あらゆる業界で人手不足が叫ばれる中、特に地方の中小企業にとって人材確保は深刻な問題だ。そんな中、賃金面での高待遇以外のユニークな施策を打つ企業が増えてきている。岡山県を中心にリラクゼーション事業や児童発達支援・放課後等デイサービス事業を展開するミツバファクトリーも、そうした企業の1つだ。(吉田浩)

 

江見慎之介・ミツバファクトリー社長プロフィール

江見慎之介社長

1976年生まれ、岡山県出身。96年写真関連商品の販売会社に就職。2000年写真プリント店をオープン。02年ミツバファクトリーを設立し、現在は「手もみ屋本舗」「岩盤健康革命」などのリラクゼーション事業の他、児童発達支援・放課後デイサービス事業なども手掛ける。日本リラクゼーション業協同組合代表理事、一般社団法人高梁スポーツクラブ(吉備国際大学Charme)理事。

 

 返済不要の奨学金で社員を支援

 

 2019年4月から「大学卒業資格サポート採用」をスタートさせたミツバファクトリー。在学中は会社で就労することを条件に、提携校への入学金全額免除と、授業料の半額を無返済の奨学金として支給するという制度だ。

 「大卒と高卒では仕事の選択肢も違ってきますし、学歴コンプレックスを持っている社員たちが大卒の資格を得ることで1つの自信になってくれたら、と思ったんです」

 江見慎之介社長は制度導入の狙いをこう語る。

 制度を活用する社員は、学校法人順正学園が展開する吉備国際大学と、九州保健福祉大学の通信教育部で学ぶことができる。在学中は大学の勉強を優先するため勤務は週休3日制、基本給に加え奨学金が支給されることとなる。

 卒業後はそのまま会社に残るも、他の会社に転職するも自由だ。初回は2人の社員がこの制度を利用、次回以降も数人の希望者が手を挙げているという。

 確かに就学している4年間は従業員が退職しないというメリットはあるが、「卒業後に辞められれば会社にとってそれなりにダメージはあるかもしれない」(江見社長)というのも偽らざるところだ。それでも、社員に手厚い支援を行う理由について、こう語る。

 「優秀な人材を長年抱えている会社を見ると、やはり社員を大事にしています。町の中小企業経営者は大手と同じことはできませんが、やれることはやっていきたい。これから成功事例が出てくれば、良い空気が生まれると思います」

 

「手もみ屋本舗」オープンまでの経緯

 

働くことの意味を自問した時期

 江見社長は高校卒業後に、ハウスメーカーの工場、薬品メーカーの営業、写真関連商品販売会社の営業と、職を転々とした後に独立した。自分自身が高卒ということもあり、大卒社員との格差を肌で感じてきた経験を持つ。

 現在の中心事業である「手もみ屋本舗」は全国で展開中。このほか、岩盤浴施設の運営や児童発達支援・放課後等デイサービスなども手掛けている。

 今回の奨学金制度のように、社員の福利厚生を重視するのは「働くことの意味」を問い続けた結果でもある。

 独立当初は写真現像店としてスタートし、順調に業績を伸ばしていった。だが、ある時、「果たしてこのままで良いのか?」との思いを抱くようになる。それは、自分自身が豊かになるためだけに仕事をしてきたことに対する疑問でもあった。

 「自分にしか提供できないサービスは何か」―― 考えても答えが見つからず、やがて仕事へのモチベーションを失い、自宅に引きこもるようになった。

 引きこもりは3カ月にも及んだ。その間、部屋でやっていたことと言えばゲームだ。歴史シミュレーションゲームの「信長の野望」にひたすら没頭していたという。

 「ゲームなら途中で失敗しても最後には制覇できるし、どんどん強くなっていくことも分かっているので、我慢しなければならないときはできるし、思い切った決断もできます。翻って自分の人生を考えると、一つ一つの選択にすごく臆病になっていたことに気付いたんです」

マッサージ店で得た新たな事業のヒント

 転機は思わぬ形で訪れる。ゲームばかりの毎日で肩こりを感じた江見氏は、マッサージを受けに出かけることにした。そこで気付いたのが、マッサージや整体という業界におけるサービスの不備だった。

 「当時、多くの店は場所も分かりにくい上、夜は開いていないし、金額も明記していない。さらに、紹介がメインで新規で来る客はほとんどいない状態でした。そこで、理想的な店の条件についてレポート用紙に書きだしていって、全て実行すれば人の役に立つなと思ったんです。とにかく書いたことを妥協なくやってみようと」

 技術を売りにするのではなく、ユーザーがリラックスして明るい気持ちになれるサービス。そのコンセプトが受け、事業は順調に拡大していった。現在は、フランチャイズを含めて全国に38店舗を展開するに至っている。

江見慎之介氏PHOTO2

引きこもりの時期を経て、リラクゼーション事業に参入した江見社長

ミツバファクトリーが福利厚生を重視する理由

 

中小企業ならではの「人」に対する投資

 仕事の意義について自ら葛藤してきた経験を経て、江見社長は「仕事のために仕事をしてはいけない」という思いを持つに至ったという。従業員には、仕事でもプライベートでも充実した人生を歩んでほしい。そんな考えから、金銭面の待遇を可能な限り良くしようと取り組んで来たが、中小企業としての限界もあった。

 「手当を付けるなどして、従業員の給与を少しでも上げようとしましたが、それだと後で何も残らないという面もありました。今回はたまたま奨学金という形になりましたが、趣味や習い事のサポートでも何でもよいので、第3の道で『人』に対する投資を続けていきたいと思います」

 企業に対する若者の意識は変化している。大手企業に入社すれば生涯保証される時代は過ぎ去り、たとえ良い企業に就職してもあっさり辞めるケースも増えてきている。そんな中、中小企業が優秀な人材を惹きつけるためには、大企業以上に有効にお金を使う必要がある。奨学金制度は、まさにそんな中小企業ならではの工夫だ。

新たなキャリア形成の道を提示

 現在、フランチャイズも含めて、ミツバファクトリーの従業員の90%は女性で、大卒社員は全体の2割程度。新卒採用のためのリクルーティングは行っているが、やはり大卒社員が少ない状況では、インターンシップの希望者も少なくなりがちだという。働きながら奨学金を受けるという新たなキャリア形成の手法を提示することで、状況を改善していく考えだ。

 「人材確保という点ではまだ何とか回して行ける状態ですが、将来は分かりません。今後は、若手の人材をある程度活躍できる年代まで育成できるようにしたいと考えています」

 自らのキャパシティを見極めたうえで、今はフランチャイズの拡張については慎重な姿勢を取っているという江見氏。企業グループとしてさらに飛躍するためには、今回の奨学金制度をはじめとするさまざまな施策によって、どれだけ企業としての底力を付けられるかが鍵を握りそうだ。

 

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