経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

【企画特集】復活の狼煙を上げる九州

歴史的な円安に見舞われている今、製造業を中心に多くの企業が苦境に立たされている。しかし、九州経済は全国に先駆けて復活の兆しが鮮明になってきた。その一つは観光だ。長崎を終着地とする西九州新幹線が開業し、サッカースタジアムを核とした巨大プロジェクトが始動した。

また円安は、新型コロナの入国制限緩和とも相まってインバウンド消費復活の起爆剤になる。観光資源が豊富な九州は、元々アジア各国から人気が高く、最も恩恵を受ける地域だ。さらには世界最大の半導体受託製造会社の熊本県進出は近年なかったビッグニュース。同県の企業誘致件数は既に過去最高を記録、九州経済は大きな躍進の時を迎えている。

総論 “シリコンアイランド九州”の起爆剤と期待が高まるTSMCの熊本進出

TSMC新工場の経済波及。効果は4兆2900億円

 熊本県菊池郡菊陽町原水の工業団地で、TSMC(台湾積体電路製造)の新工場建設が急ピッチで進んでいる。敷地面積は約21・3ha。熊本市の中心部から車で約30分、熊本空港からは15分ほどのアクセスに優れた場所に位置する。近づくにつれ、巨大なクレーンが立ち並ぶ様子が見えてくる。

 投資額は約86億ドル(1兆円超)で、日本政府が最大4760億円を補助する。2022年4月に着工しており、23年9月に完成、24年末の出荷開始を予定している。工場を運営する子会社「JASM」には、ソニーグループや自動車部品メーカーのデンソーも出資している。約1700人の雇用を見込み、300人はTSMC、200人はソニーからの出向で、全体の7割を新規採用とアウトソーシングで賄う計画だ。新工場では、ソニーグループが製造するスマートフォンのカメラなどに使う画像センサー用やデンソー向けに車載用の半導体を生産する。

 TSMC進出に伴い、関連する企業が続々と設備増強や熊本県への進出を表明している。例えば半導体製造装置大手の東京エレクトロンは24年秋、合志事業所に開発棟を新設する。また半導体製造で使う特殊ガスなどを販売するジャパンマテリアル(三重県)は22年秋からJASMの工場近くで操業を開始、富士フイルムは24年初めに菊陽町の工場内に最先端半導体材料を生産する設備を新設する。このほかも合計で30を超える半導体関連企業が新増設を準備しており、菊陽町周辺では工場用地不足となっている。このため熊本県は、26年度末までに約50㏊の工業団地を整備する計画だ。

 熊本県が9月に公表した22年の県内基準地価によると、原水の工業用地の上昇率は31・6%となり、全用途を通じた全国の調査地点で1位だった。県内2位が菊池市の23・7%、3位が大津町の19・6%で、いずれも前年から大幅に上昇した。地元銀行の試算によると、新工場の県内への経済波及効果は向こう10年で約4兆2900億円に達するという。

 土地だけでなく人材確保も大きな課題。熊本大学は22年4月、半導体研究教育センターを新設、半導体分野の実践的な高度人材の輩出に乗り出した。24年度には、事実上の「半導体学部」といえる「情報基盤融合学環」(仮称)を新設する。政府は半導体の専門人材育成に取り組むことを発表したが、先行して九州地区(沖縄を含む)の高等専門学校(高専)9校を拠点校(熊本、佐世保)および実践校(その他の高専)に指定した。

西九州新幹線部分開業で長崎駅周辺に熱気

半導体受託製造で世界一のTSMCが熊本県で新工場建設
半導体受託製造で世界一のTSMCが熊本県で新工場建設

 佐賀、長崎方面では9月23日、西九州新幹線(武雄温泉-長崎、約66㎞)が部分開業した。九州新幹線と接続する新鳥栖と武雄温泉間の着工のめどは立っておらず、当面はリレー特急との乗り換えが必要となる。新鳥栖-武雄温泉もフル規格の新幹線でつなぐとなれば、国交省の試算で約660億円の地元負担が発生する。負担額の割に時間短縮効果が少なく、何よりも地元に移管される並行在来線の経営問題、地域交通ネットワークと利便性など解決すべき課題が横たわったままである。

 在来線特急での博多-長崎の所要時間は2時間前後だった。部分開業では武雄温泉で在来線特急に乗り換える必要があるが、所要時間は約1時間20分に短縮された。悩める佐賀県に対し、長崎側は時短メリットなどの恩恵を最大限に活用しようと熱を帯びている。終着駅の長崎駅周辺では大規模開発が進んでおり23年秋には、JR九州が建設中の新長崎駅ビルが開業。13階建てで、1階から6階までが商業施設やオフィス、7階から13階に入居する「長崎マリオットホテル」は24年初頭に開業予定。

 長崎駅から北へ約1㎞の地点では、通販大手のジャパネットホールディングスが、サッカースタジアムを中心にアリーナ、ホテル、オフィス、商業施設を併設した「長崎スタジアムシティ」を建設している。投資額は約800億円で、2024年の完成を目指している。

 一方、福岡県は民間ビルの建て替えを促進することで天神地区の新たな空間と雇用を創出する「天神ビッグバン」プロジェクトをはじめ、再開発ラッシュに沸いている。既に完成した天神ビジネスセンターに続いて、「福岡大名ガーデンシティ」(23年春開業)や、福ビル街区建替プロジェクトそれに日本生命福岡ビル・福岡三栄ビルの建て替え、住友生命福岡ビル・西通りビジネスセンター建替計画など、今後、続々と建物が竣工して街並みを変えていく。福岡県の基準地価(7月1日時点)の上昇率は、全用途、商業地とも全国1位で住宅地と工業地は沖縄県に次いで2位。ビジネス街と商業地が高度に集積する福岡は、国内で最も活気に溢れている。 

九州の再開発といえば福岡都心部に目を奪われがちだが、今、最も注目されているのは世界最大手のファウンドリー(半導体受託製造)であるTSMC(台湾積体電路製造)が熊本県で建設している新工場建設だ。〝シリコンアイランド九州〟の復活に向けて熊本県や関係者の期待と注目が高まっている。