10年前の雌伏の期間を経て最高益を更新し続けるなど業績好調のソニーグループ。吉田憲一郎社長は同社を率いて3年半がたつが、この間の最大の成果は「パーパスの定義と定着」だという。ソニーに限らず、最近パーパスを導入する企業が増えている。でも一体、パーパスって何だ?(『経済界』2022年1月号より加筆・転載)
経営理念としての「パーパス」の意味とは
企業理念と一口にいっても、企業ごとに表現方法はさまざまだ。「綱領」を定めている会社もあれば、かつての電通の「鬼十訓」のような形もある。
最近多いのは、「ミッション」「ビジョン」「バリュー」の3つのカテゴリーで構成されるものだ。ミッション=使命は会社が社会の中で果たすべき役割であり、ビジョン=将来像は会社の目指す企業イメージだ。ビジョンはミッションを実現するための将来像として描かれるため、ミッションがビジョンの上位に来ることが多いが、企業の中には、ビジョンで未来を描いた上で、そこで果たすべき役割としてミッションを掲げているケースもある。そしてバリュー=価値とは、ミッション、ビジョンを実現するため、自らが提供する価値は何かを定義し、行動の基準となるものだ。
しかし最近は「それだけでは不十分。『パーパス』が必要だ」という意見もあり、実際、ソニーグループのように、パーパスを制定する企業も増えている。
パーパスを直訳すれば、「目的」ということになるが、企業理念として語るときは「存在意義」として訳されることが多い。自社がなぜ存在しているのか、社会に対して何を貢献できるのか、という意味だ。
株主資本主義の否定から始まった「パーパス」
パーパスが注目を集めたのは、2019年夏にアメリカの主要企業が名を連ねる財界ロビー団体であるビジネスラウンドテーブル(BR)が発表した「企業の目的に関する声明」がきっかけだった。
この声明には企業トップ180名が署名したが、その最後は「どのステークホルダーも不可欠の存在である。私たちは会社、コミュニティ、国家の成功のためにその全員に価値をもたらすことを約束する」と締めくくられていた。
それまでの米国企業にとっては、ノーベル経済学賞の受賞者でもあるミルトン・フリードマン・シカゴ大学教授が1970年に唱えた「企業の社会的責任は利益を増やすことにある」が常識だった。利益を上げ、株主に還元することを最重視する「株主資本主義」は、アメリカのみならず世界経済を「支配」した。
BRの声明は、この株主資本主義を否定するものだっため大きな話題となり、「ステークホルダー資本主義」が経営者たちの共通認識となった。翌年1月のダボス会議(世界経営者フォーラム)でも、ステークホルダー資本主義への転換は主要テーマとして取り扱われている。
株主資本主義の時代は、利益を上げることを目的に企業経営すればよかったから単純だった。売り上げを伸ばし、支出を減らす。大幅な人員削減でコストカットした経営者が評価を高めたのもそのためだ。
しかしステークホルダー資本主義となると、価値を提供しなければならない範囲が広すぎるため、企業経営の焦点が定まらない恐れがある。そこで焦点をはっきりさせるために、企業が策定するようになったのがパーパスだ。自らの存在意義と、どのような価値を提供するかを明確にし、それを企業経営に落とし込むことで、社会からの信頼を得ようというのである。
今アメリカでは、パーパスは投資家が企業選別する際の大きな指標となっているため、IRの観点からも重視されるようになっている。
パーパスを導入した日本企業
ソニー―エレキとエンタを両立させる存在意義
その波は日本にも押し寄せている。ソニーGはこれまでも、カンパニー制や執行役員制、委員会制度など、アメリカの経営制度をいち早く取り入れてきただけに、パーパスを採用するのもある意味当然といえるのだが、実はソニーGがパーパスを制定したのは19年1月。BRの声明より半年以上前のこと。まだ社名がソニーの時代だった。
その前年の4月、ソニーは平井一夫氏に代わって吉田憲一郎氏が社長に就任する。そして吉田社長は7月からパーパスづくりに取り組み始めたという。
ソニーは2期連続で最高益を記録するなど最近の業績は絶好調。しかしその一方で、自らが何の会社かの定義に苦しんでいた。ソニーの源流はエレクトロニクスだが、今では生保、銀行などの金融部門や、映画、音楽のエンターテインメント部門も合わせ持つ世界でも唯一無二の会社である。
少し前まで、「ソニーはエレキの会社」と誰もが疑わなかったが、リーマンショック以降エレキ事業が赤字に転落する一方で、金融やエンタメ部門、さらにはゲーム事業が安定的に利益を上げるようになった。その頃から、「ソニーは何の会社か」という議論が起きるようになり、2代前の社長が「ソニーの本業を再定義する」と言ったほどだった。
平井前社長は、エンタメもエレキと並ぶ本業と位置付け「One Sony」の言葉のもと、全社をまとめ上げ、ソニー復活を果たす。そして後を継いだ吉田社長は、ソニーの存在意義の定義に着手する。
そうやって生まれたソニーのパーパスは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というものだった。この言葉にはエレクトロニクスやエンターテインメントという単語はないが、クリエイティビティとテクノロジーは、エレキ、エンタメ両方に通じる単語であり、それにより感動体験を消費者に与えるというのは、常に「ソニーらしさ」を求められるソニーならではのパーパスと言えるだろう。
21年5月、ソニーGは経営方針説明会を開く。その席で吉田社長は、3年間を振り返り、「ソニーの存在意義、パーパスを定義し、それを企業文化として定着させてきたことが私にとっては最も重要な成果でした。特に昨年から続いているコロナ禍において、当社の11万人の社員は感動を世界に届け続けることの社会的意義を実感したと思っています」と語っている。
その上で「パーパスを軸にクリエイティブエンターテインメントカンパニーとしてのソニーの経営方針を話します」と、今ではソニーGにとってパーパスが隅々まで不可欠になっていることをうかがわせた。
サイバーエージェント―人材採用にプラスに作用する「パーパス」
一方、10月5日に新たにパーパスをを発表したのがサイバーエージェントで、「新しい力とインターネットで日本の閉塞感を打破する」。
パーパスをつくった理由について創業者の藤田晋社長はオウンドメディアの中で「社員と話す中で『仕事を通じた社会への貢献を感じ取りたい』という彼らの欲求には切実なものがあると感じていました」と語っている。続けて「当初からインターネットビジネスに取り組み、まるで高度成長期の企業かのように成長を続けてきたサイバーエージェントは、これまでは会社や事業を拡大することがステークホルダーの利害と一致していましたし、その勢いに仕事のやりがいを感じる社員も多かったのです。しかし、会社の規模も大きくなり、世の中も大きく変化している。パーパスをつくるには今が良いタイミングだと思いました」とも。
今も昔も、仕事に何を求めるかと聞かれたら「やりがい」と答える社員は多い。ただし今と昔はその質が違う。少し前まではやりがいとは、仕事の面白さや事業の成長性だった。自分の携わる事業が世の中を変える可能性があることが、仕事への原動力になっていた。
ところが今は、藤田社長の言葉にあるように、「社会に対してどんな貢献できるか」を仕事や会社選びの基準に置く人が増えている。そうした人たちの期待に応える意味でも、パーパスは重要だというのだ。
少子化は進む一方で、コロナ禍にあっても人手不足が続いている。そのため若くて優秀な人材に関しては熾烈な争奪戦が起きている。そこで人材獲得の大きな武器となるのが、社会貢献だ。給料が高い、福利厚生がしっかりしている、海外赴任のチャンスがあるというのは、一昔前の人気企業。今では社会に貢献し、なおかつそれを世間にPRすることが、人材獲得に不可欠となっている。パーパスはそうした役割も果たしている。
ゆめみ―パーパスによって働く意味を問い直す
「パーパスを制定してから、こういう会社なら入社したいという応募者が増えています」と語るのは、ベンチャー企業、ゆめみの片岡俊行社長だ。ゆめみは、2000年に誕生した会社で、DXの内製化を支援している。多くの企業、特に中堅以下の企業はDXを推進したくても、社内に人材がいないためにアウトソーシングせざるを得ないが、コストがかかるばかりで思ったような成果が上がらないケースが多い。そこでゆめみは内製化を支援しており、ミッションは「アウトソーシングの時代を終わらせる」というものだ。
しかし、それ以上にユニークなのが働き方で、「ティール組織」という概念に基づき、管理職を置かず、社員一人一人に代表権並みの権限を与えている。
これを明文化したのが同社のパーパスで「働く意味を問い直し、組織のひずみを無くす」というものだ。片岡社長は、「パーパスは存在意義であると同時に、達成したら会社が存在する必要がなくなる『存在目的』だ」と言う。このパーパスを掲げて以来、ゆめみには、新しい働き方で社会を変えたいと考える人たちの応募が増えているという。
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このように、パーパスは社会に対する強いメッセージともなる。その存在意義が評価されれば、入社志望者が増えるだけでなく、志を同じくする企業とのコラボレーションも可能となる。
その意味で、老舗からベンチャーまで、パーパスを重視する企業は今後さらに増えていきそうだ。