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世界最大の半導体製造会社TSMCが日本を選ぶ必然

熊本県菊陽町では、TSMC子会社による半導体製造工場の建設が進んでおり、来年には生産を開始する予定だ。米国やヨーロッパにもTSMCは工場建設を進めるが量産では日本が先行することに。それ以外にも茨城県つくば市に研究開発センターを設置した。なぜTSMCは日本を選んだのか。その背景を探った。文=関 慎夫(雑誌『経済界』2023年12月号「日本半導体の行方特集」より)

誕生から35年で質・量ともに世界一に

 10月2日現在、TSMCの時価総額は約4500億ドル(1ドル150円換算で67兆5千億円)。ファウンドリとしてはダントツの世界一、全産業中でも第16位に位置し、日本企業の時価総額トップ、トヨタ自動車をも上回る。

 かつて日本が世界の半導体産業をリードしていた頃を知っている人にとっては、ファウンドリとはあまり聞きなれない言葉かもしれない。直訳すれば半導体受託製造企業。日本の半導体メーカーが強い頃は、自社開発・生産が当たり前だった。しかし1990年代頃から、TSMCのような製造に特化するファウンドリと、それを利用する、自社で生産設備を持たないファブレス企業といった具合に役割分担が進んでいった。

 時価総額世界一のアップル、携帯電話用半導体シェア1位のクアルコム、生成AI用半導体で存在感を増したエヌビディアも、TSMCに製造を委託している。

 TSMCは87年に台湾で産声を上げた。創設者はモリス・チャン(張忠謀)氏。チャン氏は中国浙江省生まれ。中華人民共和国成立前に香港に移住。その後米ハーバード大学に入学、マサチューセッツ工科大学に転入、工学学士、修士を取得し半導体会社に就職。その後テキサス・インスツルメンツ(TI)でシニア・バイス・プレジデントを務めた。

 80年代、台湾は国を挙げて半導体産業を育成する戦略を打ち立て、そのために招聘したのがチャン氏で、工業技術研究院の総裁を務めたあと、TSMCを設立した。半導体専門のファウンドリの世界第一号だった。とはいえ最初は単なる製造下請け会社にすぎなかった。しかしIT業界の垂直統合から水平分業への流れをいち早く見抜き業績を拡大していく。そして2000年代に入る頃には、TSMCなしには世界のIT産業は成り立たなくなっていく。

 TSMCの強みは圧倒的技術力だ。半導体の歴史は集積度を高める歴史だった。そのためには回線幅を狭くする必要がある。狭ければ狭いほど、同じ面積の半導体チップ上に、多くの回路を組み立てることができる。

 現在、TSMCが量産する最先端半導体の回線幅は3ナノメートルで、これは世界唯一だ。1ナノは10億分の1メートル。数字だけを聞いてもピンとこないが、日本企業が製造できる半導体の回線幅は40ナノと、TSMC製の10倍以上だ。しかもTSMCは現在2ナノの開発を進めている。

 今年6月、TSMCは横浜でメディア向け技術発表会を開いた。登壇したシニア・バイス・プレジデントのケビン・ジャン氏は、「2ナノ製品『N2』の開発は順調に進んでおり、目標は8割以上達成している」と語っている。TSMCではN2を25年に量産化する方針だ。

 日本企業ではラピダスがやはり、2ナノ半導体の製造を検討しているが、まだ工場建設が始まったばかり。米IBMなどの力を借りて技術的問題をクリアするとしているが、予定どおりに開発できる保証はどこにもない。しかも順調にいったところで、量産化は27年でTSMCの2年遅れだ。ラピダスには健闘してほしいが、ライバルの背中は現段階ではまだまだ遠い。

相次ぐ海外進出。日本では来年量産

 これまでTSMCは、主に台湾で製造してきた。しかし台湾海峡がきな臭くなってきたことに加え、半導体のサプライチェーンを手元に置きたい米国などの要請もあり、海外工場の建設が相次いでいる。

 20年には米国アリゾナ州に工場を建設すると発表、来年のフル稼働に向け準備が進んでいる。さらには昨年には第2工場の計画も発表、第1工場では4ナノ、第2工場では3ナノの世界トップクラスの高密度半導体を生産する方針だ。さらに今年8月にはヨーロッパ1号の工場をドイツに建設、27年の量産を目指すと発表した。

 そして日本である。

 21年3月、TSMCは茨城県つくば市の産業技術総合技術研究所つくばセンター内に、「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」を設立、昨年6月にはクリーンセンターも完成した。前述のように、これまで半導体メーカーは回線幅の微細化による集積を目指してきたが、それも限界を迎えつつある。そこでTSMCは半導体製造における後工程(35ページ参照)で、複数のチップを三次元で積層して一つの半導体のように機能させるパッケージ技術の開発に取り組んでいる。

 その研究開発センターを日本に開設したのは、日本には後工程の最先端技術を持つ企業が多いためで、日本企業や研究機関と共同で研究開発を行っている。

 さらに21年11月、TSMCは熊本県に半導体を製造する子会社JASM(Japan Advanced Semicon
ductor Manufacturing)を設立すると発表した。建設が進む工場は、現在、外観はほぼ完成、機器の搬入が行われており、来年中の生産開始を目指している。

 JASMにはソニー(ソニーセミコンダクタソリューションズ)が約20%、デンソーが約10%を出資する。ここで生産するのは22/28ナノ半導体だが、将来的には12/16ナノも生産し月間生産能力5万5千枚(300ミリウエハ)を目指すという。その総投資額は9800億円にもなる。

 ソニーの半導体といえば、画像を認識するイメージセンサーで世界トップシェアを誇るが、多くの場合、演算素子であるロジック半導体を裏に張り付けて出荷される。ソニーではロジック半導体を作っていないため、大半をTSMCから仕入れており、その関係は長期間に及ぶ。TSMCが、日本進出にあたりソニーと組むのはある意味当然だった。JASMの堀田祐一社長はTSMCの人間だが、その前はソニーの社員であり、つながりも深い。

 またデンソーは自動車部品の国内最大手だ。ここから浮かび上がるのは、JASMで生産される半導体は自動車向け用途が中心になる可能性が高いということだ。

 EVや自動運転化が進むにつれ、自動車には膨大な数の半導体が使われる。その需要に応えていこうということだ。しかもソニーは自動車向けセンサーを成長領域と位置付ける。TSMC、ソニー、デンソーの思惑が一致してJASMが誕生した。

 計画通りなら、約1年後にはJASM製の半導体が出荷される。日本半導体業界にとっては大きなエポックであるだけでなく、九州経済、日本経済に与える影響も極めて大きい。