経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

99%の大幅減益で見えてきた日産自動車を蝕む根本的病巣

99%の減益ということは、事実上利益がゼロになったということだ。そんな事態に陥ったのが日産自動車。その理由についてアメリカでの商品切り替えが遅れたのが原因と内田誠社長は説明するが、詳しく分析すると、日産の宿痾が見えてきた。(雑誌『経済界』2024年10月号より)

BEVのトップのはずが今では後塵を拝することに

 営業利益が前年同期の1285憶9500万円に対して実に99%減となる9億9500万円、売上高営業利益率はわずか0・033%という衝撃的な数字が飛び出した日産自動車の2024年度第1四半期決算。折しもこの会計期は円安ドル高が亢進し、グローバル企業にはそれが強烈な追い風となっていた。にもかかわらず実質赤字にも等しい大減益を記録したことで、日産の経営の前途がにわかに危ぶまれている。

 内田誠社長はこの減益について、アメリカの商品切り替えが遅れ、それをカバーするためにディーラーの値引き原資となる販売奨励金を積み増したことが主因で、厳しい数字ではあるものの下期には正常化すると語った。

 日産は今回の決算発表に合わせ、通期業績の見通しについて営業利益6千億円から5千億円へと1千億円下方修正している。期初予想から16・7%も利益が減少するのは大きな打撃ではあるが、減益は今四半期だけで通期では元の事業ペースに戻れるということでもある。日産としては経営が堅調であることを示すつもりだったのだろう。

 が、仮に一過性の減益で終わらせることができたとしても、販売台数や利幅の大きなモデルの比率の変動、販売奨励金の積み増しで3カ月で1千億円以上もの減益要因になるのは異常だ。また7月に入って日本による円買いドル売りの為替介入、景気先行き懸念に伴うアメリカの金利低下などで為替相場が10円以上円高に振れるなど、今度は経済的な地合いにも懸念が生じてきた。先行きは依然として不透明と言わざるを得ない。

 なぜ日産はこれほどまでに外的、内的変動要因に弱いのか。その要因としてしばしば取り沙汰されるのは、バッテリー式電気自動車(BEV)に経営資源を集中させるあまり、エコカーとして人気が高まっているハイブリッドカーの品揃えを十分にできなかったということだ。スティーブン・マーCFO(最高財務責任者)も北米におけるハイブリッドカー市場の成長に圧迫されたことも苦境の一因として挙げている。

 が、日産にとって電動化政策は些細な問題だ。市場では日産=BEVというイメージを持たれているが、日産のビジネスに占めるBEVの割合は1割に遠く及ばない。10年にBEV「リーフ」を市販したという点では三菱自動車と並ぶ世界のBEVのパイオニア的存在と言えるが、今では完全に世界のベストテン圏外である。

 20年、日産はBEVの新商品「アリア」を発表した。今日の自動車市場のど真ん中商品であるクロスオーバーSUVで、大型バッテリーに高出力モーターを組み合わせた高性能車だったが、量産に手間取り発売したのは翌21年。その後も生産体制が整わず、世界販売は僅少だった。日本では22年に軽自動車のBEV「サクラ」を発売し、一時は好評を博したが、いかんせん国内限定モデルということもあって、日産の世界販売を押し上げるほどの効果は得られなかった。要するにBEVが真の意味で日産の基幹ビジネスになったことは一度もないのである。

 ならばBEV開発のリソースの一部をハイブリッドカーに割いていれば今の苦境を回避できたのかというと、それも疑問だ。たしかに環境規制強化に対応する燃費向上策としてハイブリッド化は重要なソリューションではある。が、足元を見ると23年のアメリカにおけるライトトラックを含む乗用車の販売に占めるハイブリッドカーの割合は8%弱にすぎなかった。ハイブリッドカーの販売世界一のトヨタ自動車でさえ、アメリカではエンジン車が圧倒的主力なのである。今、ハイブリッドカーのラインナップが薄いからといって、それがアメリカでの日産の立場を即座に悪くすることはない。

モデルチェンジ失敗で奨励金が増え利益が減る

 日産の課題は、実はモデルチェンジの遅れ、BEVへの傾倒やハイブリッドカーのラインナップの薄さといった表面的なこととは別のところにある。課題は大きく分けて3つ。まずはここ数年、真にヒット商品と呼べるモデルを生み出せていないこと。次に売り上げに対する製造原価の比率が高すぎること。そして生産をタイムリーに行えていないことだ。

 まずは商品の問題。日産にとって収益面で最も重要な市場はアメリカだが、そこでの最多販売モデルであるSUV「ローグ」をはじめ、多くの商品のフルモデルチェンジに事実上失敗した。

 前出のSUV、ローグはコロナ禍真っ只中の20年に現行型にフルモデルチェンジされたが、販売台数は旧型の年40万台から20万台強へと激減した。結果、在庫が積み上がり、それを掃くのに膨大な販売奨励金を用意する必要に迫られた。通常、消費者の人気を獲得できたモデルであれば、値引きを絞っても計画通りに売れる。アメリカでは生産が間に合わなければプレミアムが乗ることもある。要するにそういう商品に仕立てられなかったことが問題なのだ。

 第2の問題は売り上げに対する製造原価の高止まりである。24年第1四半期の総売り上げに対する原価率は86・6%に達した。完成車メーカーにとって、この数値は80%台前半、できれば80%以下に抑えたいところで、80%台後半というのは完成車メーカーとしてなかなか身動きが取れない水準である。

 原価率が高い原因は、ひとえに商品を安く作れず、高く売ることができていないことにある。日産はゴーン・ショック後の経営の混乱やコロナ禍の中、自動車事業は赤字でそれを販売金融の黒字で埋めるという苦しい経営を続けてきた。その自動車事業が22、23年とようやく単体で黒字になったが、この第1四半期は再び赤字に転落した。

 販売金融を除く自動車事業で利益を確保するにはより高く売れる商品をより安いコストで作る必要があるが、商品の開発に数年がかかる自動車産業ではそれは一朝一夕にはできない。現在発売に向けて準備が進められているモデル群が高く売れるだけの商品力を適正コストで作られているかどうかは未知数だが、当面厳しい戦いが続くと予想される。

 そして第3の問題である生産をタイムリーに行えていないこと。一例はBEV「アリア」である。量産BEVのパイオニアでありながらテスラに抜かれた後は世界でのポジションを後退させる一方だった日産が電動化分野での巻き返しのために20年に発表した〝決め球〟だったのだが、AI(人工知能)をはじめ新技術を投入した工場の新しい生産ラインがトラブル続きで、実際に量産が本格化したのはそれから2年以上も後になった。

 アリアはBEVの弱点と言われる航続力、急速充電性能などを大きく進歩させつつ、静かで寛げる車内や豊かな装備品など商品性の面でもBEVの新機軸となることを狙ったモデルで、電動化に関する日産の知見の高さを世界に示すだけの実力を有していた。が、進化の早いBEV分野で2年の停滞は致命的で、せっかくの力作もBEV市場で主役になることはなかった。

 アリアは一例で、コロナ禍の部品不足、資材高騰などの影響から脱するのは世界の自動車メーカーの中でもかなり遅かった。開発した商品がどれだけ優れていても、適時投入できなければライバルとの競争に敗れるというのは自動車ビジネスの常。日産はその罠に陥ってしまった。

 日産にとってはゴーン・ショック後の混乱を収拾できないうちにコロナ禍に見舞われたという不運な側面もあった。が、失われた時は返ってこない。日産は今後、態勢を立て直すことができるのだろうか。

「技術の日産」は健在も高付加価値につながらない

 ある競合メーカーの技術系首脳は日産について、研究開発面では妥当性がある一方、商品作りでは柔軟性に欠けると評する。 

 「日産の論文やロードマップ(技術・商品計画)の発表をみるかぎり、電動化、内燃機関の効率向上の両取りで非常にバランスが取れていると思う。中でも次世代電池の電極に高性能化のカギを握る金属リチウムを使うと明言したことは、少なくとも次世代環境技術でトップランナーグループから外れないという意思表示をしたようなものです。自動運転や人工知能の研究も先進的です。一方でエンドユーザー向けのクルマとなると、付加価値を取れないでいるのにその路線をなかなか変えられないでいる。課題はリサーチ(研究)よりデベロップメント(開発)であるように感じられます」

 この分析は商品性の欠如によって在庫が積み上がり、それを売り切るために結局多額の販売奨励金を出さざるを得なくなったという今の日産の状況と符丁する。10年後、20年後を見据えた投資は得意だが、目前の課題への対応が下手でプランが水泡に帰するというのは日産が過去にも多々踏んできた轍だ。

 そんな日産にとって、今後の生命線のひとつとなるのは言うまでもなくホンダとの提携だ。

 ホンダは二足歩行ロボット、人工知能、再生可能エネルギー開発など先端分野で高い研究開発力を持つが、7代目社長の伊東孝紳氏時代にせっかくの先端研究を中断させてしまったり、単独主義がクルマのデジタル化の時代に合わなかったりといった理由で近年は精彩を欠いていた。

 クルマのデジタル化や電動化で重要となるのは自社の作った規格にどれだけ多くの会社やユーザーが乗ってきてくれるかだ。40年にオール電動化という目標を打ち出したものの手詰まり感が強まっていたホンダが提携に乗ってきたのは、日産陣営としては渡りに船。ホンダにとっても日産の研究開発の成果を導入することで閉塞状況を突破できればこのうえないプラスになる。悪くない組み合わせというのがもっぱらの業界評だ。

 それでも埋まらないのは同じコストでより高く売れる〝高付加価値な商品作り〟というピースである。これがなければ売上高に占める原価率を引き下げ、営業利益の原資となる総利益を増やすことができない。とどのつまり、売れるクルマ作りという自動車メーカーにとってあまりにも普遍的なテーマにどう取り組むかが、高コスト体質で有事のたびに利益が吹き飛ぶという現在の日産の状況を変えるカギと言えよう。