日本の装備品は、軍需産業として発展させている海外から見ると、性能はいいが高額である。防衛装備移転三原則およびその運用指針が改正され装備品の輸出規制が緩和されたが、輸出するには定期的な受注のもと量産し、コストを削減しなくてはならない。日本特有の課題をどう解決し防衛産業を発展させていくべきか。文=桜林美佐(雑誌『経済界』巻頭特集「防衛産業の幕開け」2024年5月号より)
桜林美佐 防衛問題研究家のプロフィール
事業継続のネックは専門設備と受注の頻度
まず防衛産業について考える上で知っておかなくてはならないのは、日本には「防衛産業」つまり防衛事業専従の企業はないということです。そのため、他国の軍需産業と比較して論評することはできないのです。
わが国では、例えば三菱重工など重工業メーカーの1つの部門が主契約企業となり、そこに数千社のベンダー企業が連なる仕組みになっています。大手プライムの防衛需要依存度は平均で4%程度と非常に少ない部門で、社内での存在は小さいのです。そして防衛産業の規模は約1・8兆円といわれています。
一方、防衛装備は多くのベンダー企業によって製造されます。例えば、戦闘機は約1200社、戦車は約1300社、護衛艦は約8300社に及ぶといわれ、そこには有名な大手企業もあれば小さな町工場までが含まれます。こうしたベンダー企業は前述したプライム企業とはまた違う特徴があります。小規模な企業の中には、防衛需要依存度が高く、50%以上の売り上げを占める場合もあり、防衛事業がなくなれば閉鎖するしかない工場も存在します。そのため、長年、防衛予算が減らされ、自衛隊からの調達が変動することにより設備の維持や技術の継承が困難となり、その結果撤退や倒産する企業が相次いでいました。
このような話をすると、「なぜ、他の事業も並行して行うなど継続のための自助努力をしないのか」と批判されることがありますが、防衛装備品専用の治具や試験設備などは民生品の製造用に使うことができないといった独特の事情があるのです。
例えば「武器等製造法では、同じ設備や工室で民生品の製造はできない」といった決まりがあります。被服など繊維事業ならこうした縛りはないのではないかと思いきや、工具は転用できるとしても、防衛省による受注の有無が直前まで分からず、計画的に同じ工具で他の製品を作れない事情は同じなのです。専用設備を維持しなければならないのに受注があるか分からない、という不安定さが、日本の防衛産業を弱めることになってしまったのです。
国内事情によりガラパゴス化した装備品
そんなに大変な状況ならもはや国産にこだわらなくてもいいのではないか、という声もあります。自衛官にとっては装備が国産かどうかはどうでもいいことで、最大の関心は、性能の良いものをいかに早く入手できるかでしょう。
長年、議論されているにもかかわらず防衛生産・技術基盤に対する関心が高まらなかったのは、装備を使う自衛官の多くがこの問題に思い入れがなかったことが大きいと思います。下手に企業を擁護すると「癒着」などの非難を受けかねず、それを恐れた多くの現役自衛官が距離を置くようになってきたこともあります。 日本が国産装備にこだわるべき大きな理由はいくつかありますが、第一に、国民の税金で購入するものですので、海外の輸入品を買って税金を流出させるよりも、自国で生産したものを購入し、循環させる方が経済的にはいいということです。
次に、自衛隊は他国の軍に比べて極めて特殊な環境に置かれているため、その事情に沿った物を作れるのは国内企業しかないということです。自衛隊の装備は、あくまで国内だけの運用が前提なので、日本の国土や地形、道路交通法などの法令や国内事情に適合させる必要があります。狭い日本では、演習場のすぐ近くに民家があるなど、万が一、弾が場外に飛び出すことなどないよう安全性に最も気を遣わなくてはなりません。体型も欧米人とは違い、防弾チョッキやヘルメットなど命を守る装備ほど国産であることが大事になります。
また、自衛隊では訓練の際に弾を紛失したなどということになれば、大きな社会問題になり、発見されるまで全ての活動を止め捜索をするなど、外国からすれば考えられない神経質さの中で運用することになります。そのため、絶対に過不足ない100%の納品が求められているのです。こうした諸外国からすればバカバカしいような厳格さが必要な限り、ニーズに応じられるのは日本企業しかありません。しかし、それらは世界の中で誰も欲しがらない、「ガラパゴス化」を進めてしまったという面もあるのです。
「出藍の誉れ」が多い日本のラ国
敗戦とともに、あらゆる装備の製造能力を失ったわが国は、その後、朝鮮戦争の勃発や自衛隊の誕生などで少しずつ防衛産業が復活することになります。自衛隊発足当初は、米軍からの貸与品を使っていましたが、そのうちにライセンス生産が許されるようになりました。これが、再び装備の国産が可能になった大きな要素となります。
ライセンス国産(以下ラ国)は将来の「国産化」という可能性を秘めています。例えば、戦車の砲身はドイツのラインメタル社のものを日本製鋼所がライセンス生産していましたが、10式戦車ではついに砲身(52口径120ミリ滑腔砲)が日本製鋼所製となり、100%国産となりました。自衛隊の場合は20年にもわたる長期運用をするため、その間に母国で作らなくなってしまうと入手できなくなってしまいます。そうした事情もあり、やはり日本で作れるようにしたほうがいいのです。
このような事情で国産化した製品は、元の製品よりも優れたものに変化していることが多く、まさに「出藍の誉れ」と言えるでしょう。
ラ国をしていた製品が国産となり、それを元々作っていた国が欲しがるというケースもあります。「スぺイ」(SMIC)という舶用ガスタービンエンジンは、英ロールスロイス社製を川崎重工業がライセンス生産し、これまで「むらさめ」型、「たかなみ」型、「ましゅう」型、「あきづき」型などの護衛艦に搭載されていましたが、これが100%国産の権利を獲得しました。そのエンジンはすでにロールスロイス社が製造を打ち切っていたため、英海軍からの要望で逆に英海軍向けに輸出をすることになったのです。
こうした成果は、根気強くラ国を続け、母国のものよりも優れた製品に成長させる努力を重ねてきたからでしょう。こうしたラ国、そして国産の技術を生かし、世界に日本の影響力を及ぼしていくことが今後、非常に重要になります。今日、1国だけで生き延びられる国はなく、いかに友好国を増やしていくかが死活問題です。防衛産業の強化は、企業の救済でも何でもなく、この国の行く先をどのようにするかがかかっているのです。
また、国際共同開発に参画するためにも、他国に優位性を持つ国産技術が欠かせません。
近年、「経済的手段による外的脅威の顕在化」が顕著になっていることから、諸外国が生産の自律性確保に舵を切っています。わが国でもこの流れに沿い、2023年6月に防衛産業強化法が成立しました。製造拠点の一時国有化など、これまでにない具体的な施策が盛り込まれており、今後の防衛基盤強化実現に期待したいです。