経営者はリーダーである。リーダーとは、未来に向かって方向性を指し示す存在だ。幅広い知見に基づいて戦略を練り上げる必要がある。中部経済同友会は、安全保障と日本人の価値を重点課題に掲げ、新しい取り組みをスタートした。(雑誌『経済界』2023年11月号 第2特集「リブート中部経済」より)
大局的に物事を考え国家観と座標軸を持つ
ロシアのウクライナ侵攻により、グローバルサプライチェーンの脆弱性が顕わとなり、企業は事業戦略の抜本的な見直しを余儀なくされている。また米中の対立をはじめ、世界に新たな分断の時代が訪れつつある。経営者は地政学的リスクに直面せざるを得なくなった。
約1千人の会員を有する中部経済同友会は、中部エリアの中小企業から大企業まであらゆる規模と業種の経営者が参加。年度の課題に基づき、各分野の有識者を招いた講演会や委員会活動を行う。
2023年度の筆頭代表幹事を務める天野エンザイム社長の天野源之氏は、SDGsやカーボンニュートラル社会の実現に向けた「社会課題を解決して成長の原動力へ」という継続課題に加え、新たに「企業を取り巻く安全保障の本質を理解する」「日本人の普遍的な価値を世界へ」を重点課題として掲げた。地域の経済団体が掲げるものとしては例がない新しい取り組みとして注目されている。
「20年度に、これからの経済団体はどうあるべきかを問う有識者インタビューを行いました。その際、『これからのリーダーの条件は、大局的に物事を考え、自分なりの国家観と座標軸を持っていること。経済団体はそうした見識を広げる場であるべきだ』との言葉を頂きました。これまでの経営者は、地政学や安全保障といった課題から距離を置く傾向がありました。今後は学ぶだけではなく並行して手を打つべき課題だと確信し、テーマに掲げたのが安全保障です。今はこれが喫緊の課題となりました」
今年3月に長崎市で開催された第35回全国経済同友会セミナーのテーマも経済安全保障だった。これからの時代の経営人は、自社の経営や地域経済というミクロの視点からマクロへも目を向ける転換期に入ったと言える。
安全保障の範囲は、食料、エネルギー、気象、人権に至るまで幅広いが、ベースは政治だ。同友会では、安倍政権で安全保障の中枢を担ったプロフェッショナルを講演会に招聘。内閣官房参与を務めた谷口智彦氏や、経済安全保障に携わった北村滋氏、内閣官房副長官や国家安全保障局次長を務めた兼原信克氏など、安倍晋三元総理の側近中の側近と呼ばれた面々だ。
「世界情勢の本質と国家の進む道を捉える。未来を想定するには過去の流れを総括する必要があります」
激動する世界情勢の中で持つべき軸を確立し、大局観を持って事業戦略を立てる。これが新たな時代の経営者に求められる姿勢だろう。
日本人の強みを生かし清く豊かな成長を目指す
2つ目の課題は「日本人の普遍的な価値を世界へ」という、日本人の精神性に関わるものだ。その意図は、日本人が意識していない価値と強みにスポットを当て、経済力を高めるためだと天野氏は語る。
「人口減少で国内市場に大幅な伸張が望めない以上、企業規模を問わず海外進出を視野に入れるべきです。しかし、欧米や中国、インドといった世界を相手に何を拠り所として戦えばいいのか、迷走中です。バブル崩壊後を『失われた30年』と呼びますが、われわれは戦後、世界で生き抜く力を失いました。それが表面化したのがこの30年です」
日本経済が再び成長へと反転するには、グローバル市場を見据えて日本を再ブランディングする、差別化戦略が急務だ。
「例えば、『トヨタ式カイゼン』は日本的な発想です。経営陣から現場まであらゆる立場の人間がアイデアを出し合い、価値があれば採用してブラッシュアップする取り組みは、組織が階層化した外国人には模倣できません。しかも、それを50年も続けています。またiPS細胞の作成に成功してノーベル賞を受賞した山中伸弥氏のアプローチは、欧米的なロジックに反し感覚的なものがあるようです」
先が見えない作業をやり続けられるのも日本人の強みで、それは「はからいをやめる(結果を求めない)」という禅の精神に通じるのではないかと天野氏は分析する。
「スティーブ・ジョブズ氏も禅を愛していたように、真のクリエーティブは引き算から生まれるものです。日本の文芸でも、連歌からさらに文字を削ぎ落とした5・7・5の俳句が生まれました。これも日本人ならではの感覚から生まれたクリエーティブです」
同友会では、禅の京都の禅寺・妙心寺 退蔵院の副住職でスタンフォード大学の客員講師を務める松山大耕氏や、ゴディバジャパン社長で弓道に魅了されているフランス人ジェローム・シュシャン氏を招き、禅の切り口からビジネスにリーチする。
こうした強みを発見して差別化すると同時に、弱みはカバーする必要がある。
「日本人は清貧の思想を好みますが、『清く貧しく』では国家の経済力は高まりません。良いものを適正価格で販売し『清く豊か』な成長路線へと舵を切るべきでしょう」
当たり前の「何か」にこそ、差別化のキーがある。しかし、当たり前だからこそ認識できないものだ。同友会はその「何か」に迫ろうとしている。
ビジネスの世界観に切り込む同友会は地域経済団体の新たな姿を形づくるべく先陣を切った。