シャープ

呉柏勲 シャープ
呉柏勲 シャープ

シャープが2年連続の最終赤字となった。原因は液晶ディスプレイの不振。そのため主力工場、そして、堺ディスプレイプロダクトでのパネルの生産を、9月末までに停止することも発表した。「液晶のシャープ」の誤算はどこにあるのか。文=ジャーナリスト/大河原克行(雑誌『経済界』2024年8月号より)

再建成功から一転。足を引っ張る液晶事業

 「2022年度に新体制が始動してから、2期連続で大幅な赤字となった。24年度こそ、黒字化を成し遂げ、中期経営方針をやり切ることが私の責務である」――。

 24年5月14日に行われた23年度決算発表の席上、呉柏勲社長兼CEOは、ほとんど表情を変えずに、中国語で自らの決意を示した。

 23年度連結業績は、1499億円の最終赤字。前年度の2608億円の赤字からは縮小したが、大きな赤字であることに変わりはない。

 振り返ると、シャープは、12年度には過去最悪となる5453億円の最終赤字を計上。14年度および15年度にも大幅な最終赤字で債務超過となり、東証二部(当時)へ転落した。

 それを救ったのが鴻海である。16年に鴻海傘下で再建をスタート。鴻海で副総裁を務めた戴正呉氏がシャープの社長に就任し、16年度下期には営業黒字に転換させ、17年にはわずか1年4カ月という短期間で、東証一部に復帰している。

 だが、戴氏の退任後、一転して、業績が悪化した。

 最大の要因は、液晶ディスプレイ生産のSDPの減損損失である。22年度のディスプレイデバイス事業は664億円の営業赤字を計上。SDP関連で1884億円をはじめとして、全社で2205億円の減損損失を計上した。さらに、23年度もディスプレイデバイス事業の営業赤字が832億円に拡大。同事業の減損で1223億円を計上している。

 SDPは、戴氏が、会長退任直前の22年6月に、完全子会社化したものであり、それが新経営体制にとっては「お荷物」となってしまったのは皮肉としかいいようがない。

 SDPは、09年にシャープディスプレイプロダクトとして設立し、当初はソニーも出資していた。世界初となる第10世代マザーガラスを用いた大型液晶パネル工場として鳴り物入りで稼働。「液晶のシャープ」を象徴する基幹工場は、テレビの大型化トレンドを捉えたものであり、競合メーカーにとって、大きな脅威になると見られた。

 だが、稼働した時期が悪かった。リーマンショック後の需要低迷と、液晶パネルの過剰生産による価格競争の激化に加え、円高の影響によって国内生産した液晶パネルが、グローバルで価格競争力を失い、SDPの稼働率が当初のもくろみ通りにならないという事態に陥ってしまったのだ。巨艦工場の低迷に、シャープの業績は一気に悪化した。

 このとき、SDPに出資したのが、鴻海の郭台銘CEO(当時)の投資会社である。これに合わせて、堺ディスプレイプロダクトへと社名を変更。SDPの略称はそのまま使用された。だが、長年に渡って業績が回復しない状態が続いており、19年までに、別の投資会社が約8割の株式を取得。シャープは、約2割の株式を保有しているにすぎず、この株式も売却する方向で検討していた。

 しかし、呉氏が一転して、SDPの完全子会社化の意思を固めた。

 呉氏は、当時、「国際情勢や大型パネルの市場動向、シャープの事業戦略などを勘案すると、今このタイミングで完全子会社化することが、将来のシャープにとって、必ず良い決断になると考え、今回の決定に至った」とし、「テレビのコスト構造において大きな割合を占めるパネルの安定調達が極めて重要になるなかで、完全子会社化が、グローバル市場での競争を勝ち抜き、より収益性が高いテレビ事業を展開できる」と、完全子会社化の理由を挙げた。

堺工場は業態転換。データセンターに

 だが、この判断は、むしろ足かせになってしまった。

 呉氏は、「前経営陣の判断に、プロセス上の責任はない」としながらも、「市場変化により、当初想定した再生計画の遂行が困難になった。そこで、SDPの生産停止を決定した」と語る。

 SDPは、今後、液晶パネル生産を停止し、インドの有力企業への技術支援を行う一方、建屋およびユーティリティは、AIデータセンターとして活用。AI関連ビジネスなどへの事業転換を進めることになる。

 また、生産に従事していた社員を対象に、社外転身支援プログラムを用意する。2年前に、戴氏が、「SDPには多くのシャープ社員が出向しており、実質的には事業共同体」と位置づけていただけに、今回の措置に裏切られた気持ちを持つ社員もいるだろう。

 また、中小型パネル事業も構造改革の対象になる。亀山第二工場では、日産2千枚を1500枚に規模を縮小するほか、三重第三工場では、日産2280枚から1100枚へと生産を縮小。さらに、堺工場のOLEDの生産ラインも閉鎖することになる。「生産能力の縮小や、人員の適正化など、固定費の削減を進め、赤字幅の縮小に取り組むことで、適正な規模での生産を続ける」という。

 これらの施策によって、日本で生産される液晶パネルを使用したテレビは、亀山工場で生産された液晶パネルを使用した一部の中小型テレビだけになる。

 呉社長兼CEOは、「シャープには、長年抱えている構造的課題がある」と指摘、それは、まさにSDPが抱えていた問題ともいえる。「デバイス事業は、その事業特性から、毎期、大きな投資が不可欠である。だが、SDPやシャープは、長い間、技術投資や工場投資が十分に行えず、徐々に競争力が低下し、これにより新たなカテゴリーや顧客といった成長分野に向けた開拓が進まず、結果として、市場の変化の影響を受けやすい事業構造に陥っていた」と語る。

 SDPの液晶パネルの生産停止は、今のシャープには、この生産拠点を維持できる力がないことを自ら示したものともいえる。いや、そもそも、SDPは、設立当初から、シャープの手に余る存在だったともいえるのかもしれない。

 今後、シャープは、大型液晶パネルの自社生産は行わないが、次世代パネルのnano LEDディスプレイの開発や、車載向けディスプレイの開発は進めるという。

 「シャープにとって、ディスプレイが大切な事業であることは理解している。巨額な投資を必要とするディスプレイ事業からは撤退するが、コアテクノロジーを保有しながら、開発は継続的に進めることになる」と、今後の液晶事業の方向性を示す。

 「液晶のシャープ」の看板は下ろさないものの、看板の文字は薄れ気味だ。

次の100年を目指しブランドを再度強化

 シャープは、経営再建に向けて、27年度を最終年度とする中期経営方針を打ち出した。

 24年度を「構造改革」の1年とし、黒字化を必達目標に掲げる一方、25年度から27年度までを「再成長」の3年と位置づけ、将来の飛躍に向けた変革に取り組む。その上で、28年度以降、グローバルエクセレントカンパニーを目指す。

 中期経営方針の柱に位置づけているのは「アセットライト化」と「ブランド事業への集中」だ。

 アセットライト化では、SDPを中心としたディスプレイデバイス事業の構造改革だけでなく、カメラモジュール事業および半導体事業も、親和性が高いパートナー企業に事業譲渡することを明らかにした。

 つまりデバイス事業は、規模を大きく縮小し、シャープの業績に貢献する事業ではなくなるというわけだ。

 その一方で、ブランド事業が、今後の成長を牽引することになる。

 シャープのブランド事業は、白物家電やエアコン、エネルギーソリューションで構成する「スマートライフ&エナジー」、複写機やDynabookブランドのパソコン、インフォメーションディスプレイによる「スマートオフィス」、テレビやスマートフォンを中心とした「ユニバーサルネットワーク」の3つの事業体制としている。

 いずれの事業においても、抑制していた投資を再拡大し、売上高と利益成長を目指すとともに、成長領域へのシフトを加速、創出したキャッシュを先端技術に投資して、成長する新産業分野での事業機会の獲得に挑戦する考えだ。これを「正のサイクル」と位置づけており、デバイス事業の「負のサイクル」とは異なる事業構造を目指す。

 呉社長兼CEOは、「創業112年目を迎えたシャープが、次の100年を目指すため、ブランドを再度強化し、新たなチャンスを掴み、イノベーションを起こすブランド企業になることを目指す」と基本方針を示す。

 そして、今回の中期経営方針の策定には、鴻海の意向がより強く反映されている点が見逃せない。

 鴻海科技集団の劉揚偉董事長は、「シャープの最大の懸念事項であるSDPに適切な手を打ち、AIデータセンターなどへの転用を図るとともに、デバイス事業のアセットライト化を鴻海と協力して進める方針を、私は支持している。鴻海は常にシャープと手を携えている。鴻海のグローバル戦略と実行力が、シャープの成功の原動力になると確信している」と語る。

 その言葉どおり、シャープは6月3日シャープとデータセンターを共同で設立すると発表。さらに7日には堺工場の敷地の6割をソフトバンクのデータセンター用に売却することが明らかになった。

 呉社長兼CEOは、「鴻海との連携をより一層強化し、構造改革と再成長の両面において、鴻海のリソースを有効に活用し、構造改革と再成長の取り組みを加速する考えである」と語る。

 鴻海では、「3+3トランスフォーメーション」戦略を推進しており、三大未来産業として、「EV、デジタルヘルス、ロボティクス」を打ち出し、三大コア技術(プラットフォーム)として、「AI、半導体、次世代通信」の3分野を挙げている。これらの分野でのシャープとの連携が進むことになる。

 鴻海の関与が強くなるなかで、シャープはブランド企業へと舵を切り、デバイス企業としての存在感が薄まることになる。

 かつては、「1・5流の家電メーカー」、「顔の見えない会社」と言われてきたシャープだったが、01年にパネルを自社生産する液晶テレビ「AQUOS」を投入したことにより、「液晶のシャープ」として高いブランド力を築いたのは多くの人が知るところだ。

 デバイス事業を縮小することを決断したシャープがブランド事業でどんな成長ができるのか。危うさを感じるのは筆者だけではあるまい。