誕生50年で閉館する銀座のソニービル
東京・銀座の数寄屋橋交差点に位置するソニービルは、ちょうど50年前の1966年に誕生した。その8年前には銀座にショールームを構えていたが、ビル一棟まるまるショールーム化したのがソニービルだった。
ソニービルが開業した時、盛田昭夫社長(当時)は日経新聞に次の一文を寄せた。
《(前略)このビルの建設につい、手放しで喜んでいいのかどうか、いまだに悩む点が無きにしもあらずである。その一つは、電気の専業メーカーであることをモットーとしてきたわれわれが、日本で一番値の高い土地――すなわち、それは世界で一番高い土地だと思うが――そんなぜいたくな所に、ビルなどを建てること自体正しいのかどうか。人によっては、一電機メーカーの分野で正気の沙汰とは思われないかもしれないし、思い上がりもはなはだしいと言われるかもしれない。第一、やっている私自身、その当時、とんでもないことだと思った。ついこの間まで、やるべきではないか、とまで真剣に考えていたのが本音である。(後略)》
当時のソニーの売上高はわずか469億円にすぎない。現在の100分の1以下の規模だ。他の電機メーカーはというと、日立3400億円、松下電器(現パナソニック)2500億円と、ソニーとは桁が違う。急成長を続けていたとはいえ、ソニーはまだまだ弱小メーカーだった。そんな会社が銀座の一等地にビルを建てたのだから、盛田社長が世間の評判を気にしたのも当然だった。
しかしそれは杞憂に終わった。ソニービルはすぐに銀座の風景に溶け込み、ソニー製品に興味を持つ人たちで賑わい、ソニーの成長スピードもさらに加速した。ソニー製品をPRする場として、ソニービルは期待以上の役割を果たした。
そのソニービルが、来年3月末日を持って閉館となる。その後は地上部分を取り壊し、跡地を「銀座ソニーパーク」として開放する。東京オリンピック閉幕後の2020年秋には新たにビルを建設し、22年に新ソニービルとして、再スタートする計画だ。
そこでソニーでは、閉館までの間、ソニーの歴史を回顧する「It's a Sony展」を開催する。ここではソニービルの歴史とソニーがまだ東京通信工業だった時代からの歴代のソニー商品約730点が展示されている。これさえ見れば、ソニーのモノづくりの歴史が分かる展示会で、11月12日午前11時のオープンと同時に、多くの人が訪れた。根強いソニー人気をうかがわせる光景だった。
金のモルモットと盛田のユニフォーム
入ってすぐのところにあるのは、著名人の思い出のソニー商品で、平井一夫社長がインタビューで語っていた「スカイセンサー5800」もここに飾ってある。それを通り過ぎると、創業者の井深大氏が書いた「設立趣意書」や、創業間もない時期に糊口をしのぐためにつくった電気釜などが展示されている。そしてこのコーナーでひときわ存在感があるのが、金のモルモットだ。
これは評論家の大宅壮一が週刊誌に書いた記事がきっかけだった。
《トランジスタでは、ソニーがトップメーカーであったが、現在ではここでも東芝がトップに立ち、生産高はソニーの2倍半近くに達している。つまり、儲かると分かれば必要な資金をどしどし投じられるところに東芝の強みがあるわけで、何のことはない、ソニーは、東芝のためにモルモット的役割を果たしたことになる》
これを読んだ井深は憤慨するが、やがて「モルモット精神があれば、いくらでも新しい仕事がある」と考えを改めた。60年、井深は藍綬褒章を受章する。それを記念して、社員は井深に金のモルモットを贈り、井深は終生、これを大事にした。
展示会のオープン初日、会場には平井一夫社長も姿を見せたが、その襟には金色に光るものがあった。これは金のモルモットを模したもので、70周年を記念して社内で開催したサマーフェスタの記念グッズ。この一事をもっても、金のモルモットが今でもソニーのベンチャー精神の象徴になっていることが分かる。
このモルモットのように、展示物の中にはソニー製品ではないものもある。その中のひとつが、ソニーのユニフォームだ。
ベージュ色の薄手のジャケットで、季節に合わせて袖が着脱できる。これは81年に三宅一生がデザインしたもので、盛田はこのユニフォームをとても気に入っていた。
盛田は93年に脳出血に倒れ、翌年に取締役を退任したが、最後の取締役会には、このユニフォームを着て出席した。盛田のユニフォームへの愛着が分かるエピソードだ。会場には、実際に盛田が着たものが展示されている。
このユニフォーム、今では廃止されているが、ソニー社内では、今なお着ている人を見かけることができる。また平井社長はソニー・ミュージックに入社したためユニフォームは支給されなかったが、ソニーに転じた時に、わざわざもらったという。
もちろん歴史的な製品も数多く展示されている。
「G型テープレコーダー」、トランジスタラジオ「TR55」は、いずれも日本初。ブラウン管テレビに革命を起こした「トリニトロン」や音楽を外に持つことに成功した「ウォークマン」、子どもの運動会の必需品だったパスポートサイズのビデオカメラ「ハンディカム」等々、ソニーファンには垂涎の的の製品ばかりだ。
その一方で、ペットロボット「アイボ」、2足歩行ロボット「キュリオ」のプロトタイプ、世界初の有機ELテレビ「XEL-1」など、事業化したものの撤退に追い込まれた製品も多い。ソニーはロボット事業への再参入を表明しているが、アイボやキュリオの事業をそのまま継続していたら、と思わざるを得ない品々だ。
このほか、最近のソニー製品や、新規事業創出プログラムから出た野心的な製品も展示されている。ソニーの歴史だけではなく、今後の方向性を読むことができる。
「It's a Sony展」は来年3月31日まで開催されている。(一部敬称略)
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