アマチュア無線、業務用無線、船舶無線、航空無線、衛星無線まで幅広い無線機を製造するアイコム。その高い無線技術に裏付けられた性能と堅牢性から日本だけではなく、世界中のユーザーから高い評価を得ている。その評価の理由は、「メード・イン・ジャパン」品質を作り続ける企業姿勢にある。文=井上 博(雑誌『経済界』2025年4月号より)
中岡洋詞 アイコム代表取締役社長のプロフィール

なかおか・ひろし 1984年アイコム入社。94年アイコムアメリカへ赴任、99年アイコムアメリカ社長就任。2006年取締役を経て21年代表取締役社長就任。
世界180カ国に進出する無線機ブランド「アイコム」
1980年に発売した手に持てるサイズに小型化したアマチュア無線機「IC-2N」が販売台数220万台と全世界でヒットし、世界のアマチュア無線愛好家の間でその名を不動のものにしたアイコム。今ではアマチュア無線から業務用、船舶、航空、衛星までを手掛ける世界でも類を見ない総合無線機メーカーとして知られ、無線業界では「アイコム」ブランドは高い知名度を誇る。
「無線機はインターネットや携帯電話のように通信回線や基地局などの設備の必要がないため、災害時に強く、『最後の通信手段』と言われています。特に一斉同報ができ、操作が簡単な無線機は警察や消防、交通、行政機関など安全・安心に関わる現場で使われることが多いだけに、高い通信性能に加え、堅牢性と信頼性が求められます」と語るのは、アイコム社長の中岡洋詞氏。
アマチュア無線機では世界中の目の肥えた愛好家に選ばれる人気ブランドとして知られる同社だが、98年にアマチュア無線機をベースに開発した業務用無線機が米国国防省に採用されたことを機に、業務用へと事業を拡大させていく。米国国防省の調達基準「ミルスペック」をクリアし、米メーカー以外では初の納入までこぎつけたのが当時、米国法人に赴任していた中岡氏。この実績を買われアイコムアメリカの社長に就任した中岡氏は、各州や自治体政府、警察や保安官、公共交通機関への採用を実現させ、業務用でも「アイコム」ブランドを確立する。この米国での実績が日本をはじめ世界各国に伝わり、今や世界180カ国に販路を拡げ、年間100万台以上を生産するまで企業規模を拡大させた。
「当社は、祖業のアマチュア無線機で培ってきた無線通信で使う『RF(高周波)』の電波を操る技術、そして関連特許も保有しています。操るとは、目的周波数以外への電波漏れによる干渉やノイズを抑え、最適な情報量と距離へと無線が届くようにすること。業務用、船舶、航空、アマチュア用と幅広い製品が提供できるのは、他社にはないRFの低い周波数から高い周波数までを操る技術の蓄積があればこそ」と、中岡氏は同社の持つ強みを説明する。
「製品の企画から設計、製造までを自社で行う『国内完全生産』も当社の強み。安全・安心に関わる現場で使われる製品だけに、メーカーとして自社製品を自社内で生産・管理できることはユーザーの安全・安心にもつながっていきます」
全製品を製造する和歌山県にある製造子会社「和歌山アイコム」の2つの工場では、社員一人一人が毎月1件の改善項目を提出する「カイゼン」活動を創業開始から約35年を続けている同社。国内完全生産とカイゼンで「メード・イン・ジャパン」の品質向上への取り組みが「アイコム」ブランドを支えている。
世界でシェアが拡大する中で出回る模倣品への対策

アイコムの無線機が世界各国でシェアを拡大するにつれて、「メード・イン・ジャパン」の宿命ともいうべき模造品が出回り始める。2021年にはタイ国内の模倣品業者がタイ法務局特別捜査局によって摘発され、アイコム製品を含む同業他社製品の模倣品4万点近くが押収された事例もあるが、いまだに世界のどこかで模倣品が作られている。
「近年、販売実績の多い海外モデルの模造品が確認され、中には当社の型番にはない製品に当社ロゴを付けたケースもありました。模造品が多い製品には、ホログラムシールないし独自の認証QRコードを貼付して出荷し、正規品であることを確認できるシステムを導入していますが、一方で、ホログラムシールの偽造や、偽のQRコードから偽サイトに誘導する悪質な例も確認しています」と、中岡社長は模倣品とのイタチごっこの現状を説明する。
昨年9月19日、欧州の販売子会社宛に報道機関から「レバノンでアイコムの社名が記載された無線機が爆発したが、その機種は『IC-Ⅴ82』ではないか」と、連絡が入った。すぐさまそのことが日本時間の深夜に中岡社長に連絡が入り、朝6時に関係者が集まった会議では、報道内容の確認やSNSなどで情報取集と事実確認が行われた。
「『IC-Ⅴ82』は14年に終売した海外向けモデルで、中東でも模造品が出回っていることが確認された製品のひとつ。終売製品だけに海外の販売店に在庫はほぼなく、正規の交換用バッテリーも終売しているため稼働できるものもほぼないはず。さらに当社製品に貼ってあるはずのホログラムシールもないなど、いくつかの事実から模倣品であると判断し、まずは確認できた事実のみをその日のうちにHPとニュースリリースで発表しました」
翌20日にはレバノンの通信大臣が現地メディアのインタビューに答え、「無線機は総合安全保障局と通信局の承認がないと輸入が許可されない。爆発した無線機は許可のないものである。正規代理店が輸入したものではない。記載された型番の正規品(アイコム製)は製造が終了しており、他国から同型番の模造品が持ち込まれていることも確認している。公式に輸入された製品に危険性はない」と、レバノン国内での電話や無線機に対する不安を解消するコメントを出したことも確認でき、同社の発表を裏付ける形となった。24日には、模倣品対策の強化策としてホログラムシールから信頼性の高いQRコードによる認証システムに順次集約することも発表するなど、迅速な対応が風評被害を最小限に抑えた。
「輸出の際は、当社策定の安全保障貿易管理に基づく輸出プログラムによって正規代理店に届くまで厳密な管理体制をとっています。また、工場でもISOに基づく厳格な管理体制のもとで生産し、既定の部品以外は使用できません。加えて、梱包した後に重さを測り、数グラムでも異なると出荷できない体制も敷いているためペン1本も入れることはできません」という中岡社長の言葉通り、徹底した品質管理も「アイコム」ブランドを支えている。
日本に限らず世界中で自然災害が増え、無線機の役割が大きくなる今、アイコムの「メード・イン・ジャパン」の品質は災害の現場での安全・安心を支えている。