経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

直観で見抜く「骨太のテーマ」が企業を100年つなぐ―佐藤慎次郎(テルモ社長CEO)

北里柴三郎が発起人の一人となり1921年に設立された医療機器メーカー・テルモ。国産体温計の製造から事業を始め、その後も血圧計や注射器、さらにはカテーテル治療や心臓外科手術、細胞治療などの先端医療に関わる製品やサービスまで提供し医療を支えてきた。佐藤慎次郎社長に100年企業の心構えを聞いた。(『経済界』2022年3月号より加筆・転載)

佐藤慎次郎・テルモ社長CEOプロフィール

佐藤慎次郎・テルモ社長
(さとう・しんじろう)1960年7月東京都出身。84年東亜燃料工業(現・ENEOS)、99年朝日アーサーアンダーセン(現・PwC Japanグループ)入社。2004年テルモ入社、10年執行役員・経営企画室長、11年心臓血管カンパニープレジデント、12年上席執行役員、15年常務執行役員、17年4月社長CEO。

テルモが100年間事業を継続できた理由とは

骨太のテーマを選んで技術を磨く

―― テルモが100年も事業を続けられたのはなぜですか。

佐藤 一つは、歴代の経営者たちが取り組んできた課題が骨太だったということが言えると思います。一口に医療と言っても本当にいろいろなテーマがあって、取り組む選択肢はさまざまです。テルモの歴史を振り返ってみると、何十年かに一度の大きな転機で取り組んできたテーマが、その後の太い道となって今日まで続いてきました。こうした「骨太のテーマ」を見極めてきたことが、100年もの間、テルモが続いてきた一つの要因だと分析しています。
 取り組むべきテーマは、その時々のトップが経営的な直観で決断してきました。そうして選び抜かれた骨太のテーマに、自分たちの持つ技術を磨き抜いて取り組んできたのがテルモの歴史です。

 例えば、1921年の創業から40年間は、愚直に体温計だけを作り続けたモノカルチャーの時代でしたが、60年代にはより安全な医療に貢献できないかという意識から、日本で初めて単回使用の医療器を製品化しました。いわゆるディスポーザブル医療機器です。これは社運をかけた大きな投資でした。それまで体温計しか作っていない会社が、針やシリンジ、輸血用の血液バッグを作る。テルモの60年代とは、そういった挑戦を一気に展開していった時期でした。その後、80年代以降には、患者さんへの負担を小さくする低侵襲医療が重要なテーマとなりました。そこでわれわれはカテーテルに好機を見いだし、血管内治療を突き詰める戦略を取りました。

 骨太のテーマは、その課題の大きさ故に解決できた時のインパクトも非常に大きい。ディスポーザブル医療機器も低侵襲医療も、その発想は現在でも生きています。一過性のテーマではないからこそ、きちんと取り組んできたのが長寿企業の秘訣になっているのだと思います。

佐藤慎次郎・テルモ社長CEO

経営的直観で課題を見抜き現場目線で解決に挑み続ける

―― テルモの歴史は医療機器を通じて現場の課題を解決してきた歴史でもあります。

佐藤 確かに個々の医療機器、デバイスが現場の課題を解決してきた歴史なのは間違いありません。しかしそれ以上に大切なのは、デバイスを通じて何を実現するのかを常に問い続けてきたことです。

 一度製品が生み出されると、その製品を中心に事業は回り始めてしまいます。そして気が付くと製品ばかりが発想の軸になってしまう。極端に言えば、自分たちの製品だけで世界が形成されてしまうのです。事業の価値を大きくしていくためには、より具体的な現場の課題や、根本的な疾病の課題に目を向け、解決していかないといけません。製品を軸にするのではなく、顧客、患者さん、疾病を軸にして個別のデバイスの価値を再定義していく。こうした発想こそが、テルモ製品が医療の課題を解決し続けてきた本質だと思います。

 短期的な利益だけを作るのであれば、製品を軸に事業を展開する方が効率は良いでしょう。しかし、5年先、10年先を見据えて事業を行うためには、その先にある課題と解決策を軸にすることが重要です。こうした考え方は、昨年12月に発表した2022年から26年までの5年間を対象とする新たな5カ年成長戦略「GS26」のビジョン「デバイスからソリューション」にも込めています。ソリューションを通じて、医療現場の具体的な課題を解決し、患者さんのQOL向上にも貢献する。そして、最終的に医療システム全体の効率化や進化を支えていくというのがテルモの究極的な姿です。

 もし、目先の利益と長期的な発展を両立させる必要がないというのであれば、経営者は随分と気楽になるはずです。しかし、短期的な利益の追求だけならば、それは事業ではなくプロジェクトです。「ゴーイングコンサーン」という言葉があるように、継続的に企業を大きくしていくためには、常に短期、中期、長期とバランスよく手を打っていく必要があると実感しています。

価値観と戦略を調和させ長期的な成長を実現する

―― 長期的な利益と、短期的な利益を両立するために大切なことは何でしょうか。

佐藤 価値観と戦略を調和することです。当社では、組織の方向性を明確化するビジョンや、世界中の社員をつなぐ共通の価値観としてコアバリューズを定めています。これらを言葉だけ、意気込みだけで終わらせず、戦略の中に落とし込むことできちんと実行していく。これは私がトップとして常に大切にしていることでもあります。

 例えば、私が社長に就任した17年から取り組んできた中長期成長戦略では、カテーテルや人工肺などの「心臓血管カンパニー」、輸液剤や血糖測定器、薬剤充填済み注射器などの「ホスピタルカンパニー」、血液バッグや成分採血システムなどの「血液・細胞テクノロジーカンパニー」、これらの3カンパニーがいずれかに依存することなくバランスよく成長できる姿を目指すと掲げていました。また、私の就任前年度には血管内治療に関連した大きな買収が3件あり、これらがきちんと着地して、期待通りの成果を生み出すためのスタートを切ることも大きなテーマでした。どちらも、この5年間で着実に実行してきました。

 価値観を反映させた戦略を地道に実行していくこと。そう言ってしまえばシンプルですが、企業が短期的に結果を出し、かつ長期的な成長にもつなげていくためにはこうした積み重ねが極めて重要だと思います。

―― 「新5カ年成長戦略(GS26)」ではサステナビリティ経営への言及もありました。

佐藤 長期的な成長のためには、外部環境への向き合い方も重要だと思います。GS26では、ESGへの取り組みとしてカーボンニュートラルについて目標値を定め、取り組む内容を明確にしました。例えばCO2排出量の削減率については、FY18との比較で、FY40にカーボンニュートラル達成を目標としました。また、再生可能エネルギーの利用率については、FY30に50%を目指します。他には、業界ごとの環境基準などに対しても具体的な目標を定め、それを経営陣の責任分担の中に組み込むことでコミットしていくことを明確にしました。

 加えて、CSVの観点から社会全体の持続可能性に寄与できる社会課題にフォーカスし、それをテルモ自身の戦略にシンクロさせて取り組んでいきます。

 このようにESGやCSVの視点を経営戦略に取り入れ、毎年見直しながらブラッシュアップしていくことで、グローバルレベルで求められるサステナビリティ経営を実現し、投資家の皆さんからも支持されながら長期的な成長につなげたいと思います。

―― 21年は創業100周年の節目でした。新たな100年に向けて、既存事業はどう変化しますか。

佐藤 事業として成熟期を迎えた既存事業は、進化ではなく深化をさせていきます。典型的な例で言うと、心筋梗塞などの心疾患を手首からアプローチする血管内治療は、その対象を心臓以外の脳や腹部、そして下肢へと展開していく。あるいは、動脈を中心に治療してきたものが静脈に対しても応用できるようにする。このように事業の基盤技術をレバレッジしてより太い事業にすることを既存事業では進めていきたいと考えています。医療従事者の方々と歩調を合わせて現場のニーズを把握し、目の前の課題に適した形に事業を組み替えていくことが事業の深化になると考えています。

テルモが挑む21世紀の事業とは

―― 医療において、夢を語ることの意味とはなんですか。

佐藤 医療は社会課題の解決に直結しているわけですので、企業理念である「医療を通じて社会に貢献する」こと自体が夢そのものだと言えます。そこに自分たちが具体的なソリューションを通じて貢献できるのは、大きなモチベーションにもなります。

 夢というのは、小さすぎればそれなりのポテンシャルにしかならないでしょうし、逆に大きすぎて現実離れしていれば支持を獲得するのは難しい。このバランスを見極めて、現実に挑戦できる限界まで夢を膨らませることは企業に問われる能力の一つではないでしょうか。

 また、夢という言葉でひとくくりに語られがちですが、夢を膨らませることと、それを実行していくことは全く別な能力です。企業が夢を掲げるとき、その夢の大きさに応じて一時的に注目が集まり、株価も高くなるかもしれません。しかし、その後には夢を実現するフェーズがやってきて、実行力が問われることになる。企業が夢を掲げるというのは、その両面を合わせて求められるということだと思います。

 テルモは、2022年から始まる新たな100年間を通じ、21世紀の医療に挑戦することが大きな夢です。「テルモの夢に懸けてみたい」となるべく多くの方に思ってもらえるように夢を膨らませ、実行する能力を蓄えていきたいと思います。そして、それをみんなに説き続けるのが私自身の夢であり、社長としての仕事だと思っています。