経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

猪塚武氏に聞く「カンボジアでの大学づくりと日本の教育の問題点」

猪塚武氏

カンボジアのリゾート地であるキリロムに、授業料、生活費ゼロで最先端のITを学ぶことができるキリロム工科大学を設立した猪塚武氏。カンボジア人学生に次いで、2018年4月からは日本人留学生の受け入れも開始した。

この仕組みが実現できた秘密は、大学運営費用や学費をスポンサー企業からの出資で賄う代わりに、卒業生はそれら企業に入社して最低4年間働くという条件で学生を受け入れているため。優秀な人材が欲しい企業、英語で最先端のITを学びたい学生、そして大学を通じて都市づくりを進めたい運営サイドと、全員がウィンウィンになれる仕組みを構築したのがポイントだ。

キリロム工科大学の手法は、さまざまな問題を抱える日本の教育制度をアップデートするうえでも参考になるところが多い。学長の猪塚氏に、大学設立と運営を通じて得た知見と、日本の教育における問題点について考えを聞いた。(聞き手=吉田浩)

猪塚武氏プロフィール

猪塚武氏

(いづか・たけし)1967年生まれ、香川県出身。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修士課程修了。98年に設立したデジタルフォレストを2009年にNTTコミュニケーションズに売却。12年よりカンボジアでプロジェクトを立ち上げ、14年キリロム工科大学を開学。

猪塚武氏がカンボジアに大学をつくった理由

海外アントレプレナーの子どもたちに負ける日本の学生

―― 猪塚さんの教育に対する関心や、問題意識はいつ頃芽生えたのでしょうか。

猪塚 自分の学生時代を振り返ると、高校生のときは1日14時間ぐらい勉強して、成績はダントツの1位でした。現役で早稲田の理工学部に入って、貧乏だったので家庭教師を9年間ぐらいやっていました。最後は時給4千円になって、ひと月に40万円ぐらい稼いでいたんです。ただ、その時に小学生に勉強ばかりさせるのはかわいそうなので、中学受験はやっちゃいけないという考えを持つようになりました。

大学では博士課程に進んだのですが、そこはいわゆる象牙の塔で、家庭教師ばかりやっていたから教授と仲が悪くなってしまい、修士課程を3年行くことになりました。大前研一氏の一新塾の一期生にも通っていたのですが、大学というのは大きな改善が必要な場所だと感じました。地球物理学専攻だったので、そのまま行けば大学の先生になるしか道はなかったわけですが、そうした中で教育の抱える課題は一通り見てきました。

―― 大学を出た後はどんな道に進んだのですか?

猪塚 IT企業を起業して、世界最大の起業家組織EOの運営側に関わったのですが、そこで世界中で活躍する華僑などの友達がたくさんできて、日本人とはまるで概念が違うことに驚きました。彼らは、どんなふうに子どもを育てたいのかということに関して非常に進んだ考え方を持っていて、新興国のアントレプレナーの子供たちが、さまざまな面において日本の子供たちに完全に勝っているという事実が衝撃でした。

カンボジアでブルーオーシャンだったテクノロジーの高等教育

―― 創業したIT企業を売却したのちカンボジアに来られたわけですが、当初は教育事業をやるつもりではなかったと聞いています。

猪塚 カンボジアに来たのは、まずエコツーリズムを実現しようというのがスタートだったんです。

森を守るための活動をスタートさせたのですが、プロジェクトのマネージャーを務められる人材がカンボジアにはいないし、大きな組織が作れる状態ではありませんでした。ポテンシャルのある人材を教育しても、半年後には高給で米国企業に引き抜かれてしまって、これは勝てないなと。

そこで総理大臣になったつもりで国を分析した結果、当面現地人と競合にならないブルーオーシャンのエリアが、テクノロジーの高等教育だということが分かりました。事業としてもうまく行きそうだし、自分で教えることもできるから、やってみようかなと。

事業のセンターピン(*編集部注:ボウリングのセンターピンに例えて、うまく倒せたら事業全体がうまく行くという要素)は何かと言えば「ウチの学校に来て卒業すればお金持ちになれる」という部分でした。

カンボジアの大学は応募すればどこにでも入れる状況で、偏差値という概念はありません。大学に入る理由は、何となくとか友達が行くからとか、そんな学生が多い。状況を政府が変えようとしても、インセンティブを出せないので難しい。だから、われわれの大学を出たら、カンボジアで働く人の10倍くらいの給料をもらえるというのが、圧倒的なインパクトを持ったんです。

日本人学生が満足できるレベルの大学をカンボジアにつくる

―― 家庭の収入レベルなど、募集する学生の属性でターゲットは絞ったのでしょうか。

猪塚 属性は入学後に分かってきましたが、最初からどんな学生を呼ぶか、ターゲットを決めるようなことはしませんでした。大学としてはお金持ちの子どもを積極的に入学させる理由もありません。学生を採用する側からしたら、貧乏な人とお金持ちの人であれば、むしろ貧乏な人の方が頑張りそうだという考えもあるでしょうしね。

自分が事業を行ってきた経験から、日本人は十分なエンジニアを教育受けていないから勝ちようがないし、英語ができないからインドや中国に会社を作ってもパワーアップしないといった問題があるのは分かっていました。結局は、国の教育の根幹に問題があるんです。

だから、カンボジアに大学をつくろうとなったときに、カンボジア向けのプアな教育ではなく、なおかつ搾取型の支援でもなく、普通に日本人が来て大丈夫な場所にして、そこにカンボジア人を入れるようにすれば良いんじゃないかと。

 

柔軟性に富んだキリロム工科大学の仕組みとは

ファイナンスのリスクはそれほど高くな

―― スポンサー企業はどうやって集めたのですか。

猪塚 主にフェイスブックを使って、事業家時代に培ったネットワークをたどって集めました。最初は学生が22人しかいなかったので、スポンサーは4社で、その後徐々に増えていきました。

ただ、最初は不安もあったので、スポンサー集めに失敗したら学生全員をITエンジニアとしてウチで雇おうと思っていました。カンボジアの学校を卒業した学生たちの中で、ウチの大学を卒業すればダントツに高い実力を付けられる自信があったので、最終的にはファイナンスできると考えていました。「リスクが高いでしょう」と多くの人に言われましたが、自分自身はあまりリスクと感じていなかったですね。

今は5期生までいて、学生の数は基準をかなり増えましたが、スポンサーが16社に増えてちょうど吸収できるようになりました。

 日本人学生の受け入れも開始

―― カンボジア人に次いで、日本人学生の受け入れも始めましたね。

猪塚 18年4月からは日本人学生も受け入れ始めました。日本人学生には、「日本で就職せずに(例えば)グーグルUSAに入ろう」と言っています。ウチの大学を出れば、アメリカで働けるという部分を、日本市場にはアピールしたいと思っています。

費用は授業料免除でなければ、4年間生活費込みで500万円程度です。奨学金を使う場合は、日本学生支援機構の第2種奨学金を全額借りることが可能です。インターンシップをしっかり行えば、卒業時には180万円から370万円の卒業時奨学金制度もあります。もし、金銭的にピンチになったら、カンボジア人と同じくスポンサー企業に入ることを条件に、授業料と生活費の免除に切り替えることもできます。

―― 非常に柔軟な制度設計ですね。今後は他の国からも学生を集めるのでしょうか。

猪塚 学生は現在カンボジア人と日本人ですが、ターゲットにするのは英語が苦手な国の学生ですね。英語でITを教える学校は世界中にたくさんありますが、そもそも英語ができないと入学できません。われわれは英語ができない状態で入ってもらって英語とITを教えます。ランゲージスクールとIT教育が融合しているんです。

―― ただ、学生はかなり頑張らないといけなさそうですね。

猪塚 勉強が好きでハングリーな人しかやっていけないでしょうね。キツイとは思いますが、4年あるので頑張れば卒業できます。

ただし、今は学生にIQテストを実施して、入学前にフィルターをかけています。論理性がしっかりしていないと教えても伸びませんから。

―― 先生はどうやって確保しているのですか。

猪塚 インドやフィリピンから、起業家の会などを通じて紹介してもらっています。インドにはITを教えられる先生がたくさんいるので、採用には困らないです。

カンボジアにインターナショナルスクールを設立した背景

―― 大学以外に、小学生が親子で留学できるインターナショナルスクールもつくりましたね。

猪塚 キリロムは教育の街なので、人口が10万人くらいになると先生たちも5千人くらいに増えるので、その家族のための学校が必要となります。だから、小中高全部を作って、モデル校としてやっていく考えです。

小学校に関しては、たとえば私の生まれ故郷である香川県さぬき市など、地方の町にはインターナショナルスクールがなく、これが地域格差を生んでいます。中学、高校に関してはキリロム工科大学にすべての学科はつくれないので、特定の学科で世界最先端に入れるようなスーパー進学校にして、滑り止め(といっても入るのは難しいですが。)でキリロム工科大学に入る選択肢もあるというのが良いと思っています。

一度外国に出て日本に戻るとハンデがあるので、キリロム工科大を卒業すれば、日本の人気IT・コンサル企業には入れますよというのをアピールしていきます。

カンボジア人も受け入れるためには、カンボジア人が払える程度のレベルでないといけませんから、インターナショナルスクール(小学校)の学費は年間40万円です。先生はフィリピンから呼んだり、キリロム工科大の大学生が教えたりすることで人件費を下げられます。

猪塚氏が考える日本の教育の問題点とは

 

日本と米国の人材ニーズの違い

―― 猪塚さんが考える日本の教育の問題点はどこでしょうか。

猪塚 このままでは日本の教育は危ないという確信があります。日本の大学教育が機能していないのは先生が終身雇用である点と、教育ではなく研究がメインになっているところが根本的な問題です。さらに大学の設置基準の問題なども結構根が深いと思います。

―― 大学運営を進める中で、課題などは出てきましたか。

猪塚 ウチの大学ではエンジニアを育成していますが、日本向けとアメリカ向けでは教える内容を変えないといけないというのが分かりました。

驚きだったのは、日本だと何でもこなせるフルスタックエンジニアと呼ばれる人材の評価が高いのですが、シリコンバレーではチープなエンジニアとみなされてすぐに会社をクビになると指摘されたことがあります。世界で戦うには、特定の分野でもの凄く尖っている方がいいという考え方です。そうした学生を1年生から育てるべきだと言われています。

学校としてはそちらに振るのは恐怖がありますが、アメリカではそうした人材に多くのニーズがあるので、尖っている人が採用されないことはないという感覚です。学生を雇うスポンサー企業の意向もあるので、仮に米国企業がスポンサーになれば、尖った人材育成に振れる可能性もあると思います。

「日本の子供たちは損している」

―― 時代の変化は速いので、カリキュラムも常にアップデートしなければなりませんね。

猪塚 カリキュラムは半年に一度更新して、その間にも新たなインプットがあるたびにマイナーチェンジを行っています。

今はホスピタリティの学科もつくっていますが、これもやり方が海外と日本では違うので悩んでいるところです。たとえば海外ではホテルが急増しているので、ホテル立ち上げやマネージャーが多く求められていますが、日本ではあまりニーズがなくて、中国語ができてマルチタスクをこなせる人材などが求められています。会社に入ってから教育するので、学校で学んだことは使えませんなどと言われますしね。

日本の子どもたちは損していると思います。日本流の受験勉強をする人も勉強の内容で損しているし、さらに良くないのは指定校推薦制度です。ウチの大学の場合も、指定校推薦で来た子たちは大学とのミスマッチが発生していました。指定校推薦制度は教育界の都合でできていると思います。受験は大学の授業についていけるかどうかのフィルターの役割を果たしている部分もあるので、実は生徒を守るためのものという側面もあるのです。

キリロム工科大学を日本の教育のロールモデルに

―― 日本の学生にとって、キリロム工科大のようなシステムは非常に魅力的だと思います。

猪塚 カンボジアだからこそ出来た部分はありますが、今やグローバル社会なので、カンボジアの学校が日本の学生をたくさん引っ張ったら日本の教育界はどうするのか、ということを考えてもらいたいです。ウチの学校だけだと日本人は最終的に毎年1千人くらい留学することになるかもしれませんが、それではまったく日本は変わらないので、ウチのことを見ながらみんなで話し合って変わってくれたらよいと思います。

―― 日本の教育界を変えるのはかなりハードルが高い気がします。

猪塚 変えなければ日本の教育は沈みます。われわれがロールモデルになるので、何もしなければ海外の学校に日本人がどんどん持っていかれるという危機感を、政府や教育関係者には持っていただきたいと思っています。

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