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副作用の少ない抗がん剤で手術をせずにがんを治療する 浦田泰生 オンコリスバイオファーマ

浦田泰生 オンコリスバイオファーマ

がんの手術療法は、腫瘍を完全に切除するため転移がなければ完治する可能性が高い。その一方で体への負担は大きく手術後の合併症を引き起こす場合がある。創薬ベンチャーのオンコリスバイオファーマは、がん細胞を溶かす新しい抗がん剤を開発し、手術に代わる治療法を提案する。文=萩原梨湖 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2023年11月号 巻頭特集「ベンチャーが導く『がん治療』革命」より

浦田泰生 オンコリスバイオファーマ社長のプロフィール

浦田泰生 オンコリスバイオファーマ
浦田泰生 オンコリスバイオファーマ社長
うらた・やすお 京都薬科大学大学院薬学研究科卒。小野薬品工業を経て、1994年に日本たばこ産業(JT)に入社。抗エイズ薬やがん領域の研究開発に携わり、研究企画部長や研究開発企画部長を歴任。2004年にオンコリスバイオファーマを創業。

腫瘍を溶かす抗がん剤。副作用は主に軽い発熱

がん5年生存率

 がんの治療は難しく、抗がん剤による重篤な副作用や手術による合併症を引き起こす可能性がある。

 例えば大腸がんの手術の場合、腸閉塞(腸の内容物が停滞し、お腹の張りや吐き気、嘔吐が起こること)、縫合不全(つないだ腸管の完全な癒合が得られず腸内容物が腹腔内に漏れること)、創部感染(皮膚を縫合している創部で感染が起こること)、排便習慣の変化(下痢や便秘)などが生じる。また、直腸がんの手術では排尿や性機能に関わる神経を剥離または切離するため、術後に排尿障害や性機能障害などの神経障害が生じることがある。オンコリスバイオファーマ社長の浦田泰生氏によると、食道がんの手術後は、食道を切除し喉から胃を直接つなげること(胃管)により、食欲不振や逆流性食道炎など合併症を引き起こす場合がある。

 また、がん種によって手術時間が異なり、長時間の手術に持ちこたえる体力がない患者もいる。結腸がんの場合、開腹手術に要する時間は2~3時間だが、食道がんの場合は手術が10時間に及ぶ。さらに胸を大きく開いて行うため、心臓が悪い人や高齢者はそもそも手術に耐えられない。

 そこで、がん患者の治療選択肢を増やすことを目的に、新しい抗がん剤「テロメライシン」を開発したのがオンコリスバイオファーマだ。その薬の最大の特徴は「がんを切らずに治療する」こと。食道がんの患者が放射線治療と併用することで6割弱の患者でがんがきれいに消えたという結果が出ている。

 また、胃がんの5年生存率が約66・6%、大腸がんが約71・4%であるのに比べて、食道がんは約41・5%と低く治療に新しい選択肢が必要だ。ましてや手術による合併症や抗がん剤の副作用を考えると、がんを切らない治療法は革新的だといえる。(グラフ参照)

 テロメライシンは食道がんにおいて臨床効果が出ている腫瘍溶解ウイルスであり、5型のアデノウイルスをもとに遺伝子改変して作った薬だ。これはがん細胞を破壊する作用に加えて、腫瘍溶解ウイルスの感染効率の向上やがん細胞の遺伝子修復を阻害する作用もあるため、放射線治療との併用により効果が増強される。

 また、がん細胞とともに正常細胞も破壊してしまう既存の抗がん剤(化学療法)と異なり、がん細胞のみで増殖して効果を発揮するため嘔吐・脱毛・造血器障害などの重篤な副作用がない。臨床試験の副作用では、投与した患者の4割に数日で回復する程度の軽い発熱が起こったと報告されている。

 テロメライシンは現在、臨床試験の組み入れを完了し承認申請に向けた準備を行っており2024年をめどに国へ承認申請を行う予定だ。承認後は手術が困難な高齢者や肝臓機能の低下などにより抗がん剤による治療ができない患者が主な対象になる。その後は対象患者を拡大し、テロメライシンと放射線治療の併用が早期の選択肢となることを目指している。

難しい抗がん剤開発で製薬業界に新風を巻き起こす

 テロメライシンはウイルス創薬に基づいた治療薬で、ウイルスが体内の細胞を攻撃する性質を利用し、攻撃したい細胞だけに効果を示すようコントロールされている。浦田氏は前職でもウイルスを使った抗エイズ薬の開発を手掛けておりウイルス創薬に大きな可能性を見いだしている。

 「ウイルスががんを殺すというのは50年ほど前に発見されました。そこでウイルスに遺伝子改変を加えて、正常な細胞は攻撃せずがん細胞のみを攻撃する仕組みを作り、さらにその仕組みを医療に活用すべく、治療薬としての許可を取るというのは類を見ない試みです」

 抗がん剤は80年ほど前から使われるようになったが、50年前から真新しい進化は見られない。今も昔も抗がん剤の副作用に苦しめられる人は多く、抗がん剤のみの治癒率が低いという現状も変わらない。この事実は、新しい抗がん剤の開発がいかに難しいかを示している。

 それでも浦田氏は、「何かしらの生体反応を示す物質は医薬品として応用できるはずだ」と信じて開発を続けてきた。オンコリスバイオファーマ設立当初の目標は10年後に承認を取得することだったが、開発や経営で壁にぶつかることが多く現時点までで19年がたっている。08年にはリーマンショックの打撃を受け開発が止まってしまったが、何とか立て直した当時の状況を振り返った。

 「前職で手掛けた経験のあった抗エイズ薬領域のパイプラインを、アメリカの大手製薬メーカーにライセンスアウトし、そのマイルストーン収入のおかげで生き延びることができました」

 多くのバイオベンチャーは、パイプラインと呼ばれる研究開発段階の医薬品などを複数保有し並行して開発を行う。そしてそれらを適宜大手の製薬企業にライセンスアウトし、開発が一定程度進歩した段階でマイルストーン収入、または販売開始後に販売に応じたロイヤルティ収入を得るというビジネスモデルをとる。そのため、自社で開発した製品を製造し販売まで成し遂げる企業はほとんどない。

 ところがオンコリスバイオファーマは現在テロメライシンの開発に専念しており、抗がん剤ベンチャー初の製薬企業化を目標としている。

 「日本国内の創薬ベンチャーでは、起業のきっかけになったパイプラインを上市までもっていった例は少ない。日本では新しい製薬会社ができることがあまりなかったので、抗がん剤を扱うベンチャー企業としてそれを成し遂げたい」

 オンコリスバイオファーマは、がん治療における新たな選択肢の提供を目指し、テロメライシンの承認取得に全力投球している。