内視鏡は、日本が世界でトップクラスの技術を誇る分野だ。機器の生産ではオリンパス、富士フイルム、ペンタックスといった日本企業が世界シェアの大半を占め、国内に広く装置が普及していることから医師のレベルも高い。そんな内視鏡検査の精度を上げるべく、近年AIによる画像診断機能を搭載する研究が盛んだ。文=小林千華 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年11月号 巻頭特集「ベンチャーが導く『がん治療』革命」より
初期の消化管がんの診断に欠かせない内視鏡
食道や胃、大腸といった消化管のがんの診断について、内視鏡の担う役割は大きい。特に、患者に自覚症状のない初期のがんを内視鏡検査以外で発見する方法は、現時点でほぼない。がんを治すには早期発見が何よりも大切だ。初期のうちに発見できればその分早く治療に取り掛かれるし、ごく初期のがんであればその場で切除してしまうこともできる。しかし、もし内視鏡検査の段階で病変を見落としてしまえば、自覚症状が出るまで進行するか、次に検査を受けるまで、発見の機会を失うことになる。
そこで近年、AI画像診断で検査の精度を上げる研究が進んでいる。AIにディープラーニングで、がんなどの病変がみられる消化管の画像を大量に記憶させる。すると実際の内視鏡検査時に、病変が疑われる部位がリアルタイムで表示される。オリンパスや富士フイルムなどの内視鏡トッププレーヤーが既に販売を開始している上、内視鏡事業を手掛けていなかったNECも国立がん研究センターと共同でソフト開発を進め、大腸内視鏡用の画像解析AIを発売するなど、競争が激しい分野だ。しかし、ベンチャー企業も負けてはいない。
人間の医師の見落としをAIの力で減らす
2017年に創業されたAIメディカルサービスのCEO・多田智裕氏は、臨床医として数々の内視鏡検査を経験してきた。その間、カメラの画質などの技術は着実に進歩してきたが、検査そのものの精度向上には、人間が行う以上どうしても限界があると考えていたという。
そんな多田氏が内視鏡AIのアイデアを得たのは、日本のAI研究の第一人者として知られる東京大学・松尾豊教授の講演からだった。「画像認識能力に関してはAIが人間を超えた」そう聞いた多田氏は、AI技術を内視鏡検査に生かすべく研究を開始する。そして17年には胃がんの原因とされるピロリ菌の有無を識別するAI、18年には胃がんを検出するAIの開発に世界で初めて成功した。
現在同社はシステムの薬事承認を目指している。システム自体は既存の内視鏡機器にAIを搭載した汎用のハードに、ケーブルをつなぐだけで利用できる。
インタビュー時、試しに同社のシステムが搭載された内視鏡で、実際に初期の胃がんと診断された病変部の写真をスキャンさせてもらった。カメラが病変部を捉えると、モニターに「Adenoma or Adenocarcinoma」(良性腫瘍もしくはがん)という言葉と共に、「82%」という数値が映し出された。この数値は、過去にこのAIが学習してきた病変部の画像と照らし合わせ、特徴が一致している度合いを示す。内視鏡検査でこうした表示が出た場合、医師がその部分をより詳細に確かめることで、がんなどの病変の見落としが減ることが期待される。
薬事承認が下りた後は、国内での販売開始と共にグローバル展開も目標とする。同社は現時点で、スタンフォード大学医学部やシンガポール国立大学病院をはじめ、さまざまな海外機関と共同研究体制を組んでおり、米ニューヨークとシンガポールには現地法人も設立している。日本の内視鏡技術で世界的にがんの見落としを減らしていくことが目標だ。
しかし、国内だけでも強力なプレーヤーが渦巻くなか、AIメディカルサービスの強みは何なのか。多田氏に聞いた。
「国内外の研究提携先が多いこともあり、がんに関する膨大なデータを所有していることです。また、消化管におけるがん検出AIのレビュー論文のうち、半数以上が当社の研究グループの執筆したものです。それだけの豊富なエビデンスに基づいて研究・開発を行えているということが強みですね」
AIの精度は学習させるデータの量と質に左右されるため、今後も共同研究を通じて収集するデータの総量が増えるにつれて、その分診断精度も上がることが期待できる。
がん克服を産業に日本から世界へ飛び出せ
インタビューの終わりに多田氏はこう語った。
「アメリカ法人があるためニューヨークやシリコンバレーを中心に米国と日本を行き来しますが、医療分野に限らず、世界に出ていけるレベルの日本企業の数は多くないと感じます。そのなかで、もともと日本が優れた技術を持っている内視鏡の分野において、日本から世界に通用する産業を作っていこうという動きがもっと出てくればうれしいです」
日本は「がん大国」の異名を逆手にとり、世界をリードする産業を育てるチャンスにできるか。