新型コロナウイルスの流行で人々は自粛生活を強いられた。不要不急の外出を控え、家でじっとしているのだから、消費が落ち込むのは当然だ。GDPの3分の2を占める個人消費が減ってしまえば、日本経済そのものがおかしくなる。この巣ごもり消費はいつまで続くのか。政府の配った10万円は個人消費回復のための切り札となるのか。クレディセゾンの林野宏会長CEOに話を聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(『経済界』2020年9月号より加筆・転載)
林野 宏・クレディクレセゾン会長CEOプロフィール
(りんの・ひろし)1942年京都府生まれ。65年埼玉大学文理学部卒業後、西武百貨店(現・そごう・西武)入社。82年に西武クレジット(現・クレディセゾン)に転じクレジット本部営業企画部長。その後常務、専務を経て2000年社長、19年から会長CEO。
林野宏氏が見る新型コロナのグローバル経済への影響
中国の存在感を再認識
―― 今度の新型コロナウイルスの流行によって、経済は大きく落ち込みました。しかも第2波、第3波の襲来も予想されるため、経済が元どおりになるには長い時間がかかりそうです。
林野 新型コロナによって、これまで日本では953人の方が亡くなっています(6月22日時点)。感染者数は1万7916人です。しかし昨年1年間で、インフルエンザによって3417人が命を落としています。過去を遡っても毎年2千~4千人の方が亡くなっている。それを考えると緊急事態宣言などはやや過剰反応だったようにも思います。
なぜ日本人の感染者が少ないかは今後検証されるでしょうが、真面目に手洗いするなどの日本人の勤勉さが奏功しているのかもしれません。もちろん熱しやすく冷めやすい国民性ですから、いつまで続くかは分かりませんが、それでも第2波、第3波がきたとしても、それほど大騒ぎすることはないと考えています。
ただし世界ではまだ収束の兆しが見えていませんし、これが経済に与える影響はものすごく大きい。IMFは今年の世界全体の実質成長率がマイナス4・9%と、リーマンショック以上に落ち込むと予測しています。さらに怖いのは、1918年に始まったスペイン風邪の時は、約10年後に世界恐慌が起こりました。ですからコロナの後にも世界的な恐慌が起きる可能性も否定できません。
―― 世界の経済はグローバル化とともに拡大してきましたが、その一方でパンデミックが起きやすい状況を作り出しています。しかし、新型コロナによって人の動きが止まってしまいました。今後、どのようなことが起きてくるのでしょうか。
林野 新型コロナによってヒト・モノ・カネの動きが一気に止まってしまった。当然経済は停滞します。
そしてもうひとつ、新型コロナで鮮明になったことがあります。それは世界のサプライチェーンにおける中国の存在感の大きさです。
―― 確かに中国での製造がストップしたために、日本や欧米では、新型コロナがそれほど流行していない段階にもかかわらず、自動車工場などが止まってしまいました。
林野 ここ30年ほど、先進国はほとんど経済成長していません。GDPが伸びているといっても、せいぜい年率数パーセントです。それに引き換え新興国では大きく伸びている。とりわけ中国は、数年前まで2ケタの高度成長を続けていました。
つまり先進国が経済成長をするためにグローバル化を進めてきたにもかかわらず、実際には技術や工場、人や資金まで提供して、中国の成長を助けてきた。その結果、中国がサプライチェーンを支配するような形になりました。パンデミックにより、それを多くの人が知るようになりました。日本でもマスク不足で右往左往しましたが、これもマスクの70%以上を海外からの輸入、その多くを中国に依存していたためです。
今後は世界各国がその見直しを進めることになると思います。既に米中は激しい経済戦争を繰り広げていますが、この本質は経済戦争ではなく覇権争いです。今後は多くの国で自国優先主義が進んでいくでしょう。
二次産業の論理で動く日本経済
―― 先進国の中でも日本の成長率は過去30年で平均1%と、先進国の中でも最下位です。しかもIMFは今年の成長率がマイナス5・8%になると予測しています。
林野 2つ原因があります。1つは経済界の構造です。日本のGDPの約75%は第三次産業によるものです。ところが経団連を筆頭に経済界の主流は第二次産業の人たちであり、二次産業の論理で動いている。これが官僚機構と結び付くことで、既得権益を守り新規参入を阻害する方向へ力が働いた。それによって産業構造改革が他の先進国に比べて遅れたことは否定できません。
もう1つの理由は、中小企業に対する過保護政策です。日本の会社の95%以上が中小企業ですから、これは大切にしなければなりません。しかし過度に手を差し伸べることで、本来、淘汰されるべき企業までゾンビ企業として生き残る結果となった。これもやはり産業構造転換の障害になっています。こうした部分に手をつけないと新たな経済成長はむずかしいのではないでしょうか。
―― 日本のGDPの3分の2が個人消費です。新型コロナによる自粛で、個人消費も大きく落ち込んでいます。直近の数字はいかがですか。
林野 当社のカードショッピングの取扱高は、今年1月が前年比(以下同)105・8%、2月107・8%と好調に推移してきましたが、3月には93・8%と前年を下回り、4月78・2%、5月78・6%と大きく落ち込みました。6月は多少持ち直しましたが、それでも前年を下回っています。
加盟店の売上高を見ても、百貨店は4月27%、5月30%、衣料品店も4月40%、5月76%、飲食は4月18%、5月24%です。さらに旅行・交通は4月が1%、映画館も4月2%、5月1%と壊滅的な数字です。
その一方でスーパーは4月117%、5月113%、通販・ECは4月110%、5月106%、ホームセンターも4月106%、5月113%とそれぞれ好調でした。書籍・音楽は4月142%、5月126%と大きく伸びています。外出を控えて自宅で多くの時間を過ごしていることが、この数字からも読み取ることができます。
増えぬ個人消費をいかに刺激するか
―― 新型コロナによる経済への影響をできるだけ小さくするためにも、個人消費の喚起は不可欠です。政府は国民に1律10万円を支給しました。そろそろ行き渡り、それが消費へと向かうのではないですか。
林野 ところが新聞社などが実施したアンケート調査によると、10万円の使い道として多いのが生活費の補填や貯蓄で、レジャーや家電製品・自動車などを大きく引き離しています。なかなか消費には向かわないというのが実情です。緊急事態宣言が解除され、徐々に経済活動も活発になってきていますが、それでも巣ごもり消費で身についた、不要不急の買い物はしないという状況はなかなか変わりそうもありません。
―― 先ほどの数字にもありましたが、小売業の中でも百貨店が、緊急事態宣言時に閉店していたこともあり、売り上げを大きく落としています。クレディセゾンは西武百貨店から派生した会社ですから、百貨店の行く末が心配ではないですか。
林野 既にアメリカではニーマン・マーカス、JCペニーなどが経営破綻しました。スペインのZARAにしても店舗を大幅縮小しています。厳しい時代です。
もともと消費とは無駄遣いです。特にファッションはその最たるものです。その無駄が、文化を生み出してきた。ただし無駄使いをするには、所得が増えていくという前提が必要です。将来、収入が増えることが約束されていれば、借金をしてでもお金を使おうという気になる。ところが今はデフレ社会です。お金を持っていたままのほうが価値が上がる。これでは消費には向かいません。
しかも社会保障費が増えていることもあり、日本人の可処分所得は右肩下がりで減っています。それに加えて人口減少です。昨年の出生児数は86万5千人でした。一方、死亡者数は138万1千人。差し引き51万6千人も人口が減っています。ただでさえ消費が減る条件が揃っているところに、今度の新型コロナです。消費減退に新型コロナが拍車をかけることになりそうです。
―― 何か有効な手立てはないものでしょうか。
林野 消費意欲の高い若者たちがお金を使える環境を整えることが必要です。これは以前私が提言したものですが、若者の初任給を大幅に上げる。さらに若者の所得税をゼロにする。そういうようなことをやって消費を増やす努力をやっていかないことには、個人消費は増えていきません。
クレディセゾンは危機にどう向き合うのか
緊急時に必要なのは原点に返ること
―― クレディセゾンに与える影響はどうですか。消費の減退がある一方、昨年の消費税増税でキャッシュレス決済を優遇したことで、カード払いも増えています。また新型コロナの影響で衛生面から現金を使いたくないという人も増えています。今後どのような施策を打っていきますか。
林野 こういう時は、原点に返ることです。当社の場合でいうと、顧客を中心において、よりよいサービスを提供し、顧客の利便性を高め、顧客の支持を獲得することに全力投球する。それによって新しいビジネスも見えてくる。
例えばクレディセゾンでは、信用金庫と提携して、信金の融資に保証をつけています。また、一人暮らしの人が増えていますが、中にはアパートを借りる場合や入院する時に保証人を用意できない人もいる。そこで当社では家賃保証サービスを提供しています。当社には長年にわたって培われた与信能力がある。そこでこうしたビジネスが生まれました。
また、最近では個人事業主(SME)向けカードの発行に力を入れています。当社のB2B領域のショッピング取扱高は年率10%以上の伸びを示していますが、中でもSMEは30%を超えています。決済手段として利用していただくだけでなく、調達支援やキャッシュフローの改善など、財務部門についてもお手伝いしています。
危機感の欠落こそ企業にとって最大の敵
―― 先行きが見えない時代に、企業を存続・発展させていくには何が必要ですか。
林野 私は企業の本質は競争だと考えています。顧客に対していいサービス、いい商品を届けるために競争する。そしてそのために必要なのがイノベーションの継続です。これができない企業は成長力を失って衰退し、やがて滅んでしまいます。
―― クレディセゾンはITベンチャーと数多くのアライアンスを組んでいます。そこからの刺激もイノベーションに結び付いているのではないですか。
林野 それはありますね。サイバーエージェントから始まって、数多くのベンチャーキャピタルと提携し、資金も出しています。彼らにとってみれば一番欲しい顧客を持っている。われわれは彼らから刺激を受けると同時に新しいビジネスにつなげていく。1億円出資して、それが5億円になったといって喜ぶのではなく、一緒になって成長していくことを目的にしています。
もちろん過去には失敗した事例もあります。しかし彼らと付き合うことで大いに刺激されます。ほとんどの起業家が若く、意欲に燃えている。彼らがイノベーションの触媒になってくれる効果もあります。
―― ではクレディセゾンの未来に不安はありませんね。
林野 そんなことはありません。一番の欠点は、社員が「成功した会社」だと思っていることです。クレジットカード業界も過払い金請求によって致命傷を負い、その多くがメガバンクの傘下に入りました。当社は独立を維持していますが、それをもって「この会社は大丈夫だ」と思ってしまっている。この危機感の欠落は非常にまずいと思っています。
自分たちが成功したと思い込むと、自然と外部の人に対して偉そうに接してしまいます。これは相手に嫌われる最大の要因です。こんなことをしていてはお客さまから見捨てられてしまいます。
ですから、組織にとって危機感はとても大切です。私も社員に対して、常に危機感を植え付けようと努力しています。そのうえで、先ほど言った競争心とイノベーション。この3つがあれば絶対に仕事で負けることはありません。