40代以上にとって銀粒の仁丹を知らない人はいないだろう。戦前は予防薬としてアジアはおろか、インドやアフリカまで輸出、貴重な外貨獲得の商品だった。しかし、その仁丹も1982年の出荷額37億円をピークに、2000年代初頭には3億円にまで減少、会社も危機に陥っていた。その危機を03年に中途入社した駒村純一社長が改革、再建に成功する。再生の手法はどのようなものだったのか。また、現在すすめる「第四新卒」採用の意図は何か、駒村社長に聞いた。文=古賀寛明 Photo=北田正明
駒村純一・森下仁丹社長プロフィール
駒村純一氏は老舗の森下仁丹をどう改革したのか
入社時は自転車操業の状態
―― 森下仁丹が厳しい状態にあった2003年に入社されます。なぜ、大変な会社に。
駒村 なかなか一つに絞るのは難しいのですが、前職の商社時代にイタリアで会社の経営を行っていまして、その会社を収益性の高い会社に変えることができたんですね。その会社は技術もあり、規模も当時の森下仁丹と似ていました。商社を辞めて、お話をいただいた時に、こちらにもシームレスカプセルという良い技術がありましたから、優れた技術と、ブランドバリューを土台に成長できればきっと立て直すことができる、といった考えを持っていましたね。
―― 経営企画の役員として入社されましたが、入ってみての感想は。
駒村 当時の人たちには失礼ですが、開発、製造、販売すべてにわたって、意識が低かった。改革して、市場を開拓して業態を伸ばしていこうという信念もなく、過去のビジネスモデルをまわすだけで一日が過ぎている状態でした。ただ、その頃は旧来の製品も比較的売れていましたから、それなりに数字はなんとかなってしまうという、自転車操業の状態だったわけです。
意識改革を粘り強く実行
―― そんな会社をどうやって変化させていくのでしょうか。
駒村 まずは、意識改革を行いました。主に幹部以外の人たちです。彼らを前向きの意識に持っていくために徹底的に対話しましたね。具体的には、世の中の動きと当社の動きが乖離している現実を説明しながら、世の中の動きに合わせて行動しなければ、組織の維持すら難しくなっていくよ、ということ。そのためには、製品だけではなく、新たな事業も視野に入れた前向きさが重要だということです。つまり、ヤル気を出すことに時間を費やしました。
―― 抵抗する勢力などは。
駒村 抵抗らしい抵抗は記憶にないですね。それよりも沈んだ雰囲気や「あまり面倒くさいことはしないでいこう」といった空気が染みついていたことが問題でした。ですから、社内でもビジネスに関する議論は皆無でしたね。そうした空気を一掃しようと、その次に、人ごと入れ換えていく中途採用を始めたのです。
ところが中途採用した多くの人も、このモワンとした空気に染まってしまうんです。人間誰しもラクな方がいいですからね。初めのうちは採用しても、ビックリして辞めていく方、残るけれども馴染んでしまう人が多かったですね。
―― 「雰囲気が変わったな」と感じたのは。
駒村 随分後です。06年に社長に就任しましたが、その頃でもまだまだ入社当時のどんよりとした雰囲気は残っていました。ただ、社長になったことで権限もついてきたわけですから、人材の入れ替えを加速、今では全社員の半分強を中途採用の人たちが占めています。
なかでも、シームレスカプセルの開発はどちらかと言えば新しい事業でしたので、この分野を中心に技術開発のできる技術系の人材を強化しました。それが、この部署の意識をいちはやく変えることにつながり、ヘルスケア事業に並ぶ柱に育ちました。
―― シームレスカプセルの技術があるということは、優秀な技術者がいたのではないですか。
駒村 わたしが入社した時点で新たな研究はストップされていましたから、開発の主体を担った方々は既にいなくなっていました。つまり、宝の持ち腐れだったわけです。
その後、徐々に他の部署でも意識は高くなり、社員の平均点は上がってきました。しかし、今後ますます競争は厳しくなりますから、もっと変革を行っていかなければならないわけです。そこは、スキルではなく意識、意欲の部分です。その部分が十分ではない。会社の推進力になる方がまだまだ足りません。そこで、第四新卒というプロジェクトを始めたのです。
鍵を握る人材確保と求める人材像とは
「第四新卒」に2千人以上の応募
―― 意欲ある中高年人材の募集である第四新卒の取り組みはメディアでも注目されていますが、この発想はどこから。
駒村 いくら、優秀な若い人材を獲得できても、その能力を引き出せなければ、会社も成長できないということです。従来は人材紹介会社からスキルやキャリアに基づき紹介を受けて採用していましたが、ミスマッチが多かったのです。
今はその人の「意識」を重視しています。それは、伝えて、広めて、浸透させるといったエバンジェリスト(伝道者)を欲しているからです。成長のフェーズが変わったということですね。
そこで、中高年であっても成長していくパワーのある意識の高い人に入ってもらって、若い人のモデルとなって新たなものをつくりだしてもらいたい。だから、第四だけれども新卒という言葉を使ったのです。
―― 2千人以上の応募があったそうですね。
駒村 ありがたいことですが、大変な仕事が待っています。どういうことを期待しているかというと、当社は単純にスキルだけで組織が動くような段階ではありませんから、もし仮に合理的な手法をもっておられても、組織が対応できないわけです。
つまり、求めているのは、組織を教育して、引っ張って、足りない部分は自分で埋めていただくことですからスキルよりもハートやパッションを重視しています。熱意があると、人は勉強するからです。
技術の進歩はもちろん、価値観すら変わり続ける現代では、学習意欲があるかどうかが組織を率いる人にとって必須の条件だからです。脅すような感じになっていますが、そこまで言っておかないと、後で話が違うと言われても困りますからね。もちろん、そんな熱意の塊の人ばかりになっても、会社はうまく回りませんけどね。大事なことはそのバランスを取っていくことです。
働き方の選択肢を増やす
―― 最後に会社は変わりましたか。
駒村 結果として、表面は変わっているでしょうが、中から見るとそんなに変わっていません。2だった通信簿が、3から4に上がれるかなといった具合です。今は5を目指して何が必要かといったところで動いている状態です。業績を見ても売り上げで100億円を超えて、悪いとはいえませんが、経常利益率が低いなど課題はたくさんあります。
今後、さらなる成長を考えれば、報酬面はもちろん、ダブルワークなど、旧来の日本型雇用を超えた働き方の選択肢を増やしていかねばならないでしょうね。
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