今年も『フォーブス』の長者番付ランキングが発表された。この長者番付は例年、まず世界版、続いて日本版が発表されるが、上位の顔触れは世界版、日本版ともに昨年と変化はなかった。しかし一見、同じように見えても、詳細にこの2つを比較すると日本の抱える問題点が見えてきた。文=関 慎夫
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世界長者番付の顔ぶれは?
世界一の金持ちは誰だ――。という素朴な疑問に毎年答えを出してくれるのが米『フォーブス』の「世界長者番付」だ。今年も3月20日に発表された。
マイクロソフト創設者のビル・ゲイツ氏が4年連続で1位に輝いた。目につくのは米ベンチャーを代表するアマゾン創設者のジェフ・ベゾス氏が3位、フェイスブック創設者のマーク・ザッカーバーグ氏が5位と、それぞれ昨年より順位を上げている。
8位に並んだチャールズ・コーク、デービット・コーク両氏は兄弟で、総合資源会社コークインダストリーズを経営している。コーク社は日本では無名だが、石油、天然ガスなどのエネルギーのみならず、肥料、穀物、化学物質なども手掛ける世界最大の未上場会社。共和党への資金提供者としても知られており、トランプ大統領誕生の陰にはコーク兄弟の存在があったともいわれている。
日本版長者番付に見える企業の課題
長者番付上位に顔を出さないベンチャー
この世界長者番付が発表された約2週間後の4月6日、今度は「日本長者番付」が発表された(表参照)。
1位は孫正義・ソフトバンクグループ社長(世界34位)、2位は柳井正・ファーストリテイリング社長(同60位)。この2人は毎年トップ争いを繰り広げており、2014年から毎年1、2位が入れ替わっている。
今回、孫氏が1位に返り咲いたのは、株価が大幅に上昇したためだ。昨年7月、ソフトバンクグループは英半導体設計大手のアーム社を3兆3千億円という、日本のM&A史上最大の金額で買収した。その直後は、株価を下げたがすぐに反発。しかも今年に入り米大統領就任直前のトランプ氏と電撃会談したことでさらに上昇。昨年7月25日の底値5216円が、今年1月27日には8977円をつけた。その結果、ソフトバンクグループの約20%の株を持つ孫氏の資産は昨年より6千億円近く増えている。
8位の毒島秀行・SANKYO社長は昨年のランク外からのトップ10入りとなったが、これは昨年亡くなった創業者の毒島邦雄氏の資産を引き継いだため。邦雄氏は昨年の長者番付で8位にランクインしている。つまり秀行氏は、長者番付ランクも相続したことになる。また10位の三木正浩・ABCマート創業者は昨年の11位からのトップ10入りだ。代わって落ちたのがマルハンの韓昌佑会長だが、今年も11位に入っている。
つまりトップ11位は昨年と全く同じ顔触れとなった。そしてこれは15年のランキングでも変わらない。同じ11人が3年連続でトップ11を独占している。
ここに日本企業の弱点が現れている。どういうことかというと、新興企業が全く顔を出してこないのだ。
トップ10のうち、歴史の一番浅いのが楽天だ。創業は1997年だから今年でちょうど20年を迎える。次に新しいのがABCマートで設立は85年、それに次ぐのがソフトバンクグループで81年。それぞれ一般的に企業寿命と呼ばれる30年を過ぎている。
「ゴジラ企業」が誕生しない国・日本
世界長者番付も、今年と昨年のトップ10が一緒ではないかと指摘する人も多いだろう。上位の顔触れが同じなのは世界も日本も同じであって、日本だけが新興企業が出てこないわけではない、と思うかもしれない。
しかしそうではないことは、2015年のランキングを見ればよく分かる。ゲイツ氏やバフェット氏、コーク兄弟などはこの年もトップ10に入っているが、ベゾス氏は15位、ザッカーバーグ氏は16位にとどまる。そして14年は18位と21位、そして13年は19位と66位だ。
つまり、ベゾス氏もザッカーバーグ氏も、毎年のようにランクを上げて今年は揃って世界のトップ5に選ばれた。しかもザッカーバーグ氏率いるフェイスブックが誕生したのは04年。まだ15年もたっていない。それでいて日本人トップの孫氏の倍以上の資産を持つ。
10年ほど前になるが、「ゴジラ企業」という言葉をよく聞いた。ハリウッド版『ゴジラ』の中のゴジラは、卵から孵化したあと、急速に成長する。そこで大前研一氏が、昔では考えられないほどのスピードで成長する企業をゴジラ企業と名付けたことから使われるようになった。アマゾンもフェイスブックもそうした1社である。ところが日本にはゴジラ企業がなかなか現れてこない。
07年のランキングを見るとさらにはっきりする。この年の日本長者番付のトップ10のうち、17年でもその座を維持しているのは7人(毒島邦雄氏を含める)で、3人が入れ替わり、高原慶一朗、伊藤雅俊、三木正浩の3氏が新たに加わった。高原氏が創業したユニ・チャーム、伊藤氏のイトーヨーカ堂(現セブン&アイ・ホールディングス)はともに長い歴史を持つ。
強いて言えば三木氏のABCマートだけは急成長企業と言えるだろう。しかし三木氏にしても、10年の長者番付で10位に入っている。つまり日本長者番付は、この8年間、ほぼ固定されていることになる。
ランク入りしている中で最も若い企業である楽天の三木谷氏も、10年前には既に9位に入っている。この段階で会社設立からわずか10年。この時点では楽天は間違いなくゴジラ企業だった。ECモールという日本にはなかった概念を持ち込み、急成長、その後、金融などに領域を広げ、楽天経済圏をつくった結果だ。
しかし、10年前の三木谷氏の資産と現在を比較すると、2倍に増えているにすぎない。一方、番付1位の孫氏の資産は、この10年で3倍以上に増えている。また2位の柳井氏も3倍近い。それを考えると、今の三木谷氏の資産には物足りなさを覚える。
トップ10以外ではどうか。もしかすると、これから大化けする企業が隠れているかもしれない。
そこで番付50位までの間に、00年以降に誕生した企業の経営者を探すと、ヒットしたのは3人だった。25位の笠原健治・ミクシィ会長、30位の山海嘉之・サイバーダイン社長、50位の馬場功淳・コロプラ社長である。ではこの3人の昨年の番付はというと、それぞれ27位、25位、22位だ。つまり笠原氏は上昇したがわずか2つ。山海氏は5つ下げ、馬場氏にいたっては大きく下落した。
笠原氏が創業したミクシィにしても、スマホ向けゲーム「モンスターストライク」がヒットしたことで株価が上がり、資産が増えているが、かつてSNSのmixiで一世を風靡したような勢いは感じられない。
「日本の次に世界」では国際競争には勝てない
なぜ日本では、ゴジラ企業がなかなか生まれないのか。
その最大の理由は、日本市場が中途半端に大きいことだ。そのため日本市場だけをターゲットとしても、それだけで成長できる。だからこそ、ガラパゴス化という言葉に象徴されるように、日本独自の製品・サービスを日本だけで提供してもビジネスが成り立った。
しかしこれでは、企業をある程度までは成長させることはできても、それ以上に大化けすることは難しい。何より海外では通用しない。
日本で成功したビジネスモデルをそのまま海外に持っていってもうまくいかないことは誰もが知っている。しかしベースが日本市場を相手にしていたものの場合、一から制度設計し直さなければならない。これがけっこうやっかいだ。
長者番付1位の孫氏にしても、アメリカの携帯会社スプリントの経営には苦労しているし、2位の柳井氏も、ユニクロの欧米展開は当初のもくろみどおりにはいかなかった。両氏ともここにきて、展望が開けてきているが、ここに至るまでには時間と労力が必要だった。そしてこれは多くの日本企業が直面する問題だ。
ベンチャー経営者においてもそれは同様で、大半の起業家は最初、国内での成功を夢見て会社を立ち上げる。そうして事業が伸びていき、IPOを行い資金的余裕もできる。それから海外市場に目を向ける、というのがよくあるパターンだ。
しかしこれでは時間がかかり過ぎる。最初の商品やサービス、あるいはビジネスモデルがいくら優れていても、時間がたつに従い、類似のものが世界に広がる。そのため、いざ世界に出ようと思っても、市場は既に埋め尽くされているということになりかねない。世界と日本では時間軸が違っている。それに気付かないとみすみす世界進出の機会を逃し成長の芽を摘んでしまう。
そのため最近では、最初から日本市場ではなく、海外市場を対象にしたビジネスモデルを支援しようという動きも出始めており、起業家からビジネスのアイデアを募り、それをブラッシュアップしたうえで、シリコンバレーに投資家を集めプレゼンテーションを行うベンチャーキャピタルも現れた。
先日、国立社会保障・人口問題研究所が公表した日本の将来推計人口によると、53年には総人口が1億人を下回る。今後市場はどんどん縮小していく。当然、日本市場だけを見ているようでは事業は成功しない。必然的に起業家は、最初から世界市場を意識せざるを得ない。長者番付が発表されるたびに、順位の大変動が起きている。そんな生きのいい企業の出現が待ち望まれる。
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