高校中退、ITスキルなしの17歳の青年が立ち上げた会社が、わずか2年で利用企業約500社、ユーザー約6万人のアプリを運営するまでに成長している。「世の中を変えたい」という思いを原動力に突っ走る谷口怜央・Wakrak(ワクラク)社長に話を聞いた。(取材・文=吉田浩)
谷口怜央氏プロフィール
1日単位の仕事探しが可能なアプリ「ワクラク」とは
アルバイトの申し込みと雇用契約の締結、給与振り込みの申請までスマホ上で行えるデイワークアプリ「ワクラク」。アプリを開いて募集されている仕事の日時や場所、内容を確認し、雇用契約書に同意すれば、あとは現場に行くだけ。ユーザーは事前に面接などに出向く必要がなく、あたかも飲食店アプリで予約を入れるのと同じくらいの簡単さだ。
ワクラクを使うメリットは、例えば出産や育児で一時的に仕事の現場を離れた主婦層、空き時間に稼ぎたいフリーターなどが、簡単に1日単位の仕事を見つけられる点だ。飲食店やアパレル、物流企業など、人手が足りない職場を中心に、企業からの需要も増加している。現在、利用企業は約500社、ユーザー数は6万人にまで達している。
谷口氏が起業した経緯とワクラクの特徴
社長はチェ・ゲバラに憧れた青年
このサービスを2017年に立ち上げたのが、現在19歳の谷口怜央氏である。
起業を決意したのは高校2年生の夏休み。「どうやったら世の中の人々が見て見ぬふりをしてしまう仕組みを変えられるか」という思いで企業経営者などに自らアポを取り、1カ月間ヒッチハイクをしながら話を聞いて回った。その経験を通じて、ITやビジネスについて深く興味を持つようになったという。
高校生にしては一風変わった考え方と大胆な行動力は、中学生の頃に負った大怪我の影響が大きい。
野球少年だった谷口氏は練習中に腰を損傷し、下半身まひで1年間もの車いす生活を余儀なくされた経験を持つ。
その間、車いすの移動などで自分が困っていても、周りの人々の多くが助けてはくれなかった。精神的に落ち込み、リハビリする気力もなかったそんな時期、少年の心に衝撃を与えたのが、テレビのドキュメンタリー番組で観たキューバの革命家、チェ・ゲバラだった。
「ゲバラを知らなければ今でも車いすだったと思います」と語る谷口氏。人々を救うために、医師でありながら革命家となったゲバラの生きざまに触発された谷口氏は、その後リハビリに奮闘。回復後は単身アフリカに渡ったり、国内でホームレスの人々と交流したりして、貧困に苦しむ人々の支援を始めた。その一方で、個人で活動することの限界も感じるようになったという。
「さまざまな課題を解決するためには、世の中を変えようとする人たちだけでは足りなくて、変えようと意識していない人たちに行動してもらうことが重要だと気付いたんです。車いすの自分が助けてもらえなかった原体験から分かったことは、困っている人が周りに居ても手を差し伸べる余裕がない人々が多いということ。こういった見て見ぬふりをしてしまう世の中の在り方を変えたいというのが、自分がビジネスを行う上での軸になっています」
ワクラク立ち上げと事業が形になるまで
「人々に余裕がないのは、1日に一番時間をかける仕事でやりたくないことに時間を取られているからではないか」― そうした考えに至ったことが、「やりたいときにやりたい仕事ができる」ワクラクの開発につながっていく。
だが、谷口氏はプログラミングなどITの知識はほぼゼロ。スマホゲームすらやらない。PCにまともに触れたのも、高校中退後にインターンとして働いたIT企業が初めて、当然ながら営業経験も資金も人脈もないという、ないないづくしのスタートだった。
それでも持ち前の行動力を発揮し、SNS経由でめぼしいVCや事業会社にアポイントを取り付け、アイデアをプレゼンして回った。
「当時の事業プランは今と中身は変わりませんが、解像度が粗いものだったので批判を受けることもありました。でも行動する中で事業プランをブラッシュアップしていき、出資に応じていただけるVCも出てきました」
アプリ開発は外注し、飲食店などを営業で回る日々を1年ほど続けると、デイワークのニーズが確実にあることが見えてきた。そこで18年4月からは正社員採用を開始。現在は谷口氏を含め10人体制で会社を回している。18年11月にはオプトベンチャーズ、ANRI、ドリームインキュベータから総額1億円の資金調達も果たした。高校中退からここまでわずか2年、猛スピードで駆け続けている。
「たまたま時代背景がマッチしていたということもあるでしょうが、今は営業がかなり勢いづいてきたので、ここから本格的に企業とのアライアンスも組んでいきます」
と、谷口氏は語る。
クライアント企業としては面接なしでの採用に躊躇はないのだろうか。その疑問に対して谷口氏はこう答える。
「求人媒体経由で面接して採用したとしても、実際に一緒に働かないとどういう人物かは分かりませんし、とにかく人が欲しくて誰かに来てほしいという現場が実際には多いんです。仕事が終わった後はユーザーと雇用主が双方を評価するので、どんな人物かが可視化されデータが積みあがっていく仕組みになっています」
もちろん、仕事のドタキャンなど、ユーザーと雇用主の間でトラブルがゼロというわけではない。ただこれは、通常のアルバイトで起きるのと同程度のリスクであり、デイワークアプリだからと言って確率が高まるという話でもないとのこと。
「自分たちは人材派遣会社ではなく、雇用者による直接雇用の形態となるので、トラブルがあった場合の責任は事業者側に取っていただく事になります。とはいえ、ユーザー情報を保持している立場として、見て見ぬふりをせずに何かあったときにはできる限りの対応はさせてもらっています」
ワクラクの今後の展開はどうなるか
デイワーク以外の領域にも拡大
企業やユーザーに関するデータの蓄積は、今後の事業展開において財産となる。企業と求職者のマッチング精度を高められるのをはじめ、将来はBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の仲介なども視野に入れている。現在デイワークの領域に特化しているのは、次のステップに向けた布石でもある。
もう1つは領域特化型のサービスだ。たとえば百貨店やアパレルなど、大量に人材を採用しても離職が多い分野において、業界OBをはじめとした一定レベルのスキルが保障された人材をマッチングさせていく。あらゆる業界の人材情報を確保するため、今後は企業との提携も加速させていくという。
「企業単位で働き手のデータを取っていてもあまり活用されていないのが現状で、あらゆる領域でデータを取っているのが自分たちの強み。これをデイワークサービスだけではなく、いろんな領域に活用していくことが差別化につながっていくと考えています」
規模を拡大しデータ蓄積を進める
仕事のマッチングで得たユーザーのデータ活用は、クラウドソーシング会社なども試みているが、その多くが成功していない。ワクラクとの大きな違いは、事業の軸をオンラインで解決する仕事に置いているか、オフラインを中心に置いているかだと谷口氏は分析する。
「われわれの場合はオフラインの仕事が軸なので、市場規模がまだまだ大きいと考えています。リアルに人をたくさん動かして、ワーカーのデータを貯めていくことで、さまざまな展開が可能になります」
「いつでも、どこでも、なんでも、好きなことができる世界を作る」というのがワクラクのビジョン。デイワークサービスの拡大は、その世界観の実現に向けた第一歩だ。
まずは年内に愛知、大阪、福岡にも進出し、首都圏以外の主要都市でいつでもサービス業の仕事ができる状況を目指す。これに伴い案件数も現在の月間約3千件から1万件に増やす見通しだ。
「ビジョンを達成することが自分が生きている理由だと思うので、共感してくれる人を地道に集めていきたいなと考えています」
こう語る谷口氏は、経営者という意識よりも、あくまでも世の中をどう変えるかという点にこだわっているのだという。
青年が主導する「働き方革命」の今後は、ゲリラ戦を得意としたゲバラのごとく、どれだけ多くの人々を巻き込めるかに掛かっている。
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