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映画界を牽引するワーナーの360度ビジネス展開とは―高橋雅美(ワーナー ブラザース ジャパン合同会社社長兼日本代表)

高橋雅美・ワーナー ブラザース ジャパン合同会社社長兼日本代表

全世界に超大作映画を配給するハリウッドメジャースタジオのワーナー ブラザースは、日本では邦画製作も積極的に手掛け、国内の映画界をけん引している。ワーナー ブラザース ジャパンの社長兼日本代表の高橋雅美氏に、コロナ禍における大ヒット創出の裏側、映画コンテンツをメインに据えた360度ビジネスを聞いた。聞き手=武井保之 Photo=山内信也(『経済界』2021年12月号より加筆・転載)

高橋雅美・ワーナー ブラザース ジャパン合同会社社長兼日本代表プロフィール

高橋雅美・ワーナー ブラザース ジャパン合同会社社長兼日本代表
(たかはし・まさみ)1959年東京生まれ。広告会社、コカ・コーラを経て、2000年よりエンターテインメントビジネスに従事。ウォルト・ディズニー・ジャパンのスタジオマーケティング・ヘッドとして「アナと雪の女王」などアニメーションビジネスの再構築をリード。15年にワーナー ブラザース ジャパンに参加し、16年に社長兼日本代表に就任。

1年延期して公開した「るろ剣」が邦画実写1位

―― 新型コロナウイルス感染症の拡大は映画界に甚大なダメージをもたらしました。貴社はどのような影響を受け、どう対応してきましたか。

高橋 コロナはどの業界にとっても簡単なものではありません。映画界においては全国の映画館が休館する前代未聞の事態になりました。現在は再開していますが、それでも営業時間が短くなり、座席数50%に限られる地区も多く苦境が続いています。

 4月23日に公開した「るろうに剣心 最終章 The Final」は、興行収入43億円を突破し、今年の邦画実写興行収入1位のヒットになっていますが、もともと公開予定は昨年夏でした。製作費数十億円の社運をかけた1作です。昨年、コロナによる社会不安が広がっている状況で公開すべきか、延期すべきか、監督、役者、関係各社、弊社社員と作品に関わる全員が知恵を出し合って議論し、今年GWへの延期を決めました。

 ところが、今年4月にコロナが再拡大し、東京、大阪をはじめ4都府県の映画館が再び週末は休館(週末再開は6月)。そんな状況で本当に公開していいのか、再延期すべきなのか、そこでも議論がありました。

 映画の難しいところは、公開時期を動かせばいいかというとそうでもない。鮮度が大事になります。さらに、宣伝のタイミングや劇場の編成もあり、簡単には動かせません。再延期したとしても、この先もこういった事態は起こりうることから、公開に踏み切りました。

―― 昨今は興行収入10億~20億円でヒットとされるなか、40億円を超える大ヒットになりました。

高橋 通常、興行収入は公開から3~4週がもっとも大きな数字になります。しかし、本作は10週かけて40億円に到達しました。宣伝や営業、監督、役者が一体となって長い時間をかけて目標通りのヒットを作り上げたんです。

 その要因として、「るろうに剣心 最終章」は「The Final」と「The Beginning」の2部作ですが、2作を連動させた宣伝展開ができたことが大きかったと思います。シリーズ1~4の中の「4」と「0」となり、どちらを先に観ても話が分かるので2作とも観たくなる。「The Beginning」は6月4日公開でしたが、週末映画動員ランキングで1位2位を独占したことも話題になりました。

―― 昨年は新作の公開延期やデジタル配信へのシフトなどが相次ぎ、シネコンでは洋画の上映がほぼゼロになりましたが、秋にはハリウッド大作「TENET テネット」を劇場公開しました。

高橋 ひとつには、映画館のスクリーンで観てもらいたい、窮地の映画館を救いたいというクリストファー・ノーラン監督の意思があります。日本でも配信が伸びていますが、スクリーンで観る映画への需要がなくなったわけではない。お陰さまで興行収入27億円を超えるヒットになりました。われわれは今後も映画館で観る体験を守っていきます。

劇場と配信を両輪とするワーナーの戦略

―― コロナ禍のアメリカでは映画の配信が大きく進みました。日本で劇場と配信の関係はどうなっていくと考えますか。

高橋 われわれは劇場のスクリーンでの映画体験とデジタルが両輪となる「ビッグスクリーン&デジタル」を提唱しています。テクノロジーの進化とともにデジタル配信が普及し、よりたくさん映画を観てもらえるようになるのは、素晴らしいことです。他方でビッグスクリーンには、映画の体験としての素晴らしさと、ブランドやビジネスをけん引するドライバーとしての力があります。

 われわれが製作している邦画もデジタルによって世界に届けやすくなりました。映画会社が世界中のお客さまに直接コンテンツを届けられるのは大きな利点です。邦画の世界的ヒットを生み出すクリエーティブセンターになることを目指しています。

―― 劇場公開の何日後に配信をスタートするかはここ数年の大きな議題でしたが、コロナでその期間がぐっと短くなりました。

高橋 コロナで配信シェアが急拡大するのと同時に、この議論も加速しました。昔からメディアウインドウの決まりごとはありますが、時代とともにメディアやテクノロジーが変化していくなかで、やはり期間は短くなっていくと思います。

 コロナの状況が日本より厳しいアメリカでは、弊社は今年の新作は劇場と配信を同時にしています。しかし、来年からは劇場公開から配信まで45日間あけることを発表しました。映画会社としては、どうやってコンテンツを最大限にマネタイズできるかが大切です。そうすると作品や時期によってもこの期間は変わるかもしれない。作品の特性を生かしてどう利益を最大化するかです。

―― 日本でディズニーは、今年に入ってから劇場公開の翌日に配信を開始する作品がほとんどです。それが理由なのか、都心部の大手シネコンはディズニーの新作を配給していません。この状況をどう見ていますか。

高橋 各社試行錯誤している状況なので、米本国の戦略も含めてディズニーさんがいろいろなことを検討したうえでベストを模索しているのでしょう。その答えは今後出てきます。

 アメリカでは45日間がひとつの形になりつつあります。ではそれが日本にとってもベストかというと違うかもしれない。アメリカは公開1週目が興行収入のピークで、2週目からは大きく落ちる。でも日本はもう少し長いスパンになっています。映画館としてベストのビジネスができて、次のウインドウに移るべきタイミングを業界全体で模索しているところです。

―― ワーナーメディアグループが運営する配信プラットフォーム・HBO Maxはアメリカでシェアを拡大しています。この先、自社メディアへのコンテンツの囲い込みも進んでいくのでしょうか。

高橋 D2C(Direct to Consumer)と言いますが、HBO Maxを通じて直接お客さまにコンテンツを届けられるのは素晴らしいことです。ただ、必ずしもそれがすべてではありません。他社へのコンテンツ販売はこれからも続けていくでしょう。われわれのコアビジネスはいい映画を作り続けることであり、それをどう最大限にマネタイズできるかに尽きます。

としまえん跡地にハリーポッターの製作体験ができる新施設

―― 現在、日本ではU-NEXTがHBO Maxコンテンツを独占配信していますが、今後は自ら日本上陸することもありえますか。

高橋 今お話できる状況ではありませんが、ベストな時期にということはあります。今後のビジネスとして考えたときに、新規事業で会社を伸ばしていく必要があります。既に映画ブランドを中心にして、物販を含め全方位コンテンツ展開となる360度ビジネスを仕掛けていますが、今後その中心として体験ビジネスを立ち上げる一方、配信ビジネスを伸ばしていくことを考えています。

 2023年にとしまえん跡地にオープン予定の「スタジオツアー東京-メイキングオブハリー・ポッター」は、この5年ほど西武、伊藤忠商事、大成建設などいろいろな日本企業と一緒に取り組んできた新たなビジネスです。一般的なテーマパークとは異なり、撮影手法から衣装作りまで映画製作の裏側を体験できます。既にロンドンで成功していますが、学校の社会科見学や修学旅行などでも学んでもらえる場所になります。

 こうした体験ツアーや商品で新たなファンを増やせば、そこから映画にファンを戻すこともあります。消費者をわれわれの作品情報で包み込むのが大事です。

邦画制作も進めるワーナーのシンプルなビジョン

―― ワーナーは洋画メジャースタジオでありながら、邦画製作に積極的です。

高橋 ワーナー・ブラザースは、素晴らしい映画を作るというシンプルなビジョンに基づいている映画会社です。日本市場の半分が邦画ですので、洋画だけでなく邦画を手掛けるのも自然なことです。米本社も「洋画も大事だけど邦画もやるべき」とサポートしてくれます。ただ、映画製作はハイリスク、ハイリターン。成功の影で失敗もあります。それでも製作を続けてきたこと、失敗しても辞めなかったことが今につながっています。

 私が社長になった当時、邦画は年1~2本でしたが、もっと活性化すべきと考えて予算を増やし、今は年10本ほどになりました。そうしたなか、この5年で進めているのは、本数を増やすとともに世界に映画を出していき、利益構造を安定させることです。

―― 前述の「るろうに剣心」と「東京リベンジャーズ」でワーナー作品が今年の邦画実写の興行収入1、2位を独占しています。秋には「スター・ウォーズ」のようなスケールでのシリーズ化が期待される洋画「DUNE/デューン 砂の惑星」、邦画では「そして、バトンは渡された」と話題の新作が続きますね。

高橋 「DUNE」はアメリカと一緒に育てていかないといけない社運をかけたスペクタクル大作です。先日「第78回ヴェネチア映画祭」で初上映されたばかりですが、その壮大なストーリーと映像の世界観は、世界的に絶賛されています。私も先日IMAXシアターで観ましたがすごかった。まさにビッグスクリーンで体験すべき作品です。

 100万部突破したベストセラー小説が原作の「そして、バトンは渡された」は、苗字が4回も変わる境遇でも、あっけらかんと生きる主人公・優子の幸せの裏に隠された、家族の嘘や秘密が明らかになっていくストーリーです。映画のラストはとても幸せな涙が流れると思います。ふだん何気なく接している家族の大切さに思いを馳せ、心優しくなれる作品です。ぜひ2作とも映画館で体験してください。

「DUNE/デューン 砂の惑星」
「DUNE/デューン 砂の惑星」10月15日公開
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