文化・ライフ

二宮清純の「スポーツ羅針盤」

鹿島アントラーズとレアルの勝負を分けた1本のPK

 ジャイアント・キリングまで、あと一歩だった。

 2016年クラブワールド杯決勝はヨーロッパ王者のレアル・マドリード対鹿島アントラーズ(開催国王者)の対戦となった。

 延長戦の末、惜しくも2対4で敗れたものの、その勇敢で組織だった戦いぶりは世界を驚かせた。

 勝負を分けたのは1本のPKだった。後半13分、DF山本脩斗がFWルーカス・バスケスを倒したとしてザンビア人審判はPKをとった。

 この試合をVIP席で視察していた日本代表ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は「審判の笛がああでなければセンセーショナルな結果になっていたかもしれない。怒りが込み上げてくる」と悔しがった。

 試合は前半9分にFWカリム・ベンゼマのゴールでレアルが先制したものの、鹿島はMF柴崎岳の2本のゴールで試合をひっくり返した。

 延長戦に入ると、目に見えて鹿島の選手たちの体力が落ち始めた。11日間で4ゲーム目とあっては無理もない。

 スキとも言えないほどのスキを見逃さなかったFWクリスティアーノ・ロナウドの技術と戦術眼はさすがだった。延長前半の2つのチャンスをきっちりものにして、クラブワールド杯史上初の決勝ハットトリックを達成して大会MVPに輝いた。

鹿島アントラーズのスピリット―99.9%不可能と言われたJリーグへの参入

 114年の歴史を誇るレアルに対し、鹿島のそれは、わずか25年だ(住友金属時代は除く)。Jリーグ創設に合わせて誕生したクラブが、世界屈指の名門を追い詰めたのだ。これを快挙と呼ばずして、何をそう呼べばいいのか。

 監督の石井正忠は鹿島の創設メンバーのひとりで、スタート時の苦労を誰よりも知っている。

 だからこそ、試合後、次のような言葉が口をついたのだ。

 「日本のサッカーはプロリーグができてまだ25年くらい。今回の出場クラブの国の歴史を見ると浅い部類。急激に日本サッカーが世界に近づいていることを証明できた。(本拠地の)鹿嶋市は茨城県の東の端にある。(われわれは)小さな町から生まれたクラブ。Jリーグへの参入は99.9999%不可能と言われた。その0.0001%の可能性に賭けて町が動いてくれたから今がある。そのクラブが日本を象徴するチームになったことは、世界の小さなクラブにも勇気を与えることができたのではないか」

 99.9%不可能――。

 これは初代Jリーグチェアマン川淵三郎の言葉である。自著「虹を掴む」(講談社)から引く。

 〈われわれとしては鹿島という町に魅力を感じていたわけではなかった。(中略)それで「住金のプロ参加を認めることは99.9%ないけれど、屋根の付いた1万5千人収容のサッカー専用スタジアムをつくるなら話は別だ」と言った。これで彼らも絶対あきらめると思った。それは最後の陳情にきた彼らに決定的なダメージを与えるつもりの最終発言だったのである。

 ところが、住金は竹内知事と相談の上で「つくる」と言ってきた。もう、こうなると私も引くに引けない〉

 クラブ誕生秘話である。

今も鹿島アントラーズに生きるジーコスピリット

 Jリーグ創設以降、18のタイトルを獲得した鹿島。これはJクラブ最多である。

 ハード面での鹿島のレガシーが1993年に完成したカシマスタジアムなら、ソフト面はジーコイズムである。

 ワールドカップの優勝こそ経験していないが、ジーコと言えば70年代後半から80年代にかけてのセレソン(ブラジル代表)の中心選手。そのテクニックは群を抜いていた。ブラジルでは“白いペレ”と呼ばれた。

 そんな伝説の男が、サッカー後進国の日本にやってくると聞いて、驚かない者はいなかった。

 しかも、カムバック先はJSL2部(当時)の住友金属工業蹴球団(後の鹿島アントラーズ)。Jリーグ創設を視野に入れ、住金はチームの目玉にと考えたのである。

 ジーコは自分にも他人にも厳しかった。さながら、そのストイックな姿勢は、サッカーの宣教師のようだった。

 鹿島OBの大野俊三は、ジーコイズムについて、こう語る。

 「私たちの中に脈々と受け継がれているジーコスピリットがある。それはプロである者なら、誰もが持ち続けていないといけない心構えのようなものです。もちろん、それは監督の石井や、今の選手たちにも受け継がれています」

 鹿島スタジアムの更衣室の入り口には「献身、誠実、尊重」との3原則が掲げられている。これは「ジーコスピリット」とも呼ばれている。

 地域密着という理念を掲げてJリーグがスタートして25年、その優等生が鹿島である。世界屈指の強豪クラブと大舞台でほぼ互角に渡り合う日がくるとは、まるで夢のようである。(文中敬称略)

 

(にのみや・せいじゅん)1960年愛媛県生まれ。スポーツ紙、流通紙記者を経て、スポーツジャーナリストとして独立。『勝者の思考法』『スポーツ名勝負物語』『天才たちのプロ野球』『プロ野球の職人たち』『プロ野球「衝撃の昭和史」』など著書多数。HP「スポーツコミュニケーションズ」が連日更新中。最新刊は『広島カープ最強のベストナイン』。

筆者の記事一覧はこちら

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

認知症・徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

人材育成のコツ ~部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ~

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

【特集】2019年注目企業30

 2018年の日本経済は、世界のマーケットを席巻してきた中国経済の成長鈍化が鮮明になり、併せて米・中の経済摩擦、英国のEU離脱問題などの対外的な課題が重なって大きな閉そく感が漂う年だった。 しかしながら元気な中堅・中小企業はネガティブな要因をものともせず独自の経営手法で活路を開いている。 原点回帰で、顧客第一…

「超サポ愉快カンパニー」としてワクワクするビジネスサイクルを回す―アシスト

ITと建設機械、グリーンエネルギーの3本柱で地球環境問題解決に貢献する―Abalance

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

家族のように接していたペットを亡くし、飼い主が大きな喪失感に襲われる「ペットロス」。このペットロスとなってしまった人々が交流し、お互いを癒し合うカフェが、東京都渋谷区にオープンした。「ディアペット」を運営するインラビングメモリー社の仁部武士社長に、ペット仏具の世界とペットロスカフェをつくった目的について聞いた…

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年4月号
[特集]
日本の「食」最前線

  • ・総論 日本の「食」から世界の「食」へ 成長産業となった農水・食品産業
  • ・「食」の輸出1兆円を支えるジェトロの役割
  • ・全国で進むブランド化「食」から始まる地方創生
  • ・上海で見た日本の「食」の未来
  • ・海外進出した外食チェーン「成功」と「失敗」の分かれ目
  • ・日本人が知らない中国の「日本食ブーム」の真実
  • ・消費税引き上げで始まる「外食VS中食」最終戦争

[Special Interview]

 星野晃司(小田急電鉄社長)

 「未来を見据えた挑戦で日本一暮らしやすい沿線をつくる」

[NEWS REPORT]

◆中国リスクが顕在化 電機業界に再び漂い始めた暗雲

◆持続可能な水産業へ 魚はいつまで食べられるのか

◆CES 2019現地レポート 家電からテクノロジーへの主役交代が鮮明に

◆相次ぐトラブルで業績悪化 SUBARUの見えない明日

[総力特集]

 2019年注目企業30

ページ上部へ戻る