Eコマースを中心に成長を続けるBEENOS。その創業者である佐藤輝英氏は、5年前に社長を退任。4年前には取締役を辞任し、経営から退いた。それまで起業家として生きてきた佐藤氏が次に選んだのは起業家支援。BEENEXTを設立し、新しいイノベーションを起こそうとしている起業家への投資を始めた。その中でも投資の中心となっているのがインドで、投資の半分はインド企業に対し行われている。なぜインドなのか。そしてなぜ起業家から投資家へと転身したのか。佐藤氏に聞いた。文=関 慎夫 Photo=佐藤元樹
佐藤輝英氏プロフィール
佐藤輝英氏はなぜ経営者からベンチャー支援へ転身したのか
―― 佐藤さんは慶應義塾大学在学中にソフトバンクでEC決済会社の立ち上げに加わり、その後Eコマースのネットプライス(現BEENOS)を起業し、上場しています。ところが今はBEENEXTというベンチャーキャピタル(VC)を経営しています。ベンチャー起業家がいつの間にか投資家に転じていました。
佐藤 私の中では、出会いと機会を頂いた時、そのタイミングにあった自分ができることをとことんやる、ということを続けているつもりです。そういう意味では、起業家だった時と今と、何かが変わったということはなく、自分の中でつながっているんです。
1997年にソフトバンクで決済会社を立ち上げた時から、北尾さん(吉孝・現SBIホールディングス社長)という恩師にご縁を頂き、そのお陰で私は思い切り走ることができました。あれから20年近くがたち、今度は私がイノベーションを起こそうとしている人たちに寄り添う存在になりたいと考えたのです。それがBEENEXTです。
形のうえではVCですが、やっていることは起業家の支援です。ベンチャーが成長するには資金だけでなく、企業経営のノウハウやネットワークも必要です。それをサステナブルな仕組みにするためにVCという形を選んだのです。
―― プレーヤーに未練はありませんか。
佐藤 今はないですね。世の中の変化が日増しに激しくなっています。中でもテクノロジーの変化のスピードはものすごく速い。自分ですべてをつくりあげることは不可能な時代になりました。
一方でそれをやり続けている起業家経営者が世界中にいる。そうであるなら一歩離れた立場で、イノベーターをサポートする役割に徹していくことに決めたのです。
―― BEENOS時代もベンチャーへ投資を行っていました。わざわざ別会社をつくったのはなぜですか。
佐藤 BEENOSでは2011年から新興国投資を始めました。この時は私一人が世界を回り、投資案件を持ち帰り、役員で議論して決めていました。
なぜBEENEXTを立ち上げたかというと、BEENOSの本業はEコマースで、みんなで積み上げていくビジネスです。海外のスタートアップ投資には大きなリスクがありますから、下手をするとBEENOSで皆が積み上げた利益が吹き飛んでしまう可能性があったわけです。
一方で投資にはタイミングがある。今を逃せば大きなチャンスがなくなる可能性があったので、BEENOSが成長してより大きなリスクを負えるようになるまで待つべきなのか否か。
2年ほどこのバランスをどう取るか悩んだのですが、14年に役員会議で議論し、BEENOSの経営は、当時子会社の社長だった現社長の直井(聖太氏)に任せ、BEENOSから離れることにしたのです。同年12月には社長を降りて平取締役となり、翌年2月には取締役も降りました。
今でも大株主ではありますが、経営にはタッチしていません。信頼を引き継ぐという心構えがある人材であることは分かっていましたし、安心して任せることができました。直井もたまに報告してくれますが、事業上の相談は一切ありません。
BEENEXTの投資哲学と投資先は
投資先の半分を占めるインド市場の魅力
―― BEENEXTの投資先は世界各国に広がっています。中でも投資金額の約半分はインドの企業で占められています。このほかベトナムやインドネシアなどASEAN各国が35%。一方日本は9%にすぎません。なぜインドだったのですか。
佐藤 日本ではバブル崩壊後、GDPはほとんど伸びていませんし、今後も人口減少が続くため、マクロ経済的に成長するのは残念ながらむずかしい。その中で、唯一成長していると言えるのがインターネット産業です。
一方インドは、人口も増え、経済成長も続いている。海外からの投資も増えています。そしてインターネット産業が急激に伸びている。これらの要素がすべて掛け算で膨らんでいっているのが今のインドです。地面から熱が上がってくる、デジタル高度成長期とでもいうようなエネルギーみたいなものを感じます。
恐らく日本の高度成長期も同じような状況だったのでしょう。その中からソニーやホンダが生まれ、育っていったのだと思うのです。その意味で今のインドは非常に魅力的です。ですからBEENEXTを立ち上げた当時から、投資の半分はインドで行うことを決めていました。
VCとしてのBEENEXTの強み
―― 世の中にVCはいくらでもあります。成長市場のインドに目を向けるところも増えてきました。その中でBEENEXTの強みはどこにあるのでしょう。
佐藤 最近、日本のVCや事業会社の中にもインドに投資するところが増えてうれしく思っています。その中でのBEENEXTの特徴ですが、まずはアーリーステージにフォーカスしている点です。ゼロからイチを生み出していくフェーズの難しさを理解した上で、そこに果敢にチャレンジしようとする起業家を支援しようというのが原点です。
当然、アイデアだけでは会社経営はできませんので、資本市場との対話などを通じて、アイデアからビジネスへの架け橋的役割を果たすことがわれわれの役割だと考えています。
加えて、BEENEXTには私を含め3人のパートナーがいますが、全員、起業家出身です。ゼロから事業を立ち上げた経験を持っています。これが起業家、特に創業初期の起業家にとっては重要です。
何をやるべきか、あるいはやらないべきか、資金調達をどうするのか。自分たちがその道を通ってきたので、その経験を伝えることができる。またこれまでに築いてきたネットワークもある。これが強みです。しかもその場で意思決定できる。これも起業家から評価されています。
もう一つは、私は過去に決済とEコマースの事業をやってきたので、この分野については“土地勘”があります。ですから初期の投資はこの分野が中心でした。これがよかった。というのは、決済の会社に投資することで、インドにおいて何が伸びているのかマッピングすることができた。これを参考にすることで打率のいい投資が行えたのです。
しかもわれわれの投資は1件につき最大でも数億円程度で、ローカルや長くそこで投資活動をしている大手VCとバッティングしません。資本的には、外国人投資家として分をわきまえることを大事にしています。もちろん投資後のアドバイスやネットワーク提供は身内として行います。お陰さまで現地の共同投資家からも信頼を得ることができたように思っています。
今では彼らからもいろんな起業家を紹介されるので、多い時で1日に10件、大体年間2千件の案件が持ち込まれる。その中から手応えのある起業家に投資をするようにしています。
投資先には複数のユニコーン企業も
―― 実績はいかがですか。
佐藤 投資に際しては、エグジットまでの期間を10年と設定していますが、既にエグジットを終えた案件もあります。ユニコーンも出てきています。やはり勢いのある起業家は3年から5年で駆け上がっていきますね。ただし、VCとしての実績を語るには、もう少し時間が必要です。
―― 最初は決済とEコマースから入っていったということですが、最近はそれ以外の分野にも投資しているのですか。
佐藤 最近は本当にいろいろです。投資するのはIT関連のものばかりですが、以前はITはひとつのセクターでしたが、今では経済そのものです。すべての産業がITによりトランスフォームされています。ですから農業やヘルスケアなども投資対象です。
例えばステラップスというインドの会社は酪農業界向けにIoTソリューションを提供しています。
インドには乳牛を1~3頭しか飼っていない零細酪農家が7千万います。ステラップスはこうした酪農家100万人にIoTデバイスを配り、200万頭の牛を管理しています。牛の個体情報や搾乳量、生乳品質、買い取り価格などをリアルタイムで取得し、可視化することで、生乳の品質を安定化させ、大手の乳業会社へつなぐことで酪農家の収入増につながっています。このような魅力的なベンチャーがインドには数多くあるのです。
―― 日本企業でインドに投資して失敗したケースは数多くあります。そうした不安はありませんでしたか。
佐藤 不安より、可能性と巨大なアップサイドを感じました。初めてインドに行ったのは10年ほど前のことです。7年前にインドで投資することを決めました。インド経済が成長することは誰もが分かっていたことです。そしてあのタイミングで出ていき、7年間にわたり継続的に投資をしていたからこそ、私たちの活動に対して信頼を得ることができたと考えています。
佐藤輝英氏が目指すBEENEXTの方向性と将来について
―― 全体の1割弱ですが、日本でも投資をしています。どんな案件が中心ですか。
佐藤 日本での投資領域は、インバウンドとSaaS(software as a service)の2つです。日本のマクロ経済はなかなか伸びませんが、来日客数は増え続けていきますから、インバウンド向けのサービスを提供している会社に投資しています。
また、日本の課題は業界ごとにある日本特有の問題や、人材不足などですが、SaaSはそれらの課題を解決し、生産性を上げることができます。産業によっては海外企業が提供するSaaSでは実情が合わないケースも珍しくありません。ですからますます日本企業にチャンスがあります。またSaaSは成長すればするほど利用データが貯まり、それを分析することで新たなサービスが生まれる。やれることが増えるんです。
それにSaaSは基本的にサブスクリプションビジネスですから、継続的に収入があり、その成長曲線が予測しやすい。このビジネスモデルは日本の投資家にとっては魅力的です。日本は実はSaaS天国と言えると思います。
―― 今後は、運用金額を増やしていき、いずれはソフトバンクのように数百億円、数千億円という投資を行うファンドを目指すのですか。
佐藤 自分自身のキャパシティもあり、ファンドサイズを大きくしていくことはあまり考えていません。投資家にはさまざまな役割とステージがあり、自分はゼロからイチが生まれるところをサポートをするのが好きです。
自分たちがもっとも貢献できる形で、世界中で起きるイノベーションを見いだし、初期の段階からリスクを取り成長をサポートする。誰も知らない、でもものすごく優秀な起業家を信じ、支援して、4、5年の間にどんどん大きくなっていく彼らを見るのは本当に幸せなことだなあと思います。
一緒にコミットしながら、ハラハラドキドキしながら苦楽を共にする。そこに自分たちの存在価値があると考えています。
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