楽天が、「第4の携帯電話会社」となるべく、キャリア事業参入に向けた活動を開始した。サービス開始は2019年の予定で、現在は総務省へ電波割り当てを申請している段階だが、公表した設備投資計画などから事業の見通しの甘さを指摘する声が挙がっている。文=村田晋一郎
楽天がサービスのアンカーとして携帯電話事業参入
楽天はこれまで、MNO(移動体通信会社)であるNTTドコモから通信回線を借りて携帯電話サービスを提供するMVNO(仮想移動体通信会社)として、携帯電話事業「楽天モバイル」を展開している。2014年秋にサービスを開始し、17年11月には同じMVNOのフリーテルを買収し、事業を拡大してきた。
MVNOのサービスはいわゆる「格安スマホ」である。携帯電話事業を展開する上で、最もコストが掛かるのは通信インフラへの投資であるが、MVNOは通信回線をMNOから借りることで、インフラを不要とし、安価なサービスを提供する。しかし、MNOから回線を借りる以上、時間帯によっては通信品質が劣るなどのデメリットがある。
携帯電話全体の契約数を見ると、NTTドコモ、au、ソフトバンクのMNOの大手3社が約9割を占める。残る1割の格安スマホの中での競争は激しく、楽天が買収したフリーテルも赤字に苦しんでいた。コミュニケーションアプリ「LINE」との連携が注目を集めたLINEモバイルも現在はソフトバンクの傘下に入っている。
楽天モバイルのシェアは格安スマホでは上位だが携帯電話全体では1%に満たない。格安スマホの業態では、大きな事業拡大が望みにくい状況にある。
さらに楽天にとっては、本業のEコマース事業での競争激化への対応が喫緊の課題となっている。
アマゾンとの競合に加え、最近のYahoo!ショッピングの台頭も無視できなくなってきた。昨年、米通信大手のベライゾン・コミュニケーションズが米国のヤフーを買収したように、ネットワークとコンテンツ、さらにEコマースが融合する流れがある。
実際に日本におけるYahoo!ショッピングの台頭も、ソフトバンクとヤフーが連携し、ソフトバンク顧客のみにYahoo!ショッピングのポイントが10倍になる優遇サービスを展開していることが大きい。楽天モバイルも楽天市場とのポイント連携は行っているが、ソフトバンクと楽天モバイルとではユーザー数の規模が桁違いだ。楽天としては携帯電話事業の強化が必須となっている。
そこで、楽天はMVNOから脱却を図り、自ら通信回線を有するMNO事業への参入を進めている。楽天は2月末、総務省に携帯電話向け電波の割り当てを申請した。審査には1カ月を要するが、総務省は新規参入を歓迎しており、すんなり認可されて、楽天が「第4の携帯電話会社」になる可能性は高い。
楽天としては、2019年からMNOのサービスを開始し、数年後に1500万人の顧客獲得を目指すという。「携帯電話事業は次のサービスのアンカーになる」と三木谷浩史会長兼社長は期待を寄せる。
楽天の設備投資予定額が携帯電話業界に物議を醸す
サービスが始まる前の段階であるにもかかわらず、業界内では、楽天のMNO事業参入を不安視する声が強い。
一つは設備投資額が少な過ぎることだ。MNO3社は毎年5千億~6千億円を投資しているのに対し、楽天は25年までの7年間で6千億円を投資する予定だという。内訳は、屋外基地局が3千億円、屋内基地局が800億円、基幹回線網が650億円、ユーザー増対応が800億円などとなっている。田中孝司・KDDI社長が「6千億円で設備投資が賄えるほど通信事業は甘くない」と語るように、この設備投資額には同業者も首をかしげる。
しかし楽天側はあくまで強気だ。事業を担当する山田禎久副社長によると、過去にイー・アクセスやUQが新規参入した際には、約4千億~5千億円の投資額で全国ネットワークを構築しており、楽天も6千億円の投資で十分だという。そして、この6千億円はベンダーの見積もりを基に算出しており、根拠のある数字だと自信を見せる。
また、楽天が今回、周波数の割り当てを申請しているのは、現行の第4世代携帯電話システム(4G)であり、楽天は4Gに特化する形となるため、既存キャリアが行っている3G以前の古い設備の更新の投資は不要になるというのが楽天側の見立てだ。
ユーザー数の目標は1500万人で、数千万人規模のユーザーを抱える既存キャリアほどのキャパシティーも不要と見ている。基地局の設置にはAIを活用し、投資も効率的に行う方針。さらに東京電力ホールディングスと連携し、東電が保有する鉄塔や電柱を基地局として活用することで投資を低く抑える。
その一方で、サービス開始当初から、いきなり自社設備で全国をカバーすることは不可能という。まずは加入者増が見込める都市部に自社設備を導入し、それ以外のエリアはMVNOとして既存キャリアからネットワークを借りる方針。そして最終的には全国カバー率を100%近くに持って行く方針。
しかし、こうした楽天側の主張が業界の不安を増幅させている。
まずは通信のネットワークの品質だ。順調に認可されるとしても、楽天に割り当てられる周波数は、4G用の1.7GHz帯と3.4GHz帯の2つ。つまりプラチナバンドと言われる800MHz帯は含まれていない。プラチナバンドの電波は、コンクリート壁を透過しやすく、回折によって障害物を回り込む性質があり、遠い場所やビルの内部にも電波が届きやすい。
ソフトバンクが携帯事業に参入した当初は、このプラチナバンドを持っていなかったため、「つながりにくい」との批判を受けていた。同じことが楽天にも起こり得る。電波の届きやすい場所では、1.7GHz帯と3.4GHz帯で、高速通信を利用できても、屋内に入った途端につながらなくなる可能性が出てくる。
そして、既存キャリアは次世代の5Gの取り組みを進めている。早ければ20年の東京オリンピック・パラリンピックに合わせて一部商用化を目指している。
楽天も5Gも見越した上で準備しているとしているが、現在の計画のままなら、恐らく5Gの普及が進む25年はようやく4Gの初期投資が終わる段階で、5Gでは完全に乗り遅れることになる。追加で5Gの投資計画がないとしたら、5Gに移行した際に4Gだけで勝負することになり、とても既存キャリアに伍していけるとは思えない。
次に採算性の問題がある。MNOのサービス開始後は、MVNOの楽天モバイルとユーザーを統合する方針だ。そうなると、MNOのサービスの料金水準は、楽天モバイルに合わせざるを得ない。
楽天モバイルは、通信施設に投資が不要のMVNOであるからこそ、格安スマホの低価格を実現できている。これがMNOで格安スマホと同じ料金を設定するとなると、MNOの収益性は悪化する。楽天側は従来のMNOにないシンプルな料金プランや効率的な投資で、料金を抑えるとしているが、MNOとMVNOとでは、そもそも事業構造が異なる。MNOの採算はかなり厳しくなるだろう。
さらにサービス開始時点でカバーできないエリアは、MVNOとしてサービスを提供することになる。楽天モバイルは現在、NTTドコモのネットワークを活用しているが、MNO事業ではNTTドコモと競合することになる。これがMVNO事業でのネットワークの融通などに影響し、MVNOのサービスの低下やコスト増加を招く可能性がある。
携帯電話をはじめとする通信事業は甘くないと楽天に警鐘
楽天の見通しの甘さの背景を考えると、日本の携帯電話市場の特殊性を無視しているように思える。
三木谷会長は、世界的には第4の携帯電話メーカーが成功している国があることを引き合いに出し、それが世界的潮流であるとし、楽天が成功すると意気込んでいる。
しかし、日本の携帯電話市場は既存キャリア3社による寡占が進んだ成熟状況にある。今後は人口減少に伴い、市場が減ることはあっても、劇的に増えることは考えにくい。後発となる楽天が事業を進める上では、既存3社からシェアを奪うことが必要になる。
現状で考える楽天のMNOの最大のメリットは楽天市場との連携で、既に楽天モバイルでも実施されているが、楽天市場のポイントで楽天モバイルの使用料を支払えること。それはMNOでも引き継がれるが、これまでの楽天モバイルのユーザー数の伸びを見る限り、既存キャリアから大幅にシェアを奪うには至らないのではないか。
やはり、後発の新規参入者には、それなりの戦略が必要だ。例えば、ソフトバンクが参入した際には、先行する2社に対して、破格ともいうべき低価格の料金プランを提示、さらに日本で初めてアップルのスマートフォン「iPhone」の販売を開始した。それぞれ大勝負と言える戦略だったが、新参者はこれぐらいのことをしないと、既存市場で一定のポジションは取れない。
また一時の勢いはなくなったとはいえ、日本市場ではiPhoneの存在は大きい。しかしアップル側のさまざまな制約があり、楽天が早急にiPhoneを扱うことはないだろう。これまで見たように通信品質や料金体系で特段の優位性がなく、また、iPhoneも使えないキャリアに乗り換えるケースは少ないのではないか。
もう一つ、通信事業の特殊性への配慮も不足しているように見受けられる。今や携帯電話は、人々の生活に必要不可欠な社会インフラだ。楽天は設備投資を、AIを活用して効率的に行うということだが、インフラの整備は、本来、泥臭い世界である。
特に既存の3キャリアは、東日本大震災を経験している。あの震災で、通信ネットワークが途切れたことで失われた人命は少なくない。その教訓から、各キャリアは地道にネットワークの強化を図ってきた。それは効率的な投資という概念ではなく、震災の悲劇を糧として、あくまで人命を守るインフラとして整備を進めてきたのではないか。その意味でも、楽天は通信事業を甘くみているように感じる。
今後、楽天では、総務省の認可を受け、サービス開始に向けた具体的な展開が始まるだろうが、現状では大きな疑念を抱かざるを得ない。
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